等持院(とうじいん)は、京都府京都市北区にある臨済宗天龍寺派の寺院。 山号は万年山。足利尊氏の墓所としても知られる。 歴史 足利尊氏は、1341年(暦応4年)に現在の京都市中京区柳馬場御池付近に等持寺を建立し、 その2年後の1343年、現在の京都市北区等持院北町に別院北等持寺を建立した。 尊氏の死後、別院北等持寺は尊氏の墓所となり、その名前を「等持院」と改称した。 その後、応仁の乱で柳馬場の本寺が焼失したため、別院だった現在の等持院が本寺になった。 (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用) (2008年11月) 大徳寺と今宮神社を見た後、相方さまが行こうと言うので行ってきました。 実は、私は等持院ってあまり知らなかったんですよね… どうやら足利将軍家に縁のお寺らしいです。 まず、どうやったらたどり着けるのかわからなくて大変でした。 ちょうど立命館大学のお隣という場所だったんですが、 入り口の門がどこにあるのかがわかなくてうろうろしてしまいました… 境内はかなり広かったです。 紅葉もほのかに色づいてる感じだったんですが、そのわりにはすいてましたね。 これだけ大きなお寺なのに…って気もしました。 まぁ、時間が中途半端だっただけかもしれませんが。 方丈の奥には広大な庭園が広がってました。 そこをそぞろ歩きできるようになってました。 入り口に靴を脱いできてるので、備え付けのスリッパで、でしたけど。 ホントに庭園は広大でした。 ちょっとした築山の上には茶室が2つ並んでるみたいでした。 そして池のまわりをそぞろ歩きました。 途中で紅葉がかなり真っ赤になっててすごく綺麗でした。 池には鯉が結構な数いました。 しかも、みんな口をパクパク… ちょうどおせんべいをもってたので、ためしにやってみると、なかなかいい食いっぷりで(笑) 相方さまが特に楽しそうにやってましたねぇ。 確かにパクパクしてて楽しかったですけど(笑) 方丈の奥には庭園だけでなく、歴代足利将軍の木像の置かれた玉屋がありました。 そこはもちろん撮影禁止だったんですが… あと、15代のはずが、人形は14だったかな… でも、足りない人間は2人…あれ? そうです、私たちが認識してる足利将軍が1人多かったと思います。 でも、誰が足らないのか全然わからなかったですし、誰が多かったのかもわからなかったですね… 相方さまが歴史手帳で調べてくれたんですが…もう忘れちゃいましたし(笑) 最後は正門の方に向かって帰りました。 正門のすぐ近くの紅葉が一番赤々としていて、まるで燃えるようでした。 おもいっきり記念撮影しちゃいました(笑) |
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