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東京・永田町といえば誰もが知る日本の政治の中心地 ...その永田町二丁目の高台に、都立日比谷高校があります。 歴史を感じさせる、なかなか立派な門構えです。 この門柱は、この場所のかつての主、村井吉兵衛が作らせたもの。 そう。この日比谷高校の敷地にはその昔、煙草王・村井吉兵衛の邸宅があったのです。 煙草事業で名をなした村井吉兵衛は、煙草の専売化により煙草から撤退した後も兄弟らと村井銀行を設立し、順調に事業を展開して行きました。そして、大正元年(1910)に吉兵衛一家はこの永田町二丁目に新居を構えます。
しかしながら栄光の日々はそう長くは続かず、大正15年(1926)1月には吉兵衛が急死、そして翌昭和2年(1927)には金融恐慌により村井銀行が破綻、という村井家にとっての不幸が訪れます。 そこで、村井家は預金者への弁済に充てるために私財を売却することにしました。それにより、永田町にあった吉兵衛邸も東京府に売却され、当時の府立一中(現・日比谷高校)が日比谷から永田町に移転して来ることとなりました。 村井家時代の建物のうち、純和風建築として名を馳せた『山王荘』は、その後比叡山延暦寺に移築されて大書院として現存しています。また、吉武長一・設計の洋館は、日仏会館として使われました(吉兵衛の存命中は永田町邸内で使用、後にお茶の水に移築)が、現在は取り壊されています。 これは、村井家が収集した美術品を収納しておくための倉庫だったのですが、それなりに立派で歴史的価値の高いものです。日比谷高校が百周年記念事業として整備し、資料館として現在も使用しています。年に1度の学園祭の時には内部が公開され、村井家から伝わる資料などが展示されています。 その他にも岡田信一郎設計の守衛小屋、外壁の一部や石垣などが当時の姿を今に伝えています。 都心の一等地にひっそりと残る歴史的な建造物、いつまでも保存して後世に伝えたいものです。 *きょうごく様にご指摘をいただいた点を若干訂正いたしました(2009.1.28)。
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*****さん、来年の学園祭には是非いらしてみてください。
ここは日枝神社の隣なので、初詣で来られる方も多いかもしれませんね♪
2008/12/16(火) 午後 6:58
正確にいうと守衛小屋は岡田信一郎設計の校舎の一部です。唯一残っている岡田の校舎なので貴重な建物です。
2009/1/27(火) 午前 11:28 [ きょうごく ]
きょうごくさん、ご指摘ありがとうございます。
資料館に関しては『唯一』というのは正確ではありませんね。
設計者の不明な資料館と、岡田信一郎・設計であることが確かな守衛小屋・・どちらもいつまでも保存していただきたいものです..。
2009/1/28(水) 午前 6:17
若干、本文を訂正させていただきました。
きょうごくさん、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
2009/1/28(水) 午後 1:31
日比谷高校の校舎を全面的に大改修する話が急速に進みだしました。今のところ資料館は改築の対象範囲外となっていますが、何時邪魔物扱いされて取り壊されないとも限りません。何とか守る方法はないか苦慮中です。
2009/2/20(金) 午後 4:38 [ きょうごく ]
きょうごくさん、お返事が遅くなり申し訳なく存じます。
資料館と守衛小屋、そして門柱などは是非残してもらいたいものですね..。何か私らで力になれることがあれば嬉しいです。
P.S.: 先日は貴重な資料を大変ありがとうございました。
2009/2/23(月) 午後 3:19
はじめまして、きょうりんたろうさんの「近代建築を紹介するブログ」からお邪魔しました。日比谷高校の前身の話初めてしりました。比叡山の大書院は、以前JR東海のツァーで見学できました。近代和風邸宅に関心があるので、いつか訪ねてみたいと思っています。
2011/2/3(木) 午後 7:54
京都の近代建築など素敵な建物を紹介させていただいております。
「長楽館」や「村井銀行」の外観の動画を少しアップさせていただいております。
http://zoome.jp/rintarou1/
京りんたろう
2011/2/9(水) 午後 1:40
gonana180さん、ご訪問ありがとうございます。
お返事が遅くなりましたこと、深くお詫び申し上げます。
山王荘に関しましては、茶室は別に根津美術館に移築されております。これまた興味深いところですね。
2011/4/4(月) 午前 1:10
京りんたろうさん、昨日は円山公園での花見を兼ねながら、長楽館を観て参りました。今後ともご指導を賜われれば幸いに存じます。
2011/4/4(月) 午前 1:12