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溶岩流地帯

 
サモアが火山地帯にあるため、各所に「ラバ・フロー」と呼ばれる溶岩流地帯が存在する。今回のサバイィ一周旅行では、最も新しいアオポ火山帯に属するアオポとマウガの溶岩流地帯を中心に訪問することとした。
 
2010年4月4日、メイン・ノース・ロードのバイサラ村において、昼休みを取った。昼食は、近くのバイサラホテルのバイキング料理をいただいた。テラスからの眺めは壮観であり、美しい海岸で、透明な海水中にところどころサンゴ礁が点在していた。さすがホテルの料理だけあって大変美味であり、1人25タラ支払って、アオポの溶岩地帯を目指した。
 
アオポ村はサバイィ島の中央北部にあり、ラバ・フローのど真ん中に位置している。1760年、標高1,625メートルのアフィ山大噴火し、溶岩流がアオポ村の西側を通過し、北方向、北西方向および北東方向に流れ出し、16キロメートル離れた海岸地帯の多くの村々に大被害をもたらした。
 
また、1902年には、標高1,578メートルのムー山小爆発し、アオポ村の南部に流れ込んでいる。溶岩はきわめて新鮮な玄武岩であり、土や植物を含んでいない。この溶岩は、12,000年前から始まる第四紀完新世ホロセン中期から後期に噴火したプアプア火山地帯の上に堆積している。
 
海岸部からアオポ村付近の植生は貧弱であるが、標高が高くなるに従って降水量が多くなり、植生は豊かになっている。サバイィ島で最も高い山は、標高1,858メートルのシリシリ山であり、同時にサモア諸島の中でも最高峰である。シリシリ山を中心に東西方向に連峰が重なり、ツアシビ山脈と呼ばれている。
 
溶岩流に取り囲まれた教会建築
イメージ 1
 
サバイィ島の地図をよく眺めてみると、島の東半分には沢山の大きな川が流れているが、西半分には殆ど川が存在していない。これは何故であろうか。
 
1つ目の原因は、通常の雨雲は東から流れ込んで西に向かっているが、東側では高い山の斜面に衝突して降水量は増大し、西側では山の尾根を超えると降水量が減少するためである。
 
2つ目の原因は、島の西側を被っているムリファナウ火山帯は、1万年前から180万年前の第四紀更新世プライストーンに属しており、他の火山帯と比較して、特に透水性が顕著であり、雨水は地表面を流下することなく、ただちに岩盤に吸い込まれていくためである。この現象はウポル島でも同様である。
 
日も暮れてきたので、今夜はマナセで宿を取ることにした。途中、内陸部の村レツイにあるペアペア洞窟に立ち寄った。ラバ・チューブと呼ばれる空洞は国道の真下の浅いところにあり、多少の危険を感じながら探検した。
 
入り口からさほど遠くはないが、真っ暗のなかで懐中電灯を付けて、ようやくつばめのを一つ見つけた。マナセの海岸は、海水の透明度は若干落ちるが、白砂の汀があり、近くにサンゴ礁があり、色々な魚が泳いでいた。サモアンファレは広く、椅子、テーブルを置いたテラスもあった。一晩ぐっすりと寝て、早朝宿を発ち、次のマウガ溶岩地帯を訪問した。
 
第四紀完新世後期である1905年から1911年の6年間、標高690メートルのマタバヌ山が大爆発し、溶岩流が北東方向に流れ出し、海岸部のマウガ村、サレアウラ村など5つの村々が大きな被害を被った。
 
サレアウラ村では、写真に見るように、厚さ2メートルの溶岩に半分埋没したLMS教会が当時の溶岩流のすさまじさを物語っていた。溶岩の流れた黒い痕跡がそのまま残されていた。溶岩流が少女の墓の周りをとりまいたが、その前で留まって墓を守ったという。
 
この少女はマタイの娘で、肺結核で亡くなったが、きわめて純情な心の持ち主であったそうである。立木も勢いよく溶岩をはねのけて大きく成長しているのも見られた。
 
溶岩流で押し流されたサレアウラ村
イメージ 2
 

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