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私は人に優しくすることなど出来ない人間でした。
というより人をいかに攻撃するか、苦しめるかを考えるような人間でした。
そんな私でも現在は人に対して普通に親切に出来るし、人のために何かをするのに苦を感じることはほとんどありません。
自分でもなぜそうなったのか明確に説明することは出来ませんが、事実としてある以上は間違いではなく、また一時的、条件付きのものではないということはわかります。
ただ言えることは理解を深めて行ったから変わって行ったのだと思います。
心に関する理解、人間に関する理解、全体に関する理解、これらは自分というもの、世界というものを知るために避けて通れない道です。
逆に言えばこれらを理解することが出来るほど心は静かになっていき、憎んだり、悲しんだり、恐怖したりすることが減ってくると言うことです。
人は無知だから、知らないから苦しむのです。
知ってしまえば憎むことも、恐れることも出来なくなるのです。
仏教は智慧を使って心が揺さぶられる原因を減らしていき、心が静かになってきます。
時間はかかりますが、確実に良くなっていく方法でもあります。
仏教以外にもいろんな宗教や教えがありますが、日本人には仏教的な方法が一番向いているような気がします。
日本では大乗仏教の僧侶が何人も悟りに至ることが出来ている背景からも日本人の気質的にも合っているのでしょうね。
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ひとのこトシカズさんのように、自ら学ぼうとし、
気づいて変われたなら、それは一生もの(本物)だと思います。
私も昔は心荒んでいましたが、今は「心が静か」な状態です。
喜怒哀楽に右往左往して心が乱れることもなくなりました。
なるほど、知って少し智慧がついたからだったんですねー。
ひとのこトシカズさんの記事から、
もっと仏教を学びたくなりました。
2015/2/23(月) 午後 5:51 [ 無豆 ]
無豆さん、どうもです。
残念ながら私は仏教をほとんど知りません。
私の先生が仏教的なことを教えてくれるから、少し知っているくらいです。
無豆さんは心が乱れなくなりましたか、周りで何が起ころうとも心は常に静かなんですね。
私はまだ心が動くのが認識できるのでまだまだ途上です。
だから今も学びの最中です。
2015/2/24(火) 午前 10:03 [ ひとのこトシカズ ]