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4月29,30日秩父・両神地区にある甲源一刀流の宗家へ剣友会有志10名で形を習いに行って来ました。わたしたちの剣友会には昔秩父の小天狗と呼ばれた加藤長吉郎先生というかたがおられました。その方が甲源一刀流を修められ、甲源一刀流がその先生の剣道の核ともいえるものとして、その源流をたどり、直接習おうというものです。
現在の日本剣道形は太刀7本小太刀3本が制定されていますが、これは明治時代に全国の剣道各流派から著名なものを集めその中から選定したものと云うことになっております。したがって全国には各流派が命を懸けて編み出した形、業があるわけですが、既に失われてしまったものも沢山あるのではないかと思われます。
剣道の形は書いたもので残っていても、やはり人がその業を使いこなすまでに修行して残さないと真の姿は残りません。たとえビデオでも残していて、何をねらい、なにを考えてその形を打っているかや、なぜその形や動作になるのかということはわかりません。実際に修行してみて、理合いを尋ね、足らぬところを指摘されてはじめて理解できることが沢山あります。
剣道の業は武道であっただけに、一子相伝とか、秘中の秘とか、免許皆伝ではじめて奥書を渡すとか、一般に公開しない性質のものであっただけに、その伝承は困難になってきています。甲源一刀流は長剣20本、短剣5本あったということですが、すでに短剣5本は失われたと云うことです。
甲源一刀流も明治初年には門弟3000名で靖国神社に掲額を奉納したということで、その時の資料が残っており往時の繁栄がしのばれますが、今は宗家を中心に伝統を守っておられます。農業のかたわら、剣術の修行に勤しんでこられたれたということで、幸い、いま我々がお願いすれば教えていただくことができるわけです。宗家には江戸時代に立てられた道場と、家の近くに墓地があり、そこには初代から代々の墓があり、稽古の前にお参りをさせていただきましたが、現在の10世まで連綿と受け継がれてきた形を習うと云うことに気の引き締まる思いがしました。
現在建物は埼玉県の指定文化財になっていると云うことでですが、戸主制度は既になく、家中心の制度から個人中心の制度になっている現在、こういう文化を当主が守っていくのは容易なことではありません。
加藤先生は原稿用紙約1000枚に及ぶ剣道夜話という遺稿があり、いまこれを読み解いて出版しようとしています。わたしもその一部を分担しておりますが、甲源一刀流の形を習うことにより、加藤先生が遺稿で言っておられることが具体的に判ることが沢山あります。
昨年もお訪ねして教えていただき、わたしは今年二度目でした。一年間修行したことを、見ていただき直していただくということです。直接10世とお手合わせいただき、よい修行ができました。日本剣道形の加え、甲源一刀流20本を何とか我が物にしたいと思っております。日本文化の背景の背骨にはこういったものがあるわけで、その担い手の一人になれれば大変幸せであると思っています。
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