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2009年8月29日、ウポル島の東半分を走破するサモア・ペリメータ・リレーが開催された。サモア在住米国退役軍人会が企画・運営したものである。総距離102.4キロメートルを各チーム6名のランナーで走ることとなるが、各ランナーが3〜6キロメートルを4回に分けてリレーしていった。
コースは、ウポル島の南海岸にあるシナレイ・リゾートを出発し、メイン・サウス・コースト・ロードを一路東方向に走り、さらに川を横断して、ラロマヌに至り、北上する。サムスから西方向に転じて、アフリロ・ダムを右側に見ながらリチャードソン・ロードを走り、レ・マファ峠まで登りつめ、レ・マファ・パス・ロードを北上する。その後、海岸線に出てから、さらに西方に向かい、メイン・イースト・コースト・ロードに沿って一路アピアを目指して邁進する。ゴール地点は、アピアの政府庁舎横の観光案内所である。
出場チームは、全部で11チームであった。内訳は、消防署、警察、オーストラリア高等弁務所、ニュージーランド高等弁務所、アメリカのピースコという平和部隊、ランニングクラブ、国境無き技術者達およびJICAチームであった。わがチームは、計6名であった。いずれの選手も日頃からトレーニングを積み重ねた強豪である。
今回の駅伝競走では、厳しい競技ルールが規定されており、バトンタッチの方法、伴走車に対する取り決め、走行時間の計測方法、区間走行速度など詳細な取り決めがなされていた。とくに、ランナーの誰かが走行不能となった場合、その残りの走行距離をその前後のいずれかの走者が走らなければならないこと、登録メンバー以外の人が走れば無効とされた。また、伴走車は2台と決められた。
チームの出発時間は、事前に提出した5キロメートルの個人記録を基に算出された。出発時間は、チームの走行予測時間に合わせて時差を付けることとなった。出発時間の一番早いチームは午前2時であり、わがチームは下から4番目で、午前4時スタートとなった。
最終ゴール地点の横断幕
この駅伝競走は、われわれ全員で応援することとなった。伴走車は4台とし、前半、後半に分かれて分担することとした。夜間反射板付きゼッケンは、警備員から拝借することとなり、無事間に合った。
当日は、事務所を午前3時に2台の車で選手6名全員が乗り込んで出発した。出発点のシナレイ・リゾートには、午前3時40分に到着した。途中の食事は、昨晩用意したおにぎり、巻きずし、バナナチップスなどを車中で食べることにした。
とくに、夜間に出没する野犬に対しては、事前に、村のマタイに配慮していただくよう依頼してはいたが、ランナーの前後を2台の車ではさみ、野犬が入り込まないように気を付けた。
ここで、エピソードを二つ紹介する。1つ目は、サラニ川を横断するとき、次のランナーを載せた前方先導車が、道を間違えて左折せずに真っ直ぐ行ってしまった。ランナーはちゃんと左折して行った。このとき後続車は、彼が突然左折したので、急にトイレでも行ったのかと思い、その地点で停車した。彼は戻って来ないばかりか、後続してくる他の車がどんどん左折して行った。そこで、初めて左折するのが正式なルートであると気がつき、彼を追うとともに、前方先導車に電話連絡した。その先導車は直ちにその地点まで引き返し、後方の車、ランナーを追い越して、間一髪で、中継点で次ぎのランナーを降ろして一安心という話。
2つ目は、やはり同じ中継所のことである。先導車が先行して待機していたが、ランナーはその区間4人抜きで飛ばしてきたので、予定時間より早く着いた。突然ランナーが現れたので、車内にいた次のランナーが大慌てでスタートしたという話である。
参加することに意義があり、完走することを目指したわがチームは、ボランティアチーム2位に入賞した。タイムも10時間24分と予想時間より2時間も早かった。夕刻には、16名がドミに集まり、打ち上げ会を行って、選手達を慰労した。
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