徒然草子

ずいぶん更新していない…更新の仕方忘れた(笑)

訪問記 大阪府

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大阪府の観光名所(主に神社仏閣・城跡・遺跡など)の訪問の記録です。
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万博公園

万博公園

万博記念公園(ばんぱくきねんこうえん)は日本万国博覧会(大阪万博)の跡地を整備した公園。
万博公園と呼ばれ、正式名称は日本万国博覧会記念公園。
大阪の中心部から約15キロ北方にある。広場やスポーツ施設や文化施設がある。
総敷地面積は264ヘクタールで、甲子園球場の約65倍の広さに相当する。

所在地は大阪府吹田市千里万博公園。
公園を管理するのは、独立行政法人日本万国博覧会記念機構である。
1972年3月15日の日本万国博覧会一般公開2周年の日にエキスポランドと
自然文化園の第1期及び日本庭園・大阪日本民藝館などを公開して開園する。
その後、自然文化園が第3期に分けて整備・公開され、国立民族学博物館が開設される一方、
エキスポランドなど、開園後に閉鎖された施設もある。

                      (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)


(2009年4月)


お花見に、万博公園まで行きました。
直前までどこに行くか決まらなくて、梅田で待ち合わせして、
思いついたようにして行ったので、全然下調べなしで行きました。


万博公園に行くのもすごく久しぶりで、まだエキスポランドがあるときに行ったきりだったので、
すごく新鮮な感じがしました。
ただ、エキスポの残骸が残っていたので、それが微妙でしたけど。


太陽の塔はやっぱり微妙です(笑)
不気味というかなんというか…嫌いじゃないんですけどね。


サクラは思ったよりも咲いてなかったように思います。
というか、咲いてるのは満開なんですけど、数が少ないというんでしょうか…
公園が広すぎるからそう感じるだけかもしれませんが。。。


お花見弁当を食べた後は運動を兼ねて、公園内をうろうろしました。
これがかなりいい運動になりました。
かなり広いので、歩いても歩いてもなかなか思ってるところに着かなかったですね。
ただ、ホントいろいろあるので、散歩してるだけで楽しかったです。
私たちは乗らなかったですが、池でボート遊びもできますし。
日本庭園なんかも、うろうろするだけで楽しめましたし。
もちろん家族ずれなんかは芝生でボール遊びなんかしてましたし。


森林を見物(?)できるようなタワーがあって、それがかなり面白かったですね。
ちょうど木々の上を飛ぶように歩けるのが魅力でした。
いつもは見上げるしかできない木々をちょうと横に見ながら進むので、新鮮でした。


あと、私たちが気付いたときには時間が終わってたんですが、
足湯もあるみたいでした。
もっと早くに気付いたら入っていたのに…残念です。。。


帰り際に太陽の塔を見たら、昼間以上に不気味でした。

イメージ 1

まるでエヴァの使途のようでした(笑)
前で篝火がたかれていたから、余計にそう見えたのかもしれません。

イメージ 2





太融寺

太融寺

太融寺(たいゆうじ)は、嵯峨源氏の祖で
左大臣・大納言の源融(みなもと・の・とおる)ゆかりの寺で、
大阪市北区に伽藍を構える真言宗(高野山真言宗・準別格本山)の寺院(山号は佳木山)。
またはこの寺付近の地名を指す。
町名としては「太融寺町」である。
「大融寺」と誤記されることがあるが、正しくは太融寺である。

                      (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)


(2009年3月)


H嬢と梅田でランチするついでに行ってきました。
いつもは前を通ったりはするんですが、全然入ったことがなかったので…


入ってみると、梅田の真ん中にあるわりに広い境内でした。

イメージ 3

ただ、やはり都会にあるせいか、お堂が詰まってる雰囲気ですね。
いろんなお堂が所狭しと並んでる、というか…


境内にはぼけ封じの観音様もいらっしゃいました。

イメージ 1

バックが都会のビルなのがなんともいえない感じでしたけど。


あとは、淀殿のお墓もあるのには驚きました。

イメージ 4

どうして太融寺に?という感じでした。


それから、境内の外に飛び地で神社があって、そこにも行ってみました。

イメージ 2

ホント道の真ん中にあるので、注意してみないと太融寺に関係あるとは
とても思えない感じでした。




あびこ観音

あびこ観音

大聖観音寺(たいしょうかんのんじ)は、大阪市住吉区にある仏教寺院。

観音宗総本山。山号は吾彦山。寺号を大聖観音寺と称する。
安彦観音寺、我孫子観音、あびこ観音ともよばれる。
山門付近の石柱は吾彦観音寺の表記となっている。
あびこの名は、この地の豪族、依網吾彦(よさみのあびこ)に由来するといわれる。
本尊は聖観世音菩薩。

2月3日の節分厄除大法会には本尊が開帳されて、厄除開運などを願う多くの参拝者で賑わう。

創建は546年で、日本最古の観世音菩薩の寺院とされ、厄除の寺として知られる。
江戸時代には最盛期を迎え、塔頭寺院が36を数えるに至った。
1881年(明治14年)、火災に遭い、多くの寺宝と共に焼失した。
1890年(明治23年)に再建し、復興を果たした。
1947年(昭和22年)5月18日、所属宗派より独立し、観音宗と称する。

                      (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)


(2009年1月)


信貴山から降りたあと、行ってきました。
大学時代、近くまで行っておきながら、一度も行ったことがなかったので、
行ってみようってことになりました。


JRの我孫子町駅から行きましたが、これが入り口がどこかわからなくて、
ちょうどそのまわりをぐるぐるする羽目になってしまいました。
しかし、思ったよりも境内は小さかったですね。

イメージ 2


でも、また予想以上だったのが人出が多かったことですね。
もっと少ないかと思ってたんですが、結構人が並んでました。


本堂の裏には、石仏がいっぱい並べてありました。

イメージ 3

ご利益云々よりも、ちょっと不気味でした…
ぐるっと見てまわったことは見てまわりましたけど。


あと、境内には大きな楠がありました。

イメージ 1

でもちょっと境内が小さいせいか、狭そうというか…
ちょっとだけかわいそうに見えました…





大念仏寺

大念仏寺

大念仏寺(だいねんぶつじ)は、大阪府大阪市平野区にある寺院。
融通念仏宗総本山。山号は、諸仏護念院大源山。
創建は大治2年(1127年)とされ、日本最初の念仏道場である。
本尊は十一尊天得如来(絵像)。
「十一尊天得如来」とは融通念仏宗特有の呼称で、阿弥陀如来と十菩薩の絵像である。

歴史
比叡山の天台宗の僧の良忍が、大治2年(1127年)鳥羽上皇の勅願により開創した。

摂津国住吉郡平野庄(現・大阪市平野区)の領主の平野殿坂上広野の私邸内に
建立した融通念仏の道場の菩提所・修楽寺の別院が前身。

その後、寺勢は振るわなかった。
永享元年(1321年)に第7世・法明が中興して寺域を拡大して、伽藍を整備したが、
度重なる兵火に遭い荒廃した。

第43世・舜空が大堂を建立した。元禄年間(江戸時代前期)には、
第46世・大通が諸堂を再建するとともに、法儀の用具を完備して、
融通念仏宗の本山として現在に至っている。

境内地は24000m²(約7300坪)、30余りの諸堂がある。

本堂は、大阪府下最大の木造建築である。

開祖である良忍上人が京都の大原で修行中、唱える念仏が美しすぎるため
近くの滝の轟音がかき消されてしまうといったエピソードがある。 
現在でもその滝は“音無の滝”として広く知られる。

                      (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)


(2008年12月)


平野の大きな寺院といったら、大念仏寺ですよね。

イメージ 1

名前だけは聞いてましたけど、実際行ったのは初めてです。
JR平野からさほど離れてなかったと思います。


境内は、名前を聞いたことのあるくらいのお寺なだけあって、
やっぱりかなり広かったです。
まず、正門がなかなか素敵でした。

イメージ 3

とても大きいってわけじゃないんですが、額が綺麗でした。


入ってすぐの本堂はかなり大きかったです。

イメージ 2

ただ、お寺に着いた時間が結構遅かったので、あまりしっかりと見れませんでした。
どうやら、本堂に入れたようなんですけど…


正門のすぐ横には経蔵とかもあったみたいでした。
ただ、やっぱりゆっくり見れなかったのが残念ですね…


今度行くときは、もうちょっとゆっくりと見てこようと思います…




杭全神社

杭全神社

杭全神社(くまたじんじゃ)は、大阪市平野区平野宮町にある神社。旧社格は府社。

概要
貞観4年(862年)、征夷大将軍・坂上田村麻呂の孫で、
この地に荘園を有していた坂上当道が素盞嗚尊を勧請し、
社殿を創建したのが最初と伝えられている。

以降、建久元年(1190年)に熊野證誠権現(伊弉諾尊)、
元亨元年(1321年)には熊野三所権現(伊弉册尊・速玉男尊・事解男尊)を勧請合祀し、
後醍醐天皇から「熊野三所権現」の勅額を賜り、熊野権現社の総社とされた。

明治になって現在の社名に改まった。
日本で唯一連歌所が残っており、連歌会は明治以降廃れていたが、1987年に復活させ、
現在、毎月定期的に平野法楽連歌会が催されている。
1999年からはインターネット連歌が始まった。
初代の連歌所は室町時代に建てられたが、大坂冬の陣で焼かれた。
現存するのは1708年(宝永5年)に再建されたもので、大阪市指定文化財に指定されている。

夏祭り(平野だんじり祭)が毎年7月11-14日に行なわれ、付近の国道25号の走行が規制される。

                      (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)


(2008年12月)


ちょうど平野に行くのでついでに寄ってみました。
杭全って「くまた」って読めますか?
私は結構最近まで読めませんでした…というか、何度聞いても覚えられなかったです(泣)


ここは予想以上に大きかったです。
JRの駅から結構近いんですけど、まず鳥居がかなり大きかったです。
境内もかなり広かったです。
境内には平野環濠の跡もありました。

イメージ 3

ただ、あまりにもひっそりと石碑があったので、かなり目立たなかったですが。


拝殿は境内の広さの割には大きくないように見えました。

イメージ 2

特に派手な色合いもしてませんでしたし、鎮守といった雰囲気でしょうか…
観光地っぽくない神社でしたね。
ただ、本殿はいくつもあるみたいで、少し変わってました。
住吉さんと同じ感じでしょうか。
住吉さんほど本殿は大きくないですが。


あと、境内にご神木と思われる木がありました。

イメージ 1

ただそんなに大きくなかったですけど。


全体として大きな神社のわりには、あまり観光地っぽくない神社でした。
でも、これって地元に根付いてるってことだから、
きっとすごいことなんですよね…





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