霊松寺(れいしょうじ)は大阪府高槻市にある曹洞宗の仏教寺院。 山号は黄牛山。本尊は十一面観音。 歴史 寺伝によると、8世紀中頃に行基菩薩が開創したと伝えられている。 当初は牛飼山地蔵院と称していたが、 応永19年(1412年)に無月妙応禅師が老松の下から表れた黄金仏を本尊の胎内に納め、 堂宇を再興し、寺名も霊松寺と改めた。 永禄元年(1558年)には正親町天皇の勅願寺となり、 翌永禄2年に綸旨や勅額を賜ったと伝えられる。 その後、将軍家を支配し畿内に権勢を奮っていた芥川城城主・三好長慶ら一族の信仰が厚く 隆盛を極めたが、天正年間(1573〜1593年)に当時の高槻藩の藩主で キリシタン大名としても有名な高山氏の兵火に罹り諸堂宇を焼失した。 江戸時代の寛永・享保年間に本堂や庫裏、鐘楼、山門などの堂宇を再建した。 現在の堂宇は平成3年に再建されたものである。 境内には、「三好のカンカン石」と呼ばれている、 長慶の嫡男で芥川城城主でもあった三好義興の自然石で作られた墓や、 江戸時代の高槻城城主・土岐定義らの墓があり、 境外にも高槻城城主であった入江春正の墓がある。 また、『摂津名所図会』には山門の脇に寺伝に因む老松が生えていると紹介されているが 現在は存在していない。 (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用) (2008年11月) 高槻にある霊松寺に、三好長慶の息子の墓があるというので、 相方さんと行ってきました。 ここはかなりマニアックでしょうね(笑) 観光地化されてるわけじゃなさそうでしたし。 JR高槻駅からは歩いて、まぁ10分強ってところでしょうか。 最後は石段が続いてますが、そこがトンネルみたいになってました。 紅葉が少し残っていて、なかなか綺麗でした。 境内は普通のお寺っぽかったです。 観光地になっているんじゃなくて、檀家さんがいるような「普通」ですね。 境内の奥に墓地があって、その中に目的のお墓がありました。 お墓というか、石碑のような雰囲気になってましたが… 石に何か彫ってあるんでしょうけど、ちょっと見難くなってました。 あと、墓のすぐそばに三好長慶の看板が… どうやら「三好芥川城の会」と「三好長慶追っかけ隊」さんが作成されたようで… まさかこんなものがあるなんて…相方さんもびっくりしてましたが(笑) |
訪問記 大阪府
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