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			<title>国家の品格について</title>
			<description>藤原正彦さんの「国家の品格」という本が100万部を突破して話題になっています。私が思っていることをほとんど言ってくれています。
日ごろ感じていることをブログを通じてお伝えし、志を同じくするする方々のご意見を賜りたいと思っております。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>国家の品格について</title>
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			<description>藤原正彦さんの「国家の品格」という本が100万部を突破して話題になっています。私が思っていることをほとんど言ってくれています。
日ごろ感じていることをブログを通じてお伝えし、志を同じくするする方々のご意見を賜りたいと思っております。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari</link>
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			<title>凶悪通り魔にいいわけを許すな</title>
			<description>今朝の日経の一面「春秋」欄、秋葉原が復員兵が食うために始めたラジオ部品の露天商に街だったころの話が載っています。今は「フリータが集う街と」見られる秋葉原も、そのころそこで商売していた人たちは想像を超える貧困と不安感と戦い克服したひとたちであったと。ラジオ部品といったって駐留軍放出の中古ジャンクの店が中心で、私が初めて東京に出てきた４０年前にもまだそのころの面影がありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「春秋」によれば、派遣労働者の境遇が「本人の精神的不安定を呼んだ」とほのめかす閣僚がいるそうです。バブルの頃が標準で、その後の境遇をとらえて、犯罪が起きてもやむを得ない状況であるなどとしたり顔でいい、最後は病気に逃げ込んで無罪判決を勝ち取ることをめざすようでは、それこそ病んだ社会と言わざるを得ないのではないでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
創造性や独創力だけを偏重し、こつこつルーチンワークで働くことを馬鹿にし、いやな仕事は無理してやることはないとか、好きな仕事、自分に向いた仕事が見つかるまでニートでも仕方がない、或いは事件が起きると世間が悪いといった無責任な発言はやめるべきであると思います。衆議院選挙も遠くない現在、こういった閣僚は政治家でいる資格がありません。しっかり記憶しておきましう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari/42694995.html</link>
			<pubDate>Thu, 19 Jun 2008 16:00:38 +0900</pubDate>
			<category>会社経営</category>
		</item>
		<item>
			<title>エレベータはこんな危険な乗り物か</title>
			<description>シンドラー社のエレベータ事故は原因不明のままサービス会社のブレーキの整備不良だけを起訴しようとしているとの報道がありました。どうしても納得ができないのはエレベータというものはブレーキが外れたら暴走するものなのでしょうか。ニューヨークでもシンドラー社のエレベータが暴走し最上階の天井に激突して乗客が死亡した事故があったと報じられています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
エレベータというのは停止しているときには、巻き揚げモータにはエレベータの籠を引き揚げる全力が掛かっていて、それをブレーキで止めているという説明がありましたが、ほんとにそんな制御方式をとっているのでしょうか。まるでブレーキとアクセルを一緒に踏んでいるようなもので、少しでもブレーキを踏む力が弱まると飛び出してしまう車のようなもです。ブレーキとアクセルを踏み間違えて車が飛び出したり、駐車場から飛び出したりする事故がありますが、アクセルが常時踏まれているとするならばこれ以上に危険な状態です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
わたしはエレベータに乗ったとき出発後加速、停止階に近づくと徐々に減速し最後は停止位置にぴたりと止まるので、電車のようにモータでそういう制御をしているのかとばかり思っていました。勿論最終的にはブレーキも使い、乗り降りするときにはブレーキで固定はしているでしょうが、ブレーキが故障しても位置がずれるぐらいと思っていました。もちろん電車と違ってエレベータは垂直方向に動くので錘と籠の重さの差に働く重力に打ち勝つ力は必要でしょうがまさか最上階まですっとんでいくなどと言うことは信じることができません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
もしそうならエレベータにはドアが開く動作と連動して籠を建物に固定する「かんぬき」でもつけてインターロックをかけない限り安心して乗り降りできません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
どなたかエレベ－タこの辺の仕組みをご存知方がおられれば教えていただけませんでしょうか。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari/42567118.html</link>
			<pubDate>Thu, 12 Jun 2008 23:00:56 +0900</pubDate>
			<category>事故</category>
		</item>
		<item>
			<title>秋葉原の犯人検挙の警察官を讃えよう</title>
			<description>秋葉原の通り魔事件で、刃物を持って立ち向ってくる犯人を検挙した警官を讃えようではありませんか。一人ではなく何人かで協力して検挙したようにおもいます。中の一人は通行人をかばおうとして刺され大怪我をしたと報じられたたように記憶しております。身代わりになったのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
文字通り狂人に刃物の状態で、狂乱状態の犯人に立ち向っていくには、いくら職務とはいえ、真に勇気の要ることです。その後の報道を見ていると犯人が派遣社員の身分であったが故にこのようなことが起こったといわんばかりの報道ばかりです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
犯罪の動機や背景を報道をすることはそれなりに意味もあると思いますが、自分がやられるかもしれないことも省みず、犯人おいすがり次の被害者を出さず、検挙したことは、もっと報じられ讃えられるべきものと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
荒川沖駅の殺傷事件で犯人を取り逃がしたことや、以前、暴走族にとりかこまれて逃げたといって報道陣はぼろくそに言い、警察官の軟弱化を非難しました。今回の手柄を当然としていませんか。オリンピックで金メダルをとればその人は勿論子供に至るまで、讃えられ、誇りに思うことでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
警察官といえども人間です。生命に危険がぶ事態に直面すれば恐怖を覚えるでしょう。そこを踏みとどまって次の被害者を未然に防ぎ職務を全うしたのです。馬鹿にされている仕事を優秀な人が携わるはずありません。優秀な警察官を望むなら、オリンピック選手以上に、立派な手柄を立てた警察官を讃え、その子供に至るまで誇りに思うように報道することです。そうすれば新たな勇敢な若人が警察官を志すに違いありません。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari/42546839.html</link>
			<pubDate>Wed, 11 Jun 2008 22:25:57 +0900</pubDate>
			<category>会社経営</category>
		</item>
		<item>
			<title>驚いたことを一つ</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-4b-9e/mukyu_shikari/folder/1532926/50/42117950/img_0?1211463806&quot; width=&quot;560&quot;&gt;&lt;br /&gt;
今年も今年剣道を始めた子供に袴の着用方法とたたみ方を教えました。その中の小学校２年の男の子が私が手本を示してたたむのを一度見ただけで、見事に自分の袴をたたみました。机の角をはさんで右隣に座って、私とは丁度９０°向きが違い私の右側を見ているわけですが、私の動きを自分の動きに変換してたたみました。袴は大人でもなかなか一度ではたためないもので、隣に座っても何度か試行錯誤をすることになります。一生懸命で、たたみ終わったときは実にうれしそうな顔をしました。うんとほめました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その子のお母さんから聞いたところによると、その子は折り紙が得意だと言うことで、得意なことがあることは、集中につながり、集中が新しいことを成功させる。成功が何事によらず自信につながるのではないかと思いました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
剣道の稽古も一生懸命です。その子がいるおかげもあってか、今年の新人は上達が早いように思っています。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari/42117950.html</link>
			<pubDate>Thu, 22 May 2008 22:43:26 +0900</pubDate>
			<category>格闘技</category>
		</item>
		<item>
			<title>竹下景子さんが製品安全大使を辞退</title>
			<description>女優の竹下景子さんが製品安全広報大使を辞任し経済産業省がこれを受理したというニュースを今日の夕刊で見ました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
理由は21人の犠牲者を出したパロマのCMを事故発覚の直前まで19年間やっていたからということです。会社がいまだに責任を認めない中で、CMに出演していたというだけで責任を感じ辞退されたというのは誠に尊敬に値することだと思います。竹下さんは名古屋の出身と聞いており、パロマは地元出身の竹下さんを長年使っていたのだと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以前に小金治さんが、ポッカレモンがレモン果汁ではなく、合成薬品であったと分かったとき、涙ながらに会社に抗議し、消費者に詫び、怒りの小金治といわれたことを思い出します。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
パロマも竹下さんを見習ったらどんなものでしょうか。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari/42096807.html</link>
			<pubDate>Wed, 21 May 2008 22:47:09 +0900</pubDate>
			<category>事故</category>
		</item>
		<item>
			<title>暖簾の重み</title>
			<description>吉兆の予約が激減しているとのニュースが流れております。こうでなければいけません。むしろ遅すぎると思います。賞味期限や産地を偽ったと分かったときに、こうあるべきであったと思います。営業再開のときに予約で一杯などと云うことがブランドにあぐらをかいた経営者に過った判断をさせた元と思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
客が箸をつけない料理が出たとき、心ある調理人は何を思うでしょうか。客の好みに合わなかったことを悔い、次はあの客にはどのような献立で臨むかと考えるのが｢おもてなしの心」と聞いたことがあります。高級社用料亭になってしまって、会社の金で接待に使う客がほとんどになってしまい、高価なことだけで接待客の歓心を買い、まるで大臣室の蘭の花のような存在になっていたのかもしれません。こうなれば味やサービスは二の次、食べ残しが出ても、気にもならず、「使いまわし」に、もったいないの精神が働くのです。客も「おもてなしの心」や｢味」など求めていなかったのかもしれません。ブランドと高値だけを接待先に売りつければ良かったのでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
社用族が増えたときは、ほかの高級料亭ももって他山の石とすべきものと思います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
それにしても、他の吉兆の人達はどうしているのでしょうね。「船場はんえらいことしはりましたな。まことに迷惑です。」というだけで全力を挙げて信頼回復に臨んでいるとも見えないのはどうしたことでしょう。何人かの子供に分けて継がせた別会社ということですが、なにか他人事に見えます。あれだけの事を起して、暖簾に傷をつけたのですから、商標権使用差し止めの訴訟でも起こし、暖簾を守るために暖簾を使う全員に対し、吉兆かくあるべしというようなことをいう人はいないのでしょうか。第三者委員会を作ればそれですむというようなことではないと思います。先代から同じ吉兆を受けつぎ、責任を持って経営に当たる人がそれこそ命を賭けて取り組む問題でしょう。それが身を挺して守るというものです。それともそれぞれに弱みがあって、そんなことでもしようものなら、お互いにあばきあいにでもなるのを恐れているのでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
以前料理に添えられたパセリを食べようとしたら（勿論吉兆ではありません）、ちょっと待てと制止されたことがあります。パセリの新鮮なものはおいしいものですが、誰も食べないので使いまわしをしているかもしれないというのです。まさかと思いましたがその人は使いまわしされないように、半分に切るとか、ソースにつけるとか二度使いができないようにしておりました。これが現実に行われていたということは恐ろしいことです。提供し下げられた料理は数時間も室温にさらされているのです。ほこりをかぶり、たばこをすった部屋ならニコチンも付着していることでしょうし、話をしていれば唾も飛んでいることでしょう。箸をつけなかった料理を「食べ残し」と呼ばないでくれとは、この期に及んでもまだ事の重大さがよくわかっていないとしか考えられません。この人達には一生わからないことでしょう</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari/41855811.html</link>
			<pubDate>Sat, 10 May 2008 23:03:21 +0900</pubDate>
			<category>会社経営</category>
		</item>
		<item>
			<title>志のない人は社会から退出を</title>
			<description>吉兆のホームページに掲載されている、創業者湯来貞一氏とのインタービュー記事によると、「日本料理は日本の文化そのもの、人間的な喜びを食べ物を通して味おうてもらいたい。もてなしの心。ただ、うまい、安い、それだけで繁盛するなら苦労は要らない。」とその志を語っています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
吉兆では「もてなしの心」などはどこへ行ったのだろうか。産地偽装、消費期限改ざん、客の食べ残しの再提供、見られていなければ何でもやる。明るみに出れば従業員に責任転嫁し経営者は知らぬ存ぜぬを決め込む。良心等というものはどこにもないではありませんか。これだけのことが明らかになりながら、身を挺して店を守ると言う。大事なのは創業者の言う「日本文化としての日本料理、もてなしの心」などではなく暖簾代という金だけではありませんか。すべては客のためでなく金のためです。志などどこにも見えません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
誰も見ていなければ、何でもやるということは、吉兆に限りません。ミートホープ社、比内鳥、など枚挙にいとまがありません。このような事態を規制や法律で解決することは無理です。志や良心にかかわることは法以前の問題です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
吉兆が営業再開という時に予約で満席というニュースを聞いて耳を疑いました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そのときは客の食べ残しの再提供はまだ報道されておりませんでしたが、うそをつく、見られてなければ何をするか分からない人のすることは、全てにわたってうそがあると思うべきです。案の定、再提供が明るみになりました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
こういう企業は世の中から退出してもらうしかありません。ミートホープ社は既にありません。見られたいなければ何をするか分からないと言う中にはひき逃げもその一つです。こちらの方は警察にがんばってもらって逮捕、服役でつぐなわせるほかありませんが、会社の場合は社会から退出させるべきです。吉兆も一旦解散して出直すべきです。そのためには客が一日も早く見放すことことです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
２０年ほど前、毎夜残業を終わり１０時過ぎに会社から青梅街道を新宿方向に帰るときに、或るパン会社の大型トラックの一団が猛スピードで追い抜いていきます。パン会社の工場が新青梅街道に面したところにあったので、そこから都内やその先に製品を届けるのでしょう。こちらがそれなりのスピードで走っていても、割り込み、後ろからのあおりは日常茶飯事で、窓からみかんの皮を投げ捨てていったのもありました。これを見てこの人達は上司に監視されていないと何をするか分からない人達と思い、以後この会社の品物を買いません。トラックも会社の名前をその有名なロゴで大きく書いて走っているわけですから、会社の信用を担う一員です。その人達を掌握できない会社は信用できないと思いました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最近特に悪くなったとは思いたくありません。第一次大戦のころ日本から輸出した軍需品の、缶詰に石が詰めてあったとか、軍服のボタンが紙であったとか、品質以前の、だまして金を取ったような事例もあって、今の日本製の評価を得るのに先人がたいへん苦労されたと言う話の聞きます。志の低い人達は何時の時代もいます。先代が築いたのれんにあぐらをかいて、もてなしの心を欠いた経営者を追い出すのはブランドだけにだまされない客の目ではないかと思います。そして志を持って仕事をする人たちに報いようではありませんか。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari/41715111.html</link>
			<pubDate>Sun, 04 May 2008 18:16:50 +0900</pubDate>
			<category>会社経営</category>
		</item>
		<item>
			<title>長野聖火リレー</title>
			<description>長野の要所要所に林立している中国国旗を見て異様な光景と思いました。４０００人の中国人がつめかけて手に手に大きな国旗を持って叫んでいるのは尋常なことではありません。まるで文革の紅衛兵の理不尽な行為はかくあったかと思うほどです。明らかに聖火の応援ではなく威嚇です。理不尽な行為です。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
かれらは、日本の客人である立場忘れています。われわれは彼等をわれわれの客人として過ごしてもらうよう安全、自由、人権を保障しています。その客人として最低限守らなければならないことは、訪れている国に迷惑をかけないことではないでしょうか。このことは世界共通の常識であると思います。中国はチベットの問題は国内問題であると常にいっています。ならばこの問題を外国に持ち出すべきではありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本には表現の自由があります。チベットの人や彼等に同情する人がその意見を法が許す方法や日本に迷惑をかけない範囲で表現する自由があります。もしそれが法に反することであれば司法が取り締まるでしょう。それを数を以って他の表現を制圧するようなやりかたは、国家主権の侵害です。聖火リレーは日本が責任を持って整然と行うと宣言しています。事実万全の体制で整然と実施されました。あちこちで小競合いをしたことで、聖火の警備以外に警察は多くの力をそのために割くことになったことと思います。こんなことを他の国の人が中国の都市でやったら中国はそれを許すでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
中国人の犯罪が目立つように思っていました。犯罪は日本人も起します。多くの人の中には互いにそういう不埒な人もいると思ってきましたが、数千人の人が客分であることもわきまえず、平和の祭典のプロローグであり、他国で行われている聖火リレーの場で、自分に反対の立場の立場の人たちを威嚇することは、もはや、たまたま不埒な存在する人間の問題とはいえません。やはり中国人はこうなのか、礼を知らないのかと思わざるを得ません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そして報道管制のある中国では少数民族がこのような扱いを受けていることをはしなくも示したのかなと思わずに居れませんでした。中国国内で日常的におこなわれている行動が何の疑いもなく外国でも行われてしまったのではないか、つまり、チベットの人達が訴えていることの真実味が、この中国人の行動で裏付けられたような気がします。まして何らかの組織が動員を掛けて、このようなことをさせていたとすれば何おかいわんやです。ある記事によると在日中国大使館は金こそ出さなかったが、国旗やその他のものは提供したといっています。これが事実なら中国大使館も黙認以上のかかわりを持ったということです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
自分の言い分を通し、相手をやっつけるためには時、所を選ばず、住まわせてもらっている国の迷惑も考えないというのなら、こんな礼をわきまえない国民はありません。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日本に来ている中国の人達も、母国で行われるオリンピックを誇りと思い、それに何らかの形で参加したいと言う気持ちは当然です。多くの人が沿道で声援することはそれにふさわしいことです。平和の祭典らしく日本と中国の小旗を持って笑顔で迎えれば、平穏に聖火リレーは進行し、北京オリンピックを日本人と共に盛り上げることができたことでしょう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
そしてなによりいえることは、多くの日本人に中国人は異常な行動をとると国民と印象付けただけで、折角の聖火リレーも中国にとって何等得るところは無かったと思います。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari/41651820.html</link>
			<pubDate>Thu, 01 May 2008 14:54:08 +0900</pubDate>
			<category>会社経営</category>
		</item>
		<item>
			<title>公園の噴水に停止命令</title>
			<description>西東京市の噴水で遊ぶ子供の声が限度を超える騒音であるという訴えに対し、裁判所が噴水の使用停止命令を出し、市がそれに従って、噴水を止めたというニュースがありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
実は私も騒音で困っていることがあります。困っているといっても私のほうが音源なのですが。週に２度、月によっては３度、市の地域センタを剣道の稽古に使っております。１度は私たちシルバー組の稽古で月曜の午前、そのたは少年指導に火曜と金曜の夜です。この建物はもともと私立の剣道道場として建てられたものですが、少子化の影響などのため、閉鎖され、その後市が借り上げ地域センタとして利用しています。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
剣道場として立てられたものなので大変使いやすく、重宝に使わせていただいておりますが、ある日突然市の係りの方から道路側の窓を全て閉めるように言われました。道路を隔てたところの民家から苦情があったという理由でした。私立の剣道場の時は窓を一杯に開け放して稽古しておりましたが、そのときはそこには家がありませんでした。道場閉鎖から地域センタ会場まで２年ほど間がありましたがその間にできたのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
少年指導は３０人ほどの少年たちに思いっきり声を出させるのと、竹刀の打ち合う音などで相当な騒音になっていることは、間違いないと思います。しかし月曜のシルバー組みのときは木刀の触れ合う音と、時折かけるヤー、トーという掛け声だけなのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
最初は夜勤の関係で午前中、睡眠しなければならないのでということを間接的に聞いていたので、もっともと思っておりました。しかしそれならば夜は良いだろうと思っていたところ、やはりだめとのこと。結局剣道の音は許してもらえないということのようです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
少年たちの元気な声を、まちの活性化のシンボルと受け取っていただけた時代は今は昔と過ぎ去ったのだとしみじみ思います。さいわいこの施設には冷暖房設備があるのでその点は良いのですが、換気なしでは息苦しくなってしまいます。子供たちには南北の窓を開け放ち風通しの良い道場で稽古させてやりたいものだと思います。顔を合わせての苦情なら、そんなこともお話できますが、苦情は私にではなく、市にあって市の結論だけが伝わってくるのでなんともはがゆい気持ちでいます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
噴水の停止命令にたいし、ブログ上でいろんな意見が出されておりました。この場合の経過はどうだったのかなと思いながら読みました。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari/36858543.html</link>
			<pubDate>Wed, 10 Oct 2007 14:46:17 +0900</pubDate>
			<category>格闘技</category>
		</item>
		<item>
			<title>子供の躾に感心しました。</title>
			<description>わたしの剣友会では普段は地区別に5つの道場に分かれて稽古しております。月に一度は日曜日に少年も大人も一つの体育館に全員が集まって合同稽古をすることにしています。その合同稽古会で次のようなことがありました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
面をつける子供は面を、面をつけることを許されていない子供は日本手ぬぐいで鉢巻をして稽古することになっていますが、手ぬぐいを忘れてきた少年がいました。それを見つけて私は自分の予備の手ぬぐいを貸し鉢巻を締めて稽古させました。&lt;br /&gt;
やがて稽古が終わって、その少年がその手ぬぐいを手に、どうすればよいのですかと尋ねてきたので、私はそのまま受け取って少年を返しました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ところが数分してその子の兄が、弟を伴って来て、「先生大変申し訳ありません、洗ってお返ししなければならないのに、弟がそのままお返ししたと聞きおわびに来ました。」その兄は中学一年生だそうですが、自分のことであってもなかなかこんな行動は取れないものです。まして弟の行動を気にかけて、問いただし私のところに来たのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
わたしが担当する道場の少年ではないので、その兄弟のご両親はお会いしたことはないのですが、その兄の行動と言葉に大変感心するとともに、そのご両親の日ごろの躾を思いやり、すばらしい教育をしておられると思いました。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その日はその子の道場の指導者が来ていなかったので、今日の稽古のときにそのことを伝えました。うれしいことです。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/mukyu_shikari/36811266.html</link>
			<pubDate>Mon, 08 Oct 2007 21:37:27 +0900</pubDate>
			<category>格闘技</category>
		</item>
		</channel>
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