国家の品格について

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沖縄戦集団自決に関する教科書検定について、沖縄で大規模な抗議行動が起き文部科学省は、教科書出版会社が申請すれば記述の訂正を認めるといっているようですが、どうも腑に落ちません。もともと以前の教科書には旧日本軍の命令と書いてあったようですが、検定意見で、事実と異なるという意味の意見をつけたことが事の発端ではなかったかと思います。

そうならば検定意見を撤回するのが、適正な処置であって、訂正申請を受け付けるなどというのは、本末転倒もはなはだしいといわざるを得ません。

教科書検定に政治が介入することは望ましくないと文部科学大臣は言っているそうですが、政治的中立などと言うことはありうるのでしょうか。検定委員会は文部官僚が選定しているとすれば、専門知識を備えた文部省の代弁者に過ぎません。官僚が定めることが真実で、政治的にも中立と言うことにいったい何時からなったのでしょうか。


事の真偽はよく知りませんが、このことに関しては報道から聞く限り、民主党が提出しようとしている撤回要求決議の方が正しいと思います。

命令や指示、関与というのは、法制化されたもの、文書によるもの、口頭によるもの、黙認まで、いろいろのレベルのものがあると思います。その中には文書や記録が残っているものも、残っていないものもあるはずで、確かな証拠が無ければ、無かったとすることには相当な無理があるような気がします。

従軍慰安婦の問題がいまにいたるまで解決できないのも、同じ類のものであろうと思います。官僚の確かな証拠が無ければ無かったことにして口をぬぐっていたいという、恥ずべき習性が出たというべきものではないかと思えます。「疑わしきは被告人の利益に」ということはこの場合は当たらないと思います。

さらに検定意見を撤回しないというのは官の責任回避以外の何物でもないと思います。もし間違っていないというならどこまでもつっぱて見ては如何なものかと思います。政治が介入する、しない以前の問題であると思いますが、解決できなければ、国民全体の意見、つまり国民の代表者である国会にまかせるしか方法はありません。誤った検定意見を出した検定委員にやめてもらい、その委員を選定した官僚に責任をとってもらうほかありません。みなさんどうお考えでしょうか。

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ロシアの船旅

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ロシアへ行ってきました。モスクワからサンクトペテルブルグまでにヨーロッパ1,2という大きさの湖があります。その湖に流れ込んだり、またそこから流れ出したりする大河がありその川とヴォルガ川が運河で結ばれていて両都市の間を数千トンの船が行き来できるようになっています。川はもともと大平原を勝手に道筋をつけて曲がりくねって流れていますから人間の都合で運河でつなごうとすると海抜高が違います。この高さの違いを超えるためモスクワ、サンクトペテルブルグの間に17の水門を設け、船を持ち上げたり下げたりして進みます。そして直線距離600kmを、船は観光地に寄港しながら、2000kmを7日かけて進みます。

船旅を終えて、サンクトペテルブルグからモスクワの向かう飛行機から眺めると、無数の湖が見えその湖に出入りする川がS字や時にはU字を描いてすきかってに流れているように見えました。

出発前のモスクワで二日、着いてからサンクトペテルブルグで三泊そのまま停泊船をホテル代わりに観光します。モスクワ往復の飛行機をふくめ12日間のゆったりした旅でした。とくにずっと同じ部屋に泊まり、荷物の移動の無いのが最高でした。

なんといってもロシアは広い。運河を除けば数百メートルの川幅を船は、全く揺れることも無く進んでいきます。両側は手付かずの原生林が延々と続きます。白樺林もあれば針葉樹林もあり、広葉樹林はもみじの盛りでした。湖に出れば両岸は水平線のかなたです。ヨーロッパ1,2というラドガ湖、オネガ湖は琵琶湖の面積の10倍を超える広さというから桁が違います。オネガ湖に夕方入ったのに翌朝になってもまだ船は湖を進んでいます。

それでも私たちが見たロシアはそのごく一部です。モスクワ、サントペテルブルグは、鉄道なら6時間にすぎず、シベリア横断鉄道は一週間とういうからその大きさは想像もつきません。

モスクワを出て三日目に、船はリビンスク貯水湖に入ります。これも琵琶湖の数倍というとほうもない大きさです。1930年代に川をせきとめて作った人工湖ということですが、そのやり方がロシアらしいというか、なんとも乱暴なことに、4000の村落が湖底に沈むのに、住民には事前に一切知らせず、ダム完成後いきなり水を入れたということです。抗議の一つも許されずに住み慣れた我が家を追われた村人たちを思うとき、成田空港の経過を連想せずにはおれませんでした。今も当時の教会の塔の一部が水面に突き出しています。

安倍首相が辞任しました。まさに満身創痍で投げ出さざるを得なかったということのように思います。今日の病院の診察によると全身衰弱と言うことです。本当に気の毒といえば気の毒ですが何故ここまで追い込まれたのでしょうか。わたしは一国のリーダには二つの面が必要であると思います。ひとつは方針を示し国民に国の行くべき道を示すこと。もう一つは示した結果について国民の声を聞き夫れに従うと言うこと。


今回の参議院選挙を通じてそのいずれもが出来ていなかったことが、施政方針演説まで行いながら、政権を放棄せざるを得なくなった原因ではないかと思います。参議院選挙中の安倍首相の主張は改革の続行、政治と金の問題の解決、年金問題の三つだったように思います。選挙惨敗の結果を受けての続投宣言も改革の続行の旗手をつとめたいというのが主たる理由であったと思います。


それがいつの間にか多国籍軍への給油が政治生命をかけて取り組む課題になってしまい、そしてその法案の審議も始まらないうちに投げ出してしまうことになってしまいました。一国の首相が政治生命をかけて取り組むことならば、なぜそれを参議院選挙で彼の政策の第一に取り上げ、その重要性、撤退することのマイナス面などを、時間をかけて説明し、野党の主張の非を主張しなかったのでしょうか。一年先の話ではなかったのです。


日本は約70年前軍隊の暴走にひきずられて、無謀な戦争に突入してしまいました。その満州事変、太平洋戦争の反省のもっとも大きなものは、軍隊(自衛隊も立派な軍隊です)のシビリアンコントロールであると思っています。自衛隊そのものが違憲であるか否かよりも、今持つ実力部隊をシビリアンつまり、国民の総意に基づいて運用しているか否かにあると思っています。自国の防衛であっても、国際協力であっても国民の総意、つまり国会承認は絶対のものです。


安倍首相はこの点を誤ったが故に袋小路に迷い込み、精神を病み、病んだ精神が肉体を蝕んだのだと思います。国民によく説明し、納得を得たものでなければ実施してはならないのです。参議院選挙の議席数はこのことで決まったのではないかもしれません。しかし示された民意は民意です。形に現れた民意をことさらに無視して自分が正しいと思うことを強行しようとした点に無理があったのです。


新法案には自衛隊の派遣について、国会の事後承認をやめようという声が自民党にあってと報じられておりました。これは民意を無視して軍を動かそうと言うことに他なりません。今の制度では国会の議席数こそが民意を代表しているからです。


自衛隊は国民のための自衛隊です。多国籍軍のためのものではありません。ブッシュ大統領からいかなる要請があろうとも、国際評価が高かろうとも、国会の、国民の意向に反した運用などあってはなりません。もし撤退することでわが国に著しい不利益があるなら国民を十分説得し民意を問うべきです。それが民主主義というものです。わたしが憲法9条を世界遺産にという意見
(http://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari/26076106.html)
に賛成するのも、事後承認さえやめようという勢力がいまだにいるからです。とんでもないことです。阿部首相が精神と肉体に異変をきたしたのは健全な考えを持っておられたからではないでしょうか。まともなら耐えられません。

製品に安全な死を

ガス湯沸かし器など6種類の機器の点検時期をメーカが通知するよう義務付けることを、今朝の日経新聞が経産省が検討していると報じました。ガス湯沸かし器やFFガスヒータで、死亡事故が相次いだことを受けてのことと思います。売りっぱなしでメーカが製品の所有者を把握していなかったことから、リコールが行き届かないことなど、所有者の住所などを把握することも目的の一つとして挙げています。

十年たったら点検を呼びかけるのだそうですが、点検して問題が見つかったときに必要となる、補修用品の確保を義務付るのでしょうか。もしそうでなければ意味がありません。パロマの事故を例に取れば、製品が使えなくなってサービス会社に連絡したのに、そのサービス会社が補修用品を入手できず、やむを得ず安全装置の機能を止めてしまったのが本当の原因です。もともと半田付けの作業不良で多発した故障ですから、補修用品を用意をしてリコールしていれば、起きなかった死亡事故です。点検を呼びかけるだけで解決する問題とは思えません。

この案はメーカの製造責任の使用者への転化ではないでしょうか。製品は使えば劣化します。そのことは当然のことですが、劣化して使えなくなるときに、安全に死んでいく製品であるべきです。そういう設計にするべきですし、そうできる技術は既に世の中にあります。三洋電機の10年前の扇風機が発火したという報道がありました。モータに温度ヒューズを組み込んであれば防げた火災でしょう。10年前に製造された電気毛布には既に100%組み込んでありました。100円以下の部品です。三洋電機に製品が劣化したときに安全に死んでいくように設計するという思想が無かっただけのことです。

製品の安全というのは市場に出してから廃棄に至るまで、製造者が責任を持つべきものです。廃棄の過程で公害を出すものもいけません。経産省の考えは甘すぎます。10年後の点検通知はせいぜい買い替え促進の営業活動に使われるだけに終わること間違いありません。

補修用品の供給期間は旧通産省の指導で最低6年と決められ、これを理由にサビースを低下させてはならないということになっていましたがが、大部分のメーカは10年も経つと通産省を逆手にとって、当然のように部品は無い、修理できないと言い、はっきりと免罪符に使っています。たった一つの部品が無いために他の全てがまだ十分に使えるのに捨てさせ、新品の購入を迫っています。

いま政府がやらなければならないことは、製造責任は市場に出してから廃棄に至るまで全てにわたって製造者にあると云うことを再認識させることにあると思います。地球環境保護の立場からも、機能が陳腐化して使えなくなるまで使うというモッタイナイいの精神にのっとって物を役立つ機能がある限り使うことに全力をつくすべきであると思います。そのためには製品の安全な死は不可欠です。

最近拝見したブログをTBさせていただきました。ここで筆者が言っていることはたいへん重要なことと思います。創造性とは何でしょうか。ひょうたんから駒を取り出すようなことでしょうか。ルーチンワークをこなしているうちに、問題点や改善すべき点が見えてきます、そこで知恵があれば、新たな発想がうまれるのです。創造性などというものは「まちぼうけ」の歌のように偶然ひらめいたりするものではないと思います。

ダビンチやエジソンでさえ当時の技術力を超越したものを創造したのではありません。ダビンチは電気や内燃機関を思いつかなかったでしょうし、エジソンもパソコンや人工衛星など想像もつかなかったことでしょう。その時代の最先端にほんの少しの改善を加えたり、組み合わせたりしたものです。 



最近あまり聞かれなくなりましたが、社会の歯車として組み込まれることを、見下し、いやがる風潮がありました。チャップリンのモダンタイムスの見すぎかもしれませんが、わたしはこれは違うと思っています。

最初は重要な部分の歯車にはなれないでしょう。しかし経験を積むことで重要な部分を担うことができるようになります。ニートと呼ばれる人は最も重要度の低い歯車にさえなれない人達のことではないでしょうか。世の中は全て込み入った歯車のように動いています。人から与えられ、その一部を、次の人に与えて行くのです。

時計を例に引けば秒針の歯車は回っていれば用が足ります、分針は5分ぐらい違っていても目安にはなります。しかし時針は分針の5分に相当する角度の狂いがあれば時計の用をなしません。からくり時計ではからくりの一つぐらい動かなくとも、とけいの機能には影響ありませんが、新品の一部が壊れていれば売り物になりません。つまり重要度には軽重があってもみんな大事なものなのです。



ルーチンワークをきちんとこなしていくには根気が要ります。ときにはもうこなしきれないと思うことさえあります。農耕で言えば、田植えも、田の草取りもたいへん苦しい作業です。日照もあります。台風も来ます。こういったものにきちんと対応してこそ100の苦しみの後にやっと1か2の収穫の楽しみが味わえます。サラリーマンだって同じです。

わたしはマイクロウェーブ機器の設計を志して会社に入りました。最初は心臓部のマイクロウェーブの部分など任せてもらえません。周辺部分の設計から入り、会社でのものを作る仕組みを学びます。この段階はいわばルーチンワークです。設計が図面を作成して、それを使って、資材が材料を発注し、製造が物を作ります。図面が約束に間に合わないと矢の催促です。約束は自分の都合でするのではありません。お客さんの要求に合わせて決められます。仕事が重なるとても苦しい思いをします。

心臓部分を任されるようになっても同じです。いやもっと厳しくなります。今度は他社と違った特徴のあるものを設計して、他社に勝たねばなりません。いくら計算しても、実験しても所期の性能が出ません。それでも約束の日になると矢の催促です。これは創造性のある仕事化も知れませんが苦しみぬくことに変わりはありません。



最近新卒の3割ぐらいの人が2〜3年でやめているといいます。いろんな理由があるでしょうが、その何割かはルーチンワークを軽視した人たちではないでしょうか。軽視しているというよりも、単純さや、単純ではあるけれども困難な仕事に耐え切れない人達ではないでしょうか。真剣に取り組めばその中にも喜びもあるというのに。

先日ニュースでワーキングプアという流行語を生んだNHKのドキュメント番組、「ワーキングプア〜働いても働いても豊かになれない〜」 が何とか言う賞を受けたというのを見ました。昔の水呑百姓という言葉は農地改革で小作制度とともに消えましたが、これの現代版です。なんとか脱出するてだてはないものか思いますが、これに落ち込まないことも大切なことです。この中には折角正社員の地位を得ながらも我慢できずにここに落ち込んだ人も多いのではないでしょうか。いったん落ち込んだら簡単には脱出できないと番組ではいっています、もって他山の石にすべきものと思います。


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