国家の品格について

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教育・しつけ

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少年の犯罪の実名報道が是か非かが度々問われます。先日起こった女子高専生の事件の際も実名報道をした週刊誌が批判されています。その理由は実名報道によって犯行にかかわった少年の更正の機会が失われるのがその理由ということです。


少年にかかわらず犯罪の更正というのはどういうことを指すのでしょうか。矯正施設から出た後は何事も無かったかのごとく生きていくことを言うのでしょうか。人を殺せばその事実はどのようなことをしても消えません。周りは忘れても自分の胸から消え去ることもないのではないでしょうか。それを隠して何事も無かったかのごとくに生きていくのは、とてもつらいことだと思います。


深い悔恨を持ちながら、弔いつづけるほかに自分に忠実に生きる方法は無いと思うには私だけでしょうか。事件の前の葛藤、その後の悔恨、それを体験し耐え抜いた人にしか出来ないことで世の中に多少の埋め合わせをしながら生きていく。それが被害者に対する弔いでもあり、騒がせた世の中にたいするお詫びでもあると思いますが、どうでしょうか。隠していることは、いつ露見するかもしれません。露見を恐れながら何事も無かったかのごとく生きていくのがほんとうの更正でしょうか。


もちろんさらし者にすることは無いと思いますが、あまり極端に隠すのもどうかと思います。その余波は犯罪の原因や動機を知って、同じ事をくりかえさないために何をすべきかを考える機会を奪っていることもつながっています。今回の場合は学校名も研究室も分かっていて周りの人は誰が指名手配されたのか皆知っていたということです。形だけ名前を隠してもなんの意味もありません。


実名報道の是非を問う前に、犯罪を犯した人の更正とはどういうことかを考えてみようではありませんか。

少年事犯について

連日のように少年の事件が報道されています。詳細は隠されて分かりませんが、週刊誌の中つり広告などで見ると幾つかの事例は離婚で母親を失った少年が起こしたもののようです。どのような事情で離婚に至ったのかわかりませんが、中には父親の不倫が元だったものもあるようです。どのような原因にせよこの少年たちが母親を失っていたことに変わりはありません。


母親の盲目的な愛情とか親ばかとか言いますが、これは子どもにとって欠かすことの出来ないものではないでしょうか。勉強が出来なくとも、体が弱くともその子がいることその事が母親の生きがいであり、何があっても命をかけて守る。これこそその子にとって人格を認めてもらっていることであり、そして守られているということを実感し、生き抜くことの原動力になるものだと思います。だからこそ小言をいわれて、反発してもふてくされても究極的には母を悲しませたくないという思いが生まれるのだと思います。


わたしは全ての倫理観のルーツはここにあると思います。事件が起こると命の大切さを語って聞かせると校長先生が言っておられるのを聞きますが、何か絵空事に思えてなりません。他人の話を聞いてアア分かりましたというような軽いものでしょうか。先日の飲酒運転の車に追突されて海に落ちわが子を救わんと4度も海にもぐったお母さんのようにどんな困難があっても出来る限りのことをしてくれる。自分を生み、守り、育ててくれた、そういう母を思えばこそ、万一自分に何かがあれば母を悲しませる。母を悲しませないように自分の命と名誉を大切にする。他人の命も名誉もそれと同じくらい大切だと自然に思えるようでなければなりません。人から言われて理屈で分かるものではないとおもいます。


自分の命を粗末にする人は人の命や悲しみも粗末にします。事件を起こした少年たちは極端な事例でしょうが、ここにもハインリッヒの法則のようなものがあるのではないでしょうか。わたしは社会全体が母親を仕事に駆り立て母と子のきづなを弱めているのが少年事件の背景にあるような気がしてなりません。子育て支援と託児所は同義語のようになっていますが、はたしてこれで良いのでしょうか。


わたしが剣道を指導している子どものお母さんのなかには専業主婦で何人もの子どもを託児所の助けなど当てにしないで、自分の手で育てておられる立派なお母さん方がいらっしゃいます。どうかこのお母さん方の扶養家族控除が不公平だなんて言わないで欲しいと思っています。今の日本は女性を社会に進出させることに少しでも差しさわりのあることをいうのはタブーとなっており、だれも反対といいません。まるで戦前の体制翼賛政治の様です。


物事にはよい面とその反面があります。ずっとお母さんの手で育てられた子どもと、1日3〜4時間しかお母さんと接しなかった子どもの犯罪率やニートになった人の比率を調べればきっと大きな違いがあると思っていますが、だれもそんなことは言いません。わたしは女性の社会進出に反対しているわけではありません。例えば政治に女性の意見をもっと反映させるためには、国会や議会のの定員を男女同数にして男女それぞれが男女一人ずつを投票するようにしてもよいと思っています。


要は、子どもには母親が必要で、子どもから母親を取り上げないで欲しいということです。如何に立派な保母さんがいても母親に優る子育てをすることは出来ないではないでしょうか。託児所での丸投げ子育てを憂えています。少子化対策もも生めば終わりではなく、いかによい人を育てるか、それには家庭教育を如何に大切にするかを皆で考えて行きたいものです。教育基本法の改正の声がありますがその冒頭に家庭教育をどうするかを掲げて欲しいと思っています。

札幌に住む孫がお盆休みを利用してやってきました。3歳と8ヶ月の女の子です。この前来たのは正月でしたので8ヶ月ぶりの対面です。このまえは見違えるように大きくなったのに驚きましたが、今度は知能が驚くほど発達しています。


正月のときは運動能力が発達していて家内がつれて歩けないほどで、この子は体育会系と家内とも話しておりました。でも言葉が遅く単語が話せる程度でした。ところが今度は話が文章になっているばかりか、過去、現在、未来がきちんと使い分けできるのみならず、仮定法過去といった高度な表現まで使いこなしています。勿論ダダをこね両親を困らせていますが、言葉が通じなくて起きていた親子の行き違いは殆ど起きなくなっています。おはようと声をかけると、おはようございますと返ってきます。「だ」と「です」の使い分けが出来ています。


昨日はディズニーランドに行くからと朝5時半に起きて、6時半に私たち祖父母が寝ている間に出て行きました。起きて顔を洗って着替えてという作業を、3人とも大きな声を上げることも、走り回ることも無く済ませました。息子たちは二階に、私たちは一階に寝ているのですがその間二度物を取り落とした音を除き静かに全てをやり終えました。三人は一階で寝ている人を起こさないように極力気を使って準備したのです。


わたしはこれを見届けて感心しました。3歳8ヶ月の子どもでもこんなことが出来る。息子たちは孫を自由にさせていて外へ出れば駆け回らせ体育会系にそだてていますが、人への迷惑、後片付け、あいさつ、食事の作法などはキーポイントとして厳しくしています。こういうことがこんなことが出来るような子どもに育つ元なのでしょうか。将来どんな少女に、大人に育っていくのか楽しみです。
この前記事にした合宿後急に成長した6年生の女の子と同様、こどもはどの部分が急に伸びるかわからないものだととくずく感心しました。

私が剣道を指導している子どもの中でとても嬉しく思っている事例をお知らしたいと思います。
一人の6年生の女の子の長足の進歩についてです。


その子は3年生のときから私が受け持っている道場に来ています。動作が鈍く、落ち着きが無く、集中力がありません。ただ下級生にはやさしく面倒を見ようとするのですが、指導するほうとしては人のことはともかく、自分のことに集中して欲しいと思うことが度々ありました。ただ彼女の良いところは稽古日にはだれよりも早く来て道場の準備や掃除を率先してすることでした。


彼女は小さいときに4階のベランダから落ち、頭蓋骨陥没のほか舌をかみきり皮一枚を残す殆ど絶望という状態でお医者さんの懸命の手術のお陰で一命を取りとめたということです。剣道を始めたときも頭痛が続き、痛まないときは稽古をしても良いとお医者さんからいわれていた状態で幾度か休み、舌の縫合の影響か言葉もややままならない具合でした。


わたしのところでは、準備運動、稽古前の竹刀の素振り400本などを毎回やっていますが、これを6年生で最初に道場に来た人の号令でさせることにしています。これは小学校を卒業するまでに6年生全員が正しく、適切に同級生や下級生を指揮できるようにすることが目的です。実際に適切な時期に、適切な位置で、適切な号令をかけて全員を統率することは簡単ではありませんが、わたしはこのやり方を教えません。5年生の間に6年生のやっていることを見習って覚えることを要求し、身に付けさせます。剣道で言う見取稽古を体得してもらう機会にしたいからです。


彼女はいつも一番に来るので、その号令を彼女は稽古日数の半分近く行いました。時には後から来た別の6年生にゆづらせたこともあります。その彼女が2段になるまでは頑張ると母親には言っているということを聞きましたが、稽古の方は相変わらずで、どうしたものかと困っていました。注意をして動作を直させるとその時は出来て、分かりましたというのですが、10分もすると元のもくあみになります。ところがその彼女が大変身したのです。


今年7月15日から17日まで大人25名、少年少女37名で2泊3日の合宿を行いました。その合宿では目立たなかったのですが、翌18日の稽古で驚きました。彼女の稽古が変わったのです。積極的に打ち込み、打ち込んでも姿勢が崩れないばかりか、崩れないことから応じ技もあざやかに決まるのです。一瞬目を疑うような変わりようです。思わず「よくなったと」声をかけました。今日は火曜からの暑中稽古が終わり、昇級審査会でしたが、彼女は良い成績をもらいました。


私の剣友会では原則3年生で始め、小学校卒業までに1級をとれるように指導し、中学2年で受審することになっている初段に備えることが目標です。彼女は今年の冬の審査会での1級は間違いなく、このまま稽古を続ければ中学2年の初段も恐らく間違いないと思へるところまで来ました。


指導者にとってこんなに嬉しいことはありません。2段までは頑張ると言っていた事は本気だったのです。注意を受けても出来なかったのはその時の彼女の能力がそこに達していなかっただけだったのです。一生懸命にやっていれば必ず上達する。どんなに不器用でも、指導者は本人が続けている限りあきらめてはいけない。それを私は彼女を通して学びました。この彼女が恐らく2段を手にしたら3段、4段と生涯剣道につなげていってくれればこれに勝る喜びはありません。

個性の尊重とはなにか

画一主義はいけない、個性の尊重との声がかまびすしい昨今です。個性とはなんでしょうか。こどもたちはいろんな特徴をもっています。だれひとり同じ人はいません。わたしは自分の教えている子供たちを遠くからそれが後姿でもわかります。特徴はよく言えば個性、悪く言うとクセ。わたしは全てのクセを取去っても残る特徴が個性ではないかと思っています。でもクセをとるということはそんなに簡単なことではありません。時には血みどろの努力が必要になります。

少なくとも小学校の間は病気の人を除いてみんな画一的に将来の生活に必要なことを教え込むことが大切だと思っています。最近、鉛筆や箸を正しく持てない人を沢山見かけます。正しい字が書けない、魚を思うように食べられないといったハンデをかかえています。さらには足の親指でしっかり地面をけらない歩き方をする人も増えているそうで足の障害が増えてきているということです。

これも個性なのでしょうか。かれらが子供を持ったとき子供にどうやって正しい持ち方を教えるのでしょうか。

こんなことはある時期に画一的に強制的に教え込むほかないのではないでしょうか。先日新聞紙上である先生の話を見ました。子どもの成績をあげるには、まず早寝、早起き、朝ごはんだそうです。これだけで午前中のこどもの集中力が上がり、成績も格段に上がるそうです。夜型、朝型などというこどもの言い訳など聞かずに強制することです。そしてその次にやることは読み、書き、計算だそうです。これは藤原正彦さんが国家の品格の中で述べられていることを実証したことになります。

この先生は公立小学校での実績にもとずいて、こんどは私立大学の付属小学校で尽力されるそうですが一層の成果をあげられることを期待しこれが全国に広がるように祈っております。

五つで神童、十で天才、二十歳過ぎたらただのひとという言葉があります。ただのクセに近い個性にまどわされず、学校でも家庭でもとくに小学生の間はクセを取ることと基本的な学力、体力、生活習慣の育成に専念し、正しい生活ができることで、隠れていた能力を自ら開かせるように育てることが何にもまして大切なことと思います。

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