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キャノピー・ウオーク

 
ファレアルポ半島北部は、1,200ヘクタールにわたる広大な低地熱帯雨林の保護地帯として、1989年認定された。これは、アメリカの民族植物学者で、海洋環境保護組織の創立者であったポール・アラン・コックス博士の貢献による所が大きい。コックス博士は、当時、ファレアルポ村の土着の治療師と共に働いていた。
 
ある時、この地域の首長が、小学校を建設する費用を捻出するために、いやいやながら日本の木材会社と契約しているのを発見した。村人全員が熱帯雨林の消滅することを悲しんでいることを知り、コックス博士は私財を投げ打って小学校の建設を行うことを決心した。このことを知った村の首長は、9キロメートル先のブルドーザによる森林伐採現場に駆けつけ、中止させたそうである。
 
この地域は、1900年代初頭の2個のサイクロンによって、60パーセントの樹木が破壊され、鳥類の数も激減したが、今日では回復に向かっているようである。
 
北側の舗装されたファレアルポ・ロードの中央部に、この熱帯雨林の樹海を一望に見渡せることのできる高さ約30メートルのバニアン(アオア)と言う樹木に架けられた吊橋展望台があった。この展望台にたどり着くためには、100段ほどの階段を上っていく必要があった。
 
階段は巨大なバニアンの樹木にらせん状に張り付けてあった。となりのバニアンの樹木との間には、歩行者用の吊り橋が架けられていた。長さは24メートルで、高さは9メートルであった。カナダ政府の寄贈によるものだそうである。
 
バ二アン樹林間に架け渡された吊橋
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我々は、まず、小学校の横にある管理事務所で1人10タラを支払って、吊り橋の「キャノピー・ウオーク」をエンジョイすることとした。階段を30段ほど登り、1人ずつ吊り橋を渡っていった。足もとが震えるほどではなかったが、華奢なワイヤで連結してあるだけのもので、多数の体重の大きなサモア人と一緒に渡ることは大変危険であった。
 
それでも、熱帯雨林の樹海を宇宙遊泳しているようで、とても楽しい気分であった。渡り終わってから、さらに階段を70段ほど登ると展望台に到達した。北西側にはファガレレ湾を遠望することができた。他の方角には、各種の熱帯雨林が、所狭しと繁茂していた。
 
ちなみに、バニアンの樹木はサモアの記念樹に指定されているもので、一つの木の枝に鳥が運んできた種が生長してできた、やどり木の気根が地面に向かって降りていき、地面に達すると根を生やして幹となり、複数の幹で構成される森のような樹木に成長する。
 
大きく成長したバニアンの親木は枯死して、中央部に大きな空洞ができている。たわみ性構造であるため、強風に対する抵抗力はかなり大きいと考えられる。
 
次に訪問したのは、近くの国道沿いにある「モソ・フットプリント」である。これは、1家族の屋敷内にあり、1人10タラを支払って見学することができた。幅1メートル、長さ三メートルほどの岩盤の表面に長さ2メートルほどの右足の足跡が残されていた。足跡の周りには、白い貝殻で装飾してあった。
 
伝説によれば、「モソ」と呼ばれる怪物がフィジーからサモアヘ渡るときに、右足の一歩をここに残したと言われている。フィジーを出発するときの左足の足跡は、ビチレブ島にあるらしい。科学的には、ラバが冷えて固まるときクラックが発生し、岩盤はいろいろな形に変形する。サイクロンによって、表面の岩石が吹き飛ばされて、この足跡が露出したのだと説明している。
 
 さらに、メイン・ノース・コーストを東方向に進むと、サタウタ村に入った。この辺りから東西方向に延長40キロメートルほどの大断層が走っているそうである。
 
巨人の右足の足跡
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