徒然草子

ずいぶん更新していない…更新の仕方忘れた(笑)

訪問記 関東

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関東地方の観光名所(主に神社仏閣・城跡・遺跡など)の訪問の記録です。
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鶴岡八幡宮

鶴岡八幡宮
 
(2009年9月)
 
鎌倉、といったらここははずせないでしょう!
ってことで行ってきました。
有名すぎるくらい有名ですからねぇ。
 
鳥居をくぐってから本殿までは結構距離がありました。
そしてここもすごい人!(笑)
イメージ 1
ひたすらこんな感じでした。
まぁ、牛歩戦術をとらなくていいだけましなんでしょうけどね。
 
舞殿(だったと思います)ではちょうど結婚式をやっておられました。
多分無関係の野次馬(私も含む)がいろいろ写真撮ってました(笑)
イメージ 2
まぁ、舞殿の建物を撮りたいっていうのも含まれてるとは思いますけどね。
 
楼門にかかっている額に書かれて「八幡宮」の文字。
イメージ 3
鳩なんですよね〜
八幡宮のお使い、でしたっけ?
 
拝殿前は…すっごい人で写真どころじゃなかったんですよね…
なのでここまでしか写真がないのが残念。
 
そういえば、実朝の首が飛んだのって、この楼門の前の石段だったのかな…?
歩いてるときはそんなこと思い出しもしなかったですけど。

建長寺

建長寺
 
(2009年9月)
 
鎌倉の古刹ですよね。
こちらも円覚寺に負けないくらい広大なお寺でした。
 
イメージ 1
入り口からわかるように、すごい人出でした。
石碑も立派なんですけど、さすがに人が多くて写真が撮りにくい!(笑)
 
方丈もかなり大きかったですね。
京都のものにくらべると、木材の色そのままって感じがしました。
京都はもうちょっと色が塗ってあるようなイメージなんですが…
イメージ 2
 
お堂の瓦には寺の名前と北条氏の家紋が!
イメージ 3
芸が細かいですよね〜、さすがです。
 
あと、境内の奥に半増坊ってのがあって…
それがすごい石段をのぼらないといけないんです…(泣)
 
ただその石段の横にはからす天狗の像がいっぱいあります。
イメージ 4
こんな感じ(笑)
それが結構癒されるんですよね〜
というか、これを見ながら上ると気がまぎれるっていうか。
でも、石段はかなりつらかったですけどね。
 

円覚寺

円覚寺
 
(2009年9月)
 
関東方面のたびの主目的、鎌倉です。
まずは北鎌倉駅前の円覚寺へ。
 
ここは駅からめっちゃ近いですが、すごいアップダウンというか…
境内が山にいきなりなる、って感じでした。
イメージ 1
でも、入り口からとってもお寺らしい雰囲気をかもし出してて、そこはいい感じでした。
 
中心のお堂もかなり大きかったですし。
さすがは鎌倉の名刹、って感じでしょうかねぇ。
イメージ 2
ただ、禅寺ってどこもおんなじような雰囲気になるんですよね…
京都のお寺と違いがほとんどない気がしないでもないんですが…
(特に写真だとわかりづらい)
 
境内はかなり広大で、いろんなお堂とかがありました。
ただ、年に数日しかあけてくれないところとかもあって、そこは見れなかったですが。
 
あと、扉に施してある彫刻がすごかったんですよね。
イメージ 3
そこはすごいなぁ、って思いました。
やっぱりお寺って文化の最先端だったんでしょうね…

江ノ島

江ノ島
 
(2009年9月)
 
シルバーウィークで関東方面に旅行に行ってきたときですね。
江ノ島をぐるっと1周してきました。
 
まず江ノ島へは藤沢(だったかな?)から江ノ電で。
江ノ電初めて乗りましたけど、やっぱりかわいい電車ですよね〜。
 
まずは江ノ島の入り口。
イメージ 1
左側にちらっと見えてるのが橋ですが…
これをわたっていくのは結構長かったかもしれないですね。
人が多かったからなかなか進まなかったせいかもしれないですが。
 
江ノ島の中ではもちろん神社とか寺(?)は行きましたけど。
オススメは岩屋と稚児ヶ淵でしょうかねぇ。
岩屋は洞窟の中がいい雰囲気です。
イメージ 2
ね?なかなかいい雰囲気でしょう。
夏場には涼しいし、かなりオススメですよ。
 
で、稚児ヶ淵。
こんなかわいいのがいます。
イメージ 3
亀石、だったと思います。
関西で亀石っていうと奈良の亀石を思い浮かべちゃいますけど。
あれよりかわいいし亀らしいと思いますよ(笑)
 
あとは波打ち際(?)まで歩いていけたりしました。
ちょっと足場が悪いので、ちゃんとした靴じゃないと危ないかもしれないですが。
浜辺じゃなくて岩場なので、ちょっと面白い感じでした。

湯島聖堂

湯島聖堂

湯島聖堂(ゆしませいどう)は、元禄時代、5代将軍徳川綱吉によって建てられた
本来は孔子廟である。
東京都文京区湯島一丁目、JR中央線の御茶ノ水駅聖橋口からでて、
聖橋を渡り右手の森の中にあり、「日本の学校教育発祥の地」の掲示がある。
湯島天満宮(湯島天神)と共に、年間(特に受験シーズン)を通して合格祈願のために、
参拝に来る受験生が訪れる。
特に、合格祈願の鉛筆を買っていく受験生の姿が多く見受けられる。

歴史
1690年(元禄3年)、林羅山が上野忍が岡(現在の上野恩賜公園)の私邸内に建てた
孔子廟「先聖殿」が移築され、将軍綱吉は先聖殿を「大成殿」と改称し、
またそれに付属する建物を含めて「聖堂」と呼ぶように改めた。
林家の学問所も当地に移転している。

寛政異学の禁により、1797年(寛政9年)林家の私塾が、林家の手を離れて
幕府の官立の昌平坂学問所となる。または「昌平黌」(しょうへいこう)ともいう。
昌平とは、孔子が生まれた村の名前で、そこからとって孔子の諸説、
儒学を教える学校の名前とし、それはその地の地名にもなった。
これ以降、聖堂とは、湯島聖堂の中でも大成殿のみをいうようになる。

ここには多くの人材が集まったが、維新政府に引き継がれた後、1871年(明治4年)に閉鎖される。
ところで、教育・研究機関としての昌平坂学問所は幕府天文方の流れを組む開成所、
種痘所の流れを組む医学所と併せて、後の東京大学へ連なる系譜上に載せることができる。
また、敷地としての学問所の跡地は、そのほとんどが現在
東京医科歯科大学湯島キャンパスとなっている。
明治以降、湯島聖堂の構内に文部省、国立博物館、師範学校、
女子師範学校などが一時同居していたことがある。
後にそれぞれ、国立博物館は上野に、師範学校は旧東京教育大学、現筑波大学に、
女子師範学校はお茶の水女子大学(現在は文京区大塚であるが、
当初は湯島一丁目の聖堂内にあったため、お茶の水という)へと姿を変えた。

大成院の建物は、当初朱塗りにして青緑に彩色されていたという。
たびたび火災で焼失しているが、1799年(寛政11年)に水戸の孔子廟にならい改築された
黒塗りの建物が明治以降も残っていた。
1922年(大正11年)には敷地が国の史跡に指定されたが、翌年の関東大震災で焼失し、
現在の大成殿は伊東忠太設計により鉄筋コンクリート造で再建されたものである。

現在、ここの構内に飾られている世界最大の孔子像は、1975年(昭和50年)に
中華民国台北ライオンズクラブから寄贈されたものである。
孔子像の他、孔子の高弟たち、四賢像(顔子-顔回、曾子、思子-子思、孟子)が安置されている。

                      (フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用)


(2008年6月)


神田明神のそばだったので、そのまま行きました。
しかし、入り口がどこにあるのかよくわからなかったです。
のぼりは見えてたんですが…


イメージ 3

とりあえず見つけた入り口から入ったんですが、道が崩れてました。
遺跡としての整備があまりできてない感じでしたね。
建物が何棟かあったんですが、説明文もちゃんとしてなかったですし。
真ん中には孔子の像もありましたけど、それも特に説明なしだったですし。

イメージ 2


事務局がある建物も、いまいちよくわからない感じになってました。
一応、売店があるとは書いてあったんですが、それもわかりにくいですし、
しかも売ってるものは、孔子の説明の本と、絵葉書くらいでしたから…


どうやら事務局に近い入り口が正門だったみたいなんですが、
そこに一応、説明板があったみたいでした。

イメージ 1

でも、それもなんていうか、親切じゃない内容しか書かれてなくて…


あまり遺跡や観光地として整備してないんだな、って感じです。
まぁ、あまりにもマニアックなところで、あまり人がこないのかもしれませんね。
それに、建物内部以外は無料で見せてくれるだけ、良心的ってことでしょうし。





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