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最近拝見したブログをTBさせていただきました。ここで筆者が言っていることはたいへん重要なことと思います。創造性とは何でしょうか。ひょうたんから駒を取り出すようなことでしょうか。ルーチンワークをこなしているうちに、問題点や改善すべき点が見えてきます、そこで知恵があれば、新たな発想がうまれるのです。創造性などというものは「まちぼうけ」の歌のように偶然ひらめいたりするものではないと思います。
ダビンチやエジソンでさえ当時の技術力を超越したものを創造したのではありません。ダビンチは電気や内燃機関を思いつかなかったでしょうし、エジソンもパソコンや人工衛星など想像もつかなかったことでしょう。その時代の最先端にほんの少しの改善を加えたり、組み合わせたりしたものです。
最近あまり聞かれなくなりましたが、社会の歯車として組み込まれることを、見下し、いやがる風潮がありました。チャップリンのモダンタイムスの見すぎかもしれませんが、わたしはこれは違うと思っています。
最初は重要な部分の歯車にはなれないでしょう。しかし経験を積むことで重要な部分を担うことができるようになります。ニートと呼ばれる人は最も重要度の低い歯車にさえなれない人達のことではないでしょうか。世の中は全て込み入った歯車のように動いています。人から与えられ、その一部を、次の人に与えて行くのです。
時計を例に引けば秒針の歯車は回っていれば用が足ります、分針は5分ぐらい違っていても目安にはなります。しかし時針は分針の5分に相当する角度の狂いがあれば時計の用をなしません。からくり時計ではからくりの一つぐらい動かなくとも、とけいの機能には影響ありませんが、新品の一部が壊れていれば売り物になりません。つまり重要度には軽重があってもみんな大事なものなのです。
ルーチンワークをきちんとこなしていくには根気が要ります。ときにはもうこなしきれないと思うことさえあります。農耕で言えば、田植えも、田の草取りもたいへん苦しい作業です。日照もあります。台風も来ます。こういったものにきちんと対応してこそ100の苦しみの後にやっと1か2の収穫の楽しみが味わえます。サラリーマンだって同じです。
わたしはマイクロウェーブ機器の設計を志して会社に入りました。最初は心臓部のマイクロウェーブの部分など任せてもらえません。周辺部分の設計から入り、会社でのものを作る仕組みを学びます。この段階はいわばルーチンワークです。設計が図面を作成して、それを使って、資材が材料を発注し、製造が物を作ります。図面が約束に間に合わないと矢の催促です。約束は自分の都合でするのではありません。お客さんの要求に合わせて決められます。仕事が重なるとても苦しい思いをします。
心臓部分を任されるようになっても同じです。いやもっと厳しくなります。今度は他社と違った特徴のあるものを設計して、他社に勝たねばなりません。いくら計算しても、実験しても所期の性能が出ません。それでも約束の日になると矢の催促です。これは創造性のある仕事化も知れませんが苦しみぬくことに変わりはありません。
最近新卒の3割ぐらいの人が2〜3年でやめているといいます。いろんな理由があるでしょうが、その何割かはルーチンワークを軽視した人たちではないでしょうか。軽視しているというよりも、単純さや、単純ではあるけれども困難な仕事に耐え切れない人達ではないでしょうか。真剣に取り組めばその中にも喜びもあるというのに。
先日ニュースでワーキングプアという流行語を生んだNHKのドキュメント番組、「ワーキングプア〜働いても働いても豊かになれない〜」 が何とか言う賞を受けたというのを見ました。昔の水呑百姓という言葉は農地改革で小作制度とともに消えましたが、これの現代版です。なんとか脱出するてだてはないものか思いますが、これに落ち込まないことも大切なことです。この中には折角正社員の地位を得ながらも我慢できずにここに落ち込んだ人も多いのではないでしょうか。いったん落ち込んだら簡単には脱出できないと番組ではいっています、もって他山の石にすべきものと思います。
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