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『 例えば、茶の湯は今日いろいろ面倒な作法をもっております。

その作法は一定の精神のあらわれです。

しかしその作法の末節に従ったものはかえってその精神を失うことになる。

昔から茶の湯の大家たちはそういう末節に捉われませんでした。

茶の湯の真の精神は、日常のありふれた器物をもって、まごころをもって客をもてなすところにあります。

静かに心をひらいて主客がかたりあうためにああいう茶室と茶庭との雰囲気が必要であったのでしょうが、それも本来は決して贅沢なものではありませんでした。

今日では茶の湯は普通の贅沢を超えたいっそう高い贅沢になっております。

これはあらゆる表面的なきらびやかなものを奢侈においてもきらう日本の風流の伝統の一精神でありますが、しかし風流の道が元来清貧と謙虚との道であったように、茶の湯の本質もどこまでも清貧と謙虚とにあります。

たらぬ中にあってまごころをもって客をもてなすというのが茶の湯の真の道であります。』(講談社学術文庫版より)

茶の湯を,例として、「精神性」の消失を指摘している。

当時既に、風流の道の基本が、失われていたのだ。

今日では、言うに及ばずだ。

「主客」が、「まごころ」をもって、茶の湯を楽しんでいる人は、どのくらいいるだろう。

茶の湯は、本来、「自他楽」文化をベースとする。

「自他楽」文化としての「茶の湯」を楽しもう。

「OTAKU・オタク」に基づく「自他楽」こそ、「茶の湯」の原点だ。

まずは、習俗的発想から抜け出よう。

そして、オタク文化の精神を、理解する必要がある。

画像: 萌黄釉四方皿 加藤景徳作 http://www.japan-fineart.info/
Image Designer: 森 泉


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