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京都・東山には、村井たばこの『馬町工場』の建物が今も残されています。 合名会社・村井兄弟商会の馬町工場は、明治30年に起工し翌31年1月に竣工しました。 その後の工場拡張や明治32年の株式会社化(アメリカタバコ会社と合併)などにより、村井のたばこは国内外に向けて増産を重ねることになります。明治34年夏の東京への本社移転、そして東京での新工場建設の後にも、馬町の工場は2000人の職工を雇い一日に1000万本のたばこを生産する西の生産拠点の要として村井たばこを支えました。 しかし、明治35年5月6日夜に発生した火災によって工場は全焼してしまいます。 損害額は当時の100万円とも言われましたが、村井兄弟商会は東京工場の増産や馬町工場の迅速な復旧への努力により、 一人の職工も解雇せずに この危機を乗り切ったことは特筆すべきでしょう。 建物の正面。『関西テーラー』の看板が出ています。 碑の横にある説明板には次のように記されています(原文のまま) 明治三十三年村井吉兵衛わが国始めて両切紙巻タバコを製造 同三十二年この地に米国タバコ会社と合同して村井兄弟商会を設立し その名声は世界のタバコ商として知られる
明治三十七年煙草専売法の実施により国営となり 商会の建物は専売局専売公社の京都工場として使用され村井の技術が大いに役立つ (大溪元千代著「たばこ王村井吉兵衛」に拠る) その後建物は倉庫等に使用されたが廃屋同前の状態で放置された 昭和二十二年富田淺雄社団法人関西厚生協会を設立し この地と建物の払い下げを受けてその維持保存につとめ今日に至る 昭和五十五年三月吉日 社団法人 関西厚生協会 現在は、富田淺雄氏のご子息らのご尽力により建物が維持されています。 関西テーラーの建物には、富田瑞穂氏が主催される連鶴教室・折り鶴サロン『夢』が入っています。 また、反対側の建物はウィークリーマンション『東山IVY』として使用されています。 建物を囲む塀もレンガ造りの趣きあるもの。 狭い路地を挟んで、近隣の家と支え合っています。 窓のようにみえる部分はレンガで埋められており、”blind window”と呼ばれる状態です。 反対側に回ると、狭い通りに沿って『東山IVY』があります。 古い建物が建ち並ぶ京都にあっても、ひと際目立つレンガ造りの工場跡。 写真は京都タワーの展望台からみたところですが、すぐにそれと判りますね。 |

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おはようございます。
ブログアドレスお知らせ頂きましてありがとうございました。
これからもちょくちょく拝見させて頂きます。
2008/12/7(日) 午後 7:10 [ montefioralle ]
montefioralleさま、お越しいただきありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
2008/12/8(月) 午前 6:08
こんなに素晴らしい建築物が取り壊されることになるなんて…。
やっぱり悔しいです!
2009/6/25(木) 午後 11:02
ゆかぽんさま、ご訪問ありがとうございます。
京都ではこういう古い建物は珍しいと思うので、取り壊しは本当に残念です..。これからも色々と教えていただけるとありがたいです!
2009/6/26(金) 午前 0:40
内緒さま>やっぱりよくご存知の場所でしたか♪
これもまたタバコ繋がり、ということで!
実はお聞きした後さっそく調査を入れさせていただきました(^^;
いやいや、とても由緒あるところなのですねm(_ _)m
カキ氷、食べたかったですねえ(> <)
2010/2/9(火) 午後 6:28