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11月9日━━
遅まきながら、てるてるぼうずの効果が表れ、
傘がいらなくなった。
さぁ、今日は日本に帰る日だ。
荷造りをして、折りたたみ傘もさっさとスーツケースにしまい込んだ。
帰りの便はマドリッドのバラハス国際空港から15時55分発なので、
時間はまだまだある。
最後の街歩きをしながらまだ買ってない人へのお土産を探そうとなった。
たまたまこの日は、マドリッドだけのバンクホリデー、
「聖母アルムデーナの日」に当たった。
「デパートや一部のレストラン、お店は開いているけど、
閉まっているところも多いから気をつけて」
と、ホテルフロントの女優さんのように美しい女の子が注意してくれた。
街に出てみると、ほんとだ。
いつもなら朝からオープンしているBARが、軒並み閉まっている。
でも、サン・ミゲル市場に向かう途中、かわいいスイーツの店が開いていたので、
さっそく、「Madrid」と刻印されたキャンディを買う。
サン・ミゲル市場の近くに、マヨール広場という場所がある。
半日市内観光のときの説明では、
その昔、火あぶりの刑がここで実行され、
娯楽に飢えていた市民は、お弁当持参で処刑を見にきていたとのこと。
今は平和な憩いの場になっているけれど、
おぞましい歴史を知ってしまったあとだけに、さっさと立ち去ることにした。
と、たまたまカテドラル!と思って行ってみた建物が、実はアルムデーナ大聖堂!
みなさん、次々と献花をしている。
物見遊山で聖堂内に入ると、
お祈りのために集まった市民であふれかえっていた。
「聖母アルムデーナの日」は、みなさん、こうして迎えるんですね。
外へ出ると、
黒いマントを着た紳士や、
変わったいでたちの女性たちが…。
どうやら、これから聖堂へ向かうらしい。
さぁ、いよいよサン・ミゲル市場へ。
実は、旅先でよく市場を見学する習性があるので、
このサン・ミゲルも人・人・人で賑わうマドリッドの台所と思って行ったのだけれど、
実は、ヒジョーにこじゃれた新観光スポットだった。
鉄建築としても注目されているらしく、
市場内にはハムやチーズの専門店、フルーツ、ワイン、オリーブなどなど
約30店のハイセンスな店舗が配置されている。
店のカウンターで立ち飲みができるほか、
中央にはテーブル席も用意されていて、
各店舗で買ったものをそこで広げて食べることも可能。
さっそくワインハウスでサングリア、コロッケ屋さんでイカスミのクロケッタを買って軽目のおやつ。
タマッキーは、和食屋さんでのり巻きの詰め合わせを買ってきた。
そして休憩後は、2人分かれて買い物をすることに。
私は、マヨール通りにあるいかにも外国のデザイン!といった雑貨屋さんをのぞいたあと、
次女にかわいいワンピを頼まれていたため、
タクシーでセラーノという駅まで行ってもらい、
ブティック街を一人歩くも、残念ながら「聖母アルムデーナの日」とあってどこもクローズ。
仕方ないので、半日市内観光のときあやさんが
「グラン・ピアは若者のファッションの街」と言っていたのを思い出し、
地下鉄でグラン・ピアへと移動した。
確かにこの界隈は若い人たちであふれ、店も開いている。
でも、何店も何店ものぞいて歩いたのに、
しっくりくるものには出会えず、手ぶらでホテルに戻った。
タマッキーとは14時にホテルで待ち合わせ。
戦利品こそなかったけど、一人歩きもけっこう楽しかった。
フロントで荷物を受け取り、あの笑顔の素敵なフロントガールに別れを告げて
7泊9日のスペインの旅もこれで終了だ。
相方とはこ競り合いこそあったけど、ロンドンのときのような大げんかはなし。
忙し過ぎたこの1年の最後に、
こんなにすばらしい旅ができたことに感謝、感謝である。
長たらしい個人記録につきあってくださったブロガーのみなさんや
知り合いの読者のみなさんもほんとうにありがとう。
最後に街で拾った光景。
ポストとゴミ箱も。
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海外編〜2012スペイン
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ジョニー・デップと別れた後は、
今回の旅のメインイベントを取り行うべく、
地下鉄に乗ってサント・ドミンゴ駅へ。
「カフェ・デ・チニータス」
それは、マドリッドでも有名な老舗タブラオだ。
スペインといえば、闘牛とフラメンコを連想する方も多いだろう。
闘牛は3月に始まり、10月で終わるので今回はシーズン的にアウト。
第一、怖い(笑)
でも、フラメンコなら観てみたいではないか。
そこで、タブラオといって、気軽にフラメンコショーが観られるお店を
出国前に予約しておいた。
折しも、この日は私の誕生日だ。
夫タマッキーは、
「どうせ11月に海外に行くんだったら、キミの誕生日を向こうで祝おうよ」
なんてうれしいことを言ってくれるので、
11月8日に旅行最後の夜が迎えられるよう、
日程を組んで2日に日本を発ったのだった。
予約は夜8時。
30分も前に着いてフライング状態だった夫と私は、
雨の中、ひたすらお店が空くのを外で待った。
だから、当然一番乗り。
ディナー付きを予約しておいたので、
まずは赤ワインのボトルが運ばれてきて、
オリーブがまたどっさりきた。
そう広くない店内には、各国からの観光客が続々と押し寄せ、
いつしか満席に。
隣りに座ったドイツ人のカップルと、
カメラを渡し合ってツーショットを撮り合ったりもした。
舞台ではギター演奏が始まっている。
続いて、歌。そしてフラメンコと続く。
お料理もスープ、メインディッシュと運ばれてきて、
フラメンコを観ながらの食事はまた格別だ。
男性ダンサーも、なかなか情熱的だった。
ひと通り舞台が終わったかの頃、
私のテーブルに給仕さんが小さなケーキを運んできた。
夫が事前に「今日はワイフの誕生日」と告げてあったからだ。
わぁ、すごいサプライズ!
夫が「誕生日おめでとう」と言う。
私も照れながら「ありがとう」と答え、ロウソクをふうっと吹き消した。
と、耳を澄ますと、ステージのギタリストや歌手やフラメンコダンサーたちが
ハッピーバースデーを歌ってるではないか。
彼らが最後のワンフレーズを歌い終わったとき、 会場から拍手が沸き起こった。
え〜っ!!! これって、そのタイミングでロウソクを消すんだったの!?
でも、あまりの感動に、気分の高揚はMAXに。
帰り支度をしていると、通る人通る人が「Happy Birthday」と声をかけてくれるのも最高にうれしかった。
上機嫌で外に出て、夫にお礼を言ったあと、
「あっ、傘を忘れた!」
ロウソクのタイミングといい、忘れものといい、
私はここぞというときにいつもスマートにいかないタイプ。
でも、店内に戻ると、ダンサーたちがお店の出入り口にいて、
いっしょに写真を撮ってくれるという。
忘れ物をしたことで、とんだ恥をかいたけれど、結果オーライ。
ついでに夫も入れてもらって、
生涯忘れられない誕生日となった。
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今回の旅行最後の観光地は、スペインの首都マドリッド。
AVANTで降り立ったアトーチャ駅は、夕方ということもあって人でごった返していた。
予約していたホテルは、プラド美術館にも歩いて行けるホテルURBAN。
オーナーの趣味で地下にエジプト考古学博物館を有し、
内部の至る所にいかにもアフリカンな置物をディスプレイしてある、
ガラスを多用したモノトーンでスタイリッシュなホテルだった。
荷物を部屋に置くと、私たちはすぐに街へと繰り出した。
夜は部屋飲みと決めていたから、買い出しをするためだ。
マドリッドには「エル・コルテ・イングレス」という大型デパートが
メジャーな街街に必ずあって、
ホテルURBANから徒歩7〜8分のプエルタ・デル・ソルにもある。
日本と同様、地下に食品売り場があり、
ドリンク類と軽食系、おつまみなどを買って帰る。
スーパーのかごには、下にタイヤがついていて
カートと買い物かごが合体した感じだ。
翌日は大事な1日なので、天気予報では雨だったから
てるてるぼうずを作ってカーテンに止めた。
11月8日━━
いよいよ旅のハイライト、57歳の誕生日。
残念ながら、てるてるぼうずの効果はなし。
(間違って、髪の毛も書いたせいか?)
まずは、地下鉄でプリンシ・ペオ駅に向かい、
半日市内観光の集合場所であるホテルロビーに到着する。
案内役はあやさんという日本人女性で、
この日の参加者は私たちも含めて6人。
なのに、バスは50人乗りのでかいやつで、ビックリだった。
確か、アルハンブラ宮殿で出会った女性2人は、
マドリッドで同じ半日市内観光を体験していて、
小型のマイクロバスだったと言っていたんだけどなぁ。
とにかく、スペイン人の運転で雨のスペイン広場に到着。
ここには、スペインが生んだ偉大なる作家セルバンテスの像と、
彼の代表作『ドン・キホーテ』の登場人物、ドン・キホーテとサンチョ・パンサの銅像が立っている。
急に、帝国劇場で観た『ラ・マンチャの男』を思い出してしまった。
案内役のあやさんは、説明がわかりやすく面白い。
6人の参加者の一人ひとりに、
セルバンテスの数奇な人生がカツカツと叩きこまれていく感じだ。
バスに乗ったままいくつか名所を廻ったあと、
ソフィア王妃芸術センターへ。
ここの目玉はなんといっても、ピカソの『ゲルニカ』だ。
撮影は禁止だったが、
ドイツ軍による空爆でゲルニカ市民が泣き叫ぶ様が描かれた名作を前に
「加害者は一切登場せず、被害を受けた市民のみを描きながら、
ピカソは静かに戦争反対を訴えている」
という説明を聞いて、胸の奥から熱いものが込み上げてきた。
半日観光の最後はプラド美術館。
実は、今回の旅に珍しく半日観光なるオプションを付けたのは、
ソフィア王妃〜の『ゲルニカ』を観てみたかったのと、
プラド美術館前で入場券を渡したら解散というなんとも合理的な考え方が気に入ったから。
他のオプショナルツアーでは、ソフィア王妃〜は外観だけとか、
プラド美術館は1時間だけとか、けっこう急ぎ足だったのに引き換え、
申し込んだツアーは、『ゲルニカ』必見、プラドは各自思う存分というもの。
おかげで、プラド美術館ではベラスケス、ゴヤ、エル・グレコをたっぷり見て回ることができた。
一番うれしかったのが、ゴヤの『着衣のマハ』と『裸のマハ』が観れたこと。
エル・グレコは、なめらかな曲線と色使いのセンスが好き。
夫とは、プラド美術館内のカフェでお昼を食べたあと自由行動だったので、
私はプラドをくまなく歩き、
夫は途中から近くのティッセン・ボルネミッサ美術館にも足を伸ばしたらしい。
夕方、ホテルで落ちあって休憩したあと、
デパートでお土産を物色することに。
雨にもかかわらず、繁華街プエルタ・デル・ソルは賑わっていて、
ジョニー・デップに扮装したパフォーマーにツーショットを頼むと、
帽子とピストルまで貸してくれて、
タマッキーご機嫌、はいパチリ!!
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マドリッドから約70km南にあるトレドという街は、
三方をタホ川に囲まれた、ローマ時代から栄えた要塞都市。
しかも、宿泊先のパラドールから見るトレドは、
まるで絵葉書きのように美しく、
荷物を置くと私たちはすぐに部屋のテラス席に陣取り、
シャンパンを飲みながらいつまでもいつまでもその光景に浸り続けた。
(左から、到着したての夕方4時頃〜次第に夕焼けに〜街の灯りがともり始めた夜8時頃〜朝7時前)
※クリックすると拡大できます。
若さを売りにしているタマッキーと私だけれど、
バルセロナ〜グラナダ〜コルドバと
精力的に歩きまわったあとの体はやはり、
歳相応に疲れていたらしい。
テラスで暮れゆくトレドの街をじっと眺めているうちに、
その疲れが酔いとともに溶けて流れ出し、
タマッキーが持って行ったipodからスピーカーを通して再生されるJAZZもまた、
体の芯から旅の疲れを取り除いてくれるかのようだった。
私たちは、レストランがオープンする夜8時まで、
何もせずこのテラスで過ごすことにした。
寒くなると、毛布にくるまってぼおっと景色を眺めて過ごした。
途中、お隣さんもテラスで飲みはじめ、
奥さんが多少英語ができたので、お互い片言での情報交換。
お二人はマドリッド出身で、パラドールには何度か来ているようだった。
ここのレストランのハモンセラーノ(生ハム)は最高だというので、
のちほどレストランで頼んだら、
大きなお皿に食べきれないほど敷き詰められていて
半分以上残してしまったけど(笑)
(よっぽど、部屋に持ち帰ってもいいか聞きたかったけど、それはちょっとね…。)
でも、出会いというのは不思議なもので、
翌日、トレド市内を1周するソコトレインに乗ろうとしたら、
1周し終わった彼らとバッタリ遭遇。
わおっ!と言ってお互い抱き合ってしまった(笑)
11月7日━━
パラドールというのは、
中世の古城や修道院、貴族の邸宅などを改装した国営のホテル。
5月にスペインを訪れた知人の勧めもあって
トレドではパラドールに宿泊することにしたけれど、
その選択は正しかった。
質の高いサービスと、素晴らしい立地条件。
おかげですっかり疲れも取れて、いざトレドの街探検へ。
まずは、エル・グレコの『オルガス伯爵の埋葬』を観てみようとサント・トメ教会に行ってみる。
が、オープン10時というのを確認し忘れ、9時半頃到着。
この日はやけに気温の低い日で、外で待つには寒すぎる。
ちょうど隣りに洒落たカフェがあったので、
温かいカプチーノを飲んで待つことにした。
左が教会、右がカフェ。
時間が来たので外に出ると、カフェの名は「エル・グレコ」と知って大爆笑。
エル・グレコという画家は、ここトレドがたいそう気にいり、
イタリアから移住した1577年から、亡くなる1614年までをトレドで過ごしたのだそうだ。
サンタ・クルス美術館やエル・グレコの家には、
彼の作品が多数残っているほか、
カテドラルにも宗教画が展示されたりしている。
ただ、残念ながら、私はそれほど宗教画が好きではないし、
相方も絵画そのものにあまり関心なし。
カテドラルは観に行ったけれど、
単に建築物を観てみたかっただけなので、
価値あるエル・グレコも、私たち二人にかかっては「豚に真珠」状態…。
(スペインゴシック様式のカテドラル)
(その内部)
トレドは象眼細工でも有名で、
素敵なアクセサリーを扱う店がたくさんある。
翌日誕生日を迎える私は夫にねだり、ペンダントヘッドを1個買ってもらった。
長女には革のカバンをお土産に買う。
コルドバの職人による手作り品なのだそうだ。
日本で両替して持って行ったユーロがそろそろ底をついてきたので、
カード払いにしたら、カードを受け取るのを忘れて、
カバン屋さんのオジサンがあわてて追いかけてきた一幕も。
その後、足の休憩も兼ねてソコトレインで市内を1周することにした。
40分くらいかけて街の外周を回るのだけれど、
車内にはイヤホンで説明が聞ける装置があり、
日本語の説明もちゃんとあってうれしい。
トレド一のビュースポットでは、トレインを下りて撮影タイムもあり。
(赤い制服の運転手さんに頼むと、シャッターを押してくれる)
こうして、古都トレドを満喫したあとは、
いよいよ最後の目的地マドリッドへ。
トレドからの移動タイムは決めていなかったので、
行き当たりばったりでレンフェの窓口に行くと、
ちょうど数分後出発の高速鉄道AVANTの切符が手に入った。
なんだか今回の旅は、運を味方につけることができた気がする。
10月いっぱいまで、2人ともめちゃめちゃ頑張ったからかなぁ。
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グラナダ〜コルドバ間の移動は、
電車もなくはないけれど、1日2本の運行しかないうえに、
途中乗り換えがあって面倒だ。
その点、バスは1日8本くらい走っているのと
所要時間2時間半は電車もバスもいっしょ。
しかもバスは格段に安い。
なので、私は明るいうちにコルドバに着けるバス便を選択したのだった。
コルドバという街は、こじんまりと落ち着いた街だ。
ローマ時代以前から街が拓かれ、
後ウマイヤ朝時代(8世紀中頃)は首都として栄えたそうな。
日本で手配してあったホテルは、
この街のシンボル、メスキータから徒歩数分の好立地で、
そのうえ、今回の旅行中の宿の中で一番料金も安かった。
なんと、ツインの部屋で朝食も付いて、一人5000円程度なのだ。
街の雰囲気に合わせたのか、内装もイスラム建築風。
館内にはパティオまであり、なんだかアルハンブラチック。
私たちは、お風呂でバス旅の疲れを癒してから、
夜のコルドバへと繰り出した。
ほんとうは、老舗レストラン「エル・カバーリョ・ロホ」に行きたかったけど、
部屋飲み用のウィスキー小瓶やワイン、つまみを調達すべくマーケットを探し歩くうち、
マーケットは見つからず、足は疲れるは、お腹は空くはで、
たまたま見つけた「ASADOR EL CHOTO」というレストランで手を打つことにした。
でも、ここは意外に正解。
店内も落ち着いた雰囲気だ。
スペインのディナーはだいたい夜8時からで、
私たちはその20分前くらいに着いたけれど、
飲み物だけなら8時前でもOKというので、まずはビールで乾杯。
ご多分にもれず、オリーブも運ばれてきた。
そして、8時になると注文を取りに来てくれて、
イカスミのパエリアとガスパチョ、自家製サングリアなどをオーダーした。
この、イカスミのパエリアが絶品だったのだ!!
ところが、大満足でお店を後にし、ホテルに帰ろうとして道に迷ってしまった。
コルドバというところ、
車がやっと1台通れるくらいの石畳の道が入り組んでいて、
どこもかしこも白壁の家やお店が道の両側から攻めてくる感じ。
「まるで神楽坂の裏道を歩いているみたいだ」
と言いながら、途中途中、通行人に道を聞くも、
目的地からはどんどん離れていってしまい、
グアダルキビール川に躍り出てやっと位置関係が把握でき、
レストランから5分で帰れるはずのホテルへ、
1時間もかけて歩いた計算だ。
帰り途中、期せずして翌日観るはずのメスキータのライトアップが目に飛び込んできた。
本来なら感動モノなのに、歩き疲れた私たちにはもうどうでもいい感じで、
一刻も早くホテルのベッドに倒れ込みたい心境だった。
今考えると、「メスキータ」を聞けば誰しもわかっただろうし、
私たちもすんなりと帰れただろうに、なんで思いつかなかったんだろう?
11月6日━━
朝からあいにくの雨。
まずはゆっくりと朝食を取り、
8時半〜10時まではメスキータがタダで入場できるため、
経費節約もかねて、一番乗りすることにした。
ただし、この時間はミサが行われているので、礼拝堂には入れず。
もともとキリスト教の聖堂があったところに建てられたこのメスキータ、
イスラム建築、コルドバ建築、ゴシック、バロックなど複数の建築様式が融合し、
さらにキリスト教に再征服されたいきさつもあって、
キリスト教式の装飾も施されている。
馬蹄形のアーチの林が特徴的で、赤と白の石を使って作られているらしい。
これは、ローマ橋を渡ってメスキータを振り返ったワンシーン。
カラオラの塔に登れば、もっと俯瞰できたはずだが、
あいにく、塔の入場は10時からとなっていて、
雨だし、待つ気もなかったので、街中へと引き返すことにした。
ズボンまでびしょびしょになった夫タマッキーはホテルで着替えて温まりたいという。
濡れても平気な私は、一人で自由に行きたい所へ足を運び、
チェックアウトの時間に合流した。
旅も後半、この日はレンフェ(スペインの国鉄)でトレドまで行くことになっている。
コルドバ〜マドリッド間はAVEという新幹線で1時間40分、
マドリッド〜トレド間はAVANTという高速列車で30分。
AVEには天井にTVがついていて、
『幸せの教室』が放映されていた。
字幕はスペイン語、乗車後配られたイヤホーンで英語のセリフをどうにかこうにか拾って過ごす。
かくして、私たちは一瞬だけマドリッド駅で都会の喧騒を体感したあと、
メルヘンの世界、トレドの駅に降り立ったのだった。 |





