極光おろし

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伝兵衛の記憶

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見返り

 私北伝兵衛、先日ふと気がついたことがあります。これまでの自分の人生を振り返り、仕事以外でも何となくストレスを感じていたりといったことが多々あったことを思い出し、その原因はなんだったのかななどと考えていた時でした。
 そのとき気がついたことというのは、自分はこれまで、人のために尽くすこと、世間の多くの人々の役に立つようなことをやるということを常に心がけてきましたが、その一方で、身近な人々に対しては、こちらが施しをしたあとで、常に相手方に今度は自分のためになにかお返しをしてくれることを期待していたということです。いわばギブ・アンド・テイクを人生のモットーのようにして生きてきたということです。
 
 もちろん私の方が先に施しをしてもらったら、私はその恩返しをすることをこれまで忘れたことはありません。しかしながら、先にこちらが相手のために施しをした場合、私は常にその見返りとしての施しを期待し、それが思ったように実現しないと、その相手のことを恨めしく思ったり、エゴイストだなどと決め付けてきたような気がします。
 
 こうしたことに気がついた今、これからはこちらが何か人のために行動するとき、決して見返りを意識することなく
その人のため、世間の多くの人々のためだけを考えて行動しようと思います。他人に施しをすること自体が自分の生きがいと感じられるようになればと思います。
  これは思っていたより多いですね。男女とも、もっと相手に対する理想のハードルを下げて、もっと気軽に声をかけ合って、もっと気楽に付き合ってみては?自分の理想に合うかどうか、見た目だけでの判断は禁物だと思います。
 

 私は一人旅をよくします。グループ旅行もそれなりに楽しいのはもちろんですが、他人の意見を気にせず自由に気ままに旅ができるのが魅力です。それに旅先でいろいろな人に出会えますので、全く寂しさは感じないですね。 

 http://news.ameba.jp/oshiete/2010/10/82779.html

 因みに、私のブログの書庫「旅日記」シリーズは、すべて旧ソ連、東欧一人旅の記録ですが、御興味のある方は、是非ご覧くださいませ。

 もう日付が変わりましたが,昨日3月19日は私にとっての20周年の「記念日」でした。

 どのような「記念日」かといいますと,私がそれまで勤めていたところを辞め,世界に開かれた,国際的に通用する人間になりたい,国際感覚を磨きたいと考え,それを実行するために日本を飛び出したのが,ちょうど20年前の昨日だったのです。

 つまり私の国際人としての第1歩を踏み出した日,いわば「国際人記念日」というわけです!

 20年前の3月19日,それまでの仕事でためたお金50万円ほどを持って,成田空港からパキスタン航空のカラチ行きの飛行機に乗り込んだ日のことを,今でもはっきりと覚えています。目指すはパキスタン,アテネを経由しての,中近東はイスラエルでした!この国に点在する共同体村「キブツ」に住み込んで3ヶ月間働くことになっていました。

 このときはグループでのイスラエル行きでしたが,3ヵ月後には現地解散で以後自由行動になっていました。3ヶ月は生活が何とか保障されますが,それ以降の人生のことは全く白紙の状態でした。

 「3ヶ月より先のことはどうしようか?英語がそれまでに思ったほど上達しなかったらどうしようか?」などと考えるとやはり不安になってきました。私が今までの人生で,たった1度だけ,自分のとった行動について後悔することがあったすれば,この旅立ちの日の成田空港へ向かう道中の時間でしょう。

 「本当に自分にこんなことをさせていいんだろうか?大丈夫なのか?行く先はイスラエルだぜ!やめといた方がよかったんじゃないか?」いろいろと考えました。でも,もうそのときもはや引き返すことはできませんでした。

 その後私は,イスラエルに計2年滞在し,その間いろいろと辛いことや嫌なこともあったものの,何十カ国もの人々と交流し,英語はなかなか流暢になり,ヘブライ語の基礎,そしてロシア語もいくらかマスターし,国際的な感覚も自分で考えていたレベルまでは身につけることができ,胸を張って帰国することができました
 !少々苦境に陥っても,挫けたりへこんだりしない度胸と根性が身についたことも大きな収穫でした!イスラエルという,日本とは全く逆の,常に戦争と隣り合わせになっている国で生活できたことで,人間とは?民族とは?国家とは?自分が自分であることとは?といった哲学的な問いかけを毎日行い,それらを通じて人生を見つめなおすこともできました!

 あれから20年,その間もやはり挫折は繰り返しましたが,次はロシア語圏の国々と縁ができ,現場でソ連邦の崩壊を目の当たりにするという貴重な体験ができました。更には,ロシアで日本語教師という仕事に就くことができました。しかし,自分の人生は成功と失敗の繰り返し,今この年になってもまだ試行錯誤の毎日ですが,会社人間にならずとも,あのイスラエルでの日々の経験が支えになって,日々の生活を充実させて生きています。

 思い切って日本社会の殻を破って飛び出した20年前。私はこれから先どのようなことがあっても,あの決断,あの時の自分の行動を後悔はしません!自分が今の自分の名前を公式に語って生きることができる人生は1度しかありません!これからも伝兵衛は,国際人らしく,天から自分に課せられた使命を果たすべく,頑張って生きていこうと思います!

マサダの砦

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 イスラエルは南東部,「死海」の近くに位置する世界遺産「マサダ」の遺跡です。

 ここはかつてのユダヤ王国の要塞で,紀元前120年ごろに,当時の「ヘロデ大王」が岩山の地形を利用して建設したものです。

 1世紀後半(紀元70年)に,ユダヤ王国がローマ軍によって征服された後,この要塞にユダヤ人たちが立てこもり,エルサレム陥落後も2年に亘りローマに抵抗を続けたそうですが,ついに73年にこの要塞も陥落します。その時,967人のユダヤ人がここで集団自決をしたということです。

 今日では,この場所はイスラエルの主要な観光スポットになっています。

 画像は上から順に,「岩山の頂上からヨルダン渓谷を望む」,「岩山の頂上にある城壁跡」,「頂上から見た死海」です。遠くに見える山は隣国ヨルダン領です。

 

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