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明治37年7月1日、たばこ専売法が施行されて、日本における煙草の製造はすべて『官』によるものとなりました。以後、煙草の専売制は昭和60年の日本たばこ産業株式会社(JT)発足まで、80年以上にわたって続くこととなります。 当然のこととして、それまで煙草の製造・販売事業を国内外で展開してきた村井兄弟商会も、これを機に煙草事業から撤退することとなりました。 この写真は、同年10月7日に芝紅葉館で撮影されたもので、日米トラストによりアメリカ・タバコ会社より経営に参画していたパリッシュ(第1副社長)・ゴッドセー(財務総長)両氏の送別会が催された時のものです。 村井吉兵衛(社長)、村井眞雄(第2副社長)、松原重榮(文書総長)、村井貞之助らの顔がみえます。 煙草事業からの撤退により、村井兄弟商会の諸工場や東洋印刷の設備はすべて国に買収され、莫大な補償金を得た吉兵衛は、義弟・貞之助らとともに同年12月1日に村井銀行を設立することとなります。
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これも貴重な写真ですね。いろいろなイメージが想起され、あらためて「写真の力」みたいなものを感じます。アメリカ側の人たちの子孫にも見て欲しいですね。
2010/9/5(日) 午後 8:08 [ candomatsu ]
内緒さま(1:35)>コメントありがとうございます!
う〜ん、どうなんでしょう..。やはり人生や事業の充実度というのが、顔に表れてくるということはあるとは思います。
そうですね、ある意味ではアイディアや努力が報われる時代だったのかもしれませんね。貧富の差はとても大きかったと思いますが。
ちょうど日露戦争の時期でもあり、国から得た賠償金を国に還元したいという想いがあって銀行を設立したのだと思います。
2010/9/6(月) 午前 8:53
candomatsuさま>さっそくお越しいただき恐縮です。
そうですね..各人の想いが色々と込められた写真なのかもしれませんね。村井煙草から村井銀行への門出、一つの節目になった写真だと思います。
アメリカ側の人たちのその後は調べていないのですが、確かに興味深いところですね!
2010/9/6(月) 午前 8:56