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マンゴーの実が熟れるころになった。9月末から家の庭にある、大木のマンゴーが青い実を大きく太らせてきた。朝起きると夜のうちに5、6個地面に落ちている。昼間家にいるとバシッと音立てて落ちるのが聞こえる。食べるのに間に合わず、友達におすそわけしたり、ジャムにしたり何度作ったことだろう。そのうち近所の子ども達も取りに来るようになった。3、4歳から10歳くらいのちびっ子集団だ。
彼らは拾うとすぐにかぶりつく。枝に成っているものは石を投げて打ち落とす。その命中力はすばらしい。しかし石は危ないのでやめさせようとするが、なかなか言うことをきかない。「彼らの楽しみなのだからさせてやれ」と思って黙っている。そのうち、木に登って獲りだした。5、6歳の子が身軽で器用に登る。濃い緑の葉に隠れて地上10メートルほどの所から、実を投げ落とす。他の子ども達が拾い集め、後で広場で分け合って食べている。広場にも大きなマンゴーの木が2本あるので子ども達の楽しみはつきない。
こんな遊びを日本の子もしていたのであろうか。買ってもらうおやつが十分あるわけはないので、マンゴーは子ども達にとって何よりの空腹を満たし、かつスリルあふれる遊びなのだ。遊び道具は木の棒、タイヤ、木に渡したロープのぶらんこ。
たった一つのラグビーボールは夕方兄さんたちが遊んでくれるので、大切な宝物だ。時々大声で家から母親が呼ぶと、すぐに使い走りに行かされる。椰子の実を2つとか食パンを大切そうに運んで帰る。そしてまたすぐに広場にもどる。親は怖いが、日本人の私達はなまぬるい大人たちなのだろう。あぶないと言われてもやめるわけにはいかない。
アフリカンチューリップ(千々岩壬氏提供)
日頃放っておかれる子どもたちだが、年に一度だけ王様になれる日がある。10月の第2日曜日「ホワイトサンデイ」というキリスト教のお祭りの日だ。その日私達は以前クリスマスに尋ねた、サバイィの家を訪問していた。一泊した日曜の朝、子ども達はきれいに磨かれて、髪をとかされ真っ白い衣装で教会へ向った。男の子はワイシャツと白いラバラバ、女の子はレースのついた白いプレタシに首飾り、髪飾り白ずくめである。大人たちもその後から白い衣装で教会へ向う。八十三歳のおばあさんも白い鍔の帽子を被り、久しぶりに外へ出た。
教会では子ども達は祭壇の前に礼拝客に向って坐っている。3歳くらいから、高校生までの子ども達だ。牧師のお祈りと説教のあと、いよいよ子ども達の出番だ。グループごとに子ども達のパーフォマンスが始まった。聖書の物語を劇にしたものや、お祈りの言葉や詩の朗読をひとりでする子もいた。サモア語でよくわからないが、劇の内容からモーゼの出エジプトのはなしとかユダヤとカナンの人々の戦いかなどと想像するだけだ。母親が満足そうにうなずいたり、一緒に唱えたりしている。大きい子ども達の劇や踊りも力強く、まじめに劇中人物になりきっているのが好もしい。
家に戻るといよいよごちそうが始まる。サモアでは日曜日はいつも昼に「トウナイ」と呼ばれるご馳走を食べる。今日はその特別版で、朝早く家族中で、鶏、豚、鳩肉などの用意、タロ芋、タム芋、青バナナなどの下ごしらえや、椰子がらの火で石焼き用の床を作っていた。教会に行っている間にそれらがうまく蒸し上がったらしい。
今日は一年に一度だけ子ども達から食べてもよい日なのだそうだ。いつもは客や大人が食べた残りを子ども達が食べるのだ。だから客はそれを考えて残しておかなければならない。大食のサモア人の食事だから、私達はその3分の1も、いつも食べられないのだが。
やはりみんなで一緒に食べるのは楽しい。ファレの柱を背にめいめいに配られたご馳走をおしゃべりしながら、海風に吹かれて食べた。子ども達は普段着に着替えて、思いっきり兄弟や親に甘えて、お腹いっぱい食べた。食後はクッキーやキャンデーのお楽しみもあった。お給仕をしてくれたのは20歳前後の若いお兄さんたちだった。やはり誰かは働かねばならない。
幸せは相対的なものだ。日頃少し欠乏気味に暮らしていた方が、与えられたときの喜びは大きくなる。ファミリーレストランでひっくり返って食べている子や山のように残された食べ物がゴミ箱に捨てられる日本の風景を思い出してちょっとさみしくなった。
アオア(千々岩壬氏提供)
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