道なき道

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生かされている

世界の調和を乱しているのは個人がいるという思いがあるからです。

私という存在が個人であるから、私が幸せになろうとすることは個人のみが幸せになることになり、別の個人の幸せには無関心になってしまいます。

この世界ではいろんな制限があります。

誰もが王様になれるわけではありません。

誰もが大金持ちになれるわけではありません。

誰もが一番になれるわけではありません。

誰もが全ての物を手に入れられるわけではありません。

だから自分が何か得ようとすることは他と争うことになるのです。

誰も人とは争いたくないはずです。

誰も人と仲良くしたいはずです。

でも個人として生きるなら、それは避けられません。

なんとも酷い世界だと思うでしょうが、個人がいるという錯覚さえなくなればそれで解決なのです。

人の一番古い癖が、私という個人がいるという思いです。

個人が個人だけで存在出来るなら、個人はいると言えます。

しかし、個人は個人以外のあらゆるものに依存しなければ個人として存在出来ないのです。

個人は全体によって個人として生かされているわけです。

生かされている存在、外側に影響を受け続ける存在が独立した個人と言えるでしょうか?

我々が行動、言動の前に抱く、いろんな思いでさえ与えられたものです。

思いを自由自在に操れる人がどこにいるでしょうか?

多くの人が何の疑問も持たず、それを私だとし、個人があると信じているのです。

少しでも疑問を持ち始めた人は内側に目が向き始めています。

外側を見ることは私という個人の視点で見るから「私という個人がいる」という前提をしっかりと握ったままなのです。

私という個人がいるという思い込みからの解放こそが、大安心に向かう唯一の道であります。

個人がいなければ個人のことで悩むことなどありません。

して、全体のより良くだけを考えて生きることは楽しみしかありません。

そういう生き方をしてみたいと思いませんか?

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