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「トンネル屋の独り言〜旅に出たい」


僕もトンネルの世界に入って、約三十年になる。
 
その間に、海外から国内あちこち行ったが五十になる今は、また行きたいと言うのは沖縄県と富山県だ。
 
仕事で行くと言うより、旅行で行きたいなと思う。
 
沖縄への愛着は非常に強いが、このところ思うのは富山県へ一度で良いから行きたいと思う。
 
今、仕事をしてる作業員と色々話してると、北海道以外はほとんど場所を回ったと思うし海外にも行ったのに、何故富山県か。
 
それは、自分自身が初めて泊まり込みで入った現場だからと、あの雄大な自然をまた見たいと思う。
 
普通は、高卒の僕らは高校卒業と共に車の免許を取るが、僕は車に興味が無くてその時取らなかったんですよ。
 
それで、トンネルの世界に入って車の免許は必要だからと言われて、富山県で取りましたね。
 
ところが、最初に免許を取る為に行った所で、僕は全くの車の素人でした。
 
そしたら、教官がお前は車に乗ったことも無いのかとえらく怒って言った為に、乗ったこと無いから来てるんじゃねえか!となって、言い合いになり車を降りて帰りました。
 
初日で頭に来て、ここは辞めると言ったけど、何度交渉してもお金は戻らずでしたよ。
 
若い頃は、とにかく頭に来ると止まらないって有りましたね。
 
父の会社でしたから、免許の料金は後から給料から少しずつ取られました。
 
それで、仕方なくもう一つの自動車学校に行きましたね。
 
そこで、最初に違う場所でこう言われて怒って辞めたことと、自分はこの土地の人間では無いので土地勘がほとんど無いけど良いか、と聞きました。
 
OKが出て、教習所の講師は何時も同じ人でした。
 
多分、他の人は講師が変わるんでしょうが、僕はトラブルメーカーと捉えられたようで、同じ人でしたよ。
 
小肥りで頭の禿げた、五十半ば位の人でした。
 
きちんと、丁寧に教えてくれましたが、路上に出ると何々のパチンコ屋を曲がってとか言われて、え!?そんなパチンコ屋知りません、とか有りましたね。
 
それと、仕事が終わって行ってたから、少し雪が降りだして滑りそうな事もありましたが、順調に取れました。
 
富山県や雪国の人は、大抵車に長靴を積んでましたね。
 
その後、車を買ってスニーカーで乗ってると、降りたら路面が凍ってて滑るとかありましたし、雪に足を突っ込んしまうとかあって長靴を積むのが分かりましたが、面倒で結局それ用には積まなかったですね。
 
富山県の立山に上がって砂防ダムの仕事をしたのが、泊まり込みでの本格的仕事は初めてでした。
 
トンネル屋が何故そこに居たかは、元々そこの元請けと父の会社は懇意でしたし、砂防ダムの為にダイナマイトを使うんですよね。
 
とにかく仕事場が広かったですよ。全部を歩いて回るとなると、軽く二時間かかりましたからね。
 
全体の仕事を把握するのは、無理でしたね。
 
四十人程の人が居ましたし、山での生活が嫌で若い人はどんどん辞めたから、顔だけ覚えてるって多かったですよ。
 
ジープの古いのがあってそれで回ってましたが、パワステじゃないような古いので参りましたね。
 
免許取り立てで、ミッションのパワステでないジープですからね。
 
それに、二週間に一度しか山を降りられずに、これにも若い僕は参りましたよ。
 
しかし、当時は仕事でしたから、あー面倒でしたが、富山市内にアパート借りて住んでましたから、車に乗るまでは立山行きのケーブル電車に乗ってました。
 
それは、観光客も沢山乗せてて、自然が素晴らしいんですよね。
 
渓谷が素晴らしいし、山々が綺麗なんですよね。
 
凄い高いところも通るし、四季によって様々な色合いを見せる木々が素晴らしいです。
 
観光で来てる人観てて、何とも当時は思わなかったですが、今ではそりゃあんな景色は観たいだろうなあですよ。
 
しかし、僕は仕事で行ってるし若いですから最初は、おー!でしたが、観なくなりましたね。
 
それと、富山市内に居ても今はどうか分からないけど、立山連峰が囲むように見えて怖ささえ有りました。
 
冬は厳しいし、県民性も違いましたが、食べるものが美味しいのに驚きました。
 
特に魚介類ですね。
 
僕は、魚介類の美味しい所の出身なのでそんなに驚くって他では無かったですが、日本海の魚介類は違いましたね。
 
それに冬が厳しいし、何時もどんより曇ってるんだけど、春になった時の感じが非常に綺麗でしたし、生き生きしてましたね。
 
仕事は、今の時期位までやってましたね。
 
本格的雪が降りだすと、駄目でしたからね。
 
この十年程、せいぜい仕事で行っても関西位まででした。
 
父が死んでから、自分自身が何時まで元気でやれるかとか考えますね。
 
そうすると、沖縄や富山に旅行で行ってみたくなるんですよね。
 
それは、若い頃に住んでた京都もですね。
 
五十歳は若いと言われるでしょうが、僕らの仕事は、何時どういう事故に遭うか分からないですからね。
 
若い頃は、あちこち行くのが仕事で、何かを観たいとか無かったですよ。
 
飲み屋街か風俗街にしか興味が無かったですが、そういうので無くてのんびり電車で、センチメンタルな旅をしたくなってますね。
 
仕事が忙しいから、特にそういう気持ちがあるのかもですね。
 
富山県の人とは最初は合わなかったけど、県民性も違いましたが、そこを離れる頃には合うようになってましたね。
 
ああいう雄大な自然の元で仕事が出来たのを誇りに思うし、また行ってみたいです。
 
叶わないかも知れないけど、行ってみたいですね。
 
西日本とは違う、冬のピリピリした空気を味わいたいですね。
 
独特の空気ですよ。
 

おわり

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