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金魚池

 
ラノト国立公園は、ウポル島の中央部にあり、サファタとツアマサガ地区の背後に位置している。1975年、サモア政府によって国立公園として認定された。国立公園と指定することによって観光客を誘致し、国の重要な歳入源にする計画であった。
 
この公園は、高原地帯の森林に囲まれており、総面積1,161エーカである。その中に、面積27エーカの広大なラノト湖があり、近くには二つの小さな火口湖であるラノアネア湖ラノアタアタ湖がある。
 
当時、観光客は余り来なかったがサモアの人々はたびたび訪れていた。この地域は、3種類の植物帯、すなわち湿性植物であるいぐさとあし、高地湿性森林、および第1段階の高原地森林に分類されている。
 
また、数多くの鳥類が生息しており、さらに、ラノト湖には、金魚および他の魚類が生息している。金魚は、1990ドイツ人によって放流されたものである。この金魚の捕獲はサモア政府によって禁止されている。
 
それ以来、ラノト湖は「金魚池」と呼ばれるようになった。また、ラノト湖は、ウポル島の分水嶺の中央部に属しており、首都アピア市の重要な水源地であり、また、2004年にはラムサール条約湿地帯として認定されている。
我々は、C氏の案内でラノト湖を訪問することとなった。最初は山道をハイキングするということであったが、一応、長ズボンとキャラバンシューズは履いて行った。クロス・アイランド・ロードを南方に向かってバハイ寺院を通過し、クロス・アイランド・ロードの峠から西方向に2.3キロメートルの4WD専用道路を走行した。
 
金魚池の全景
イメージ 1
 
その後は、C氏の車でも走行に耐えない悪路となったので、車を駐車させ、我々は歩くために手っ甲脚絆を整えて山道に入って行った。片道3〜5キロメートル、往復3〜4時間のトレッキングで広大な金魚池に到着する予定であった。
 
C氏は以前にも行ったことがあり、3つのルートのうち最も安全な歩きやすいルートを携帯GPSで探りながら、我々を先導していってくれた。まさに道なき道を進むブッシュウォークで、道は険しく、滑りやすく、また、枝別れしている道が多く、大変難儀した。
 
途中、蚊の大群に襲われたので、虫除けのスプレーで身体を保護した。昼前にようやく金魚池という火口湖が見えてきた。さらに、クレータを50メートルほど下り、湖岸にたどり着いた。湖岸を周遊する道もなく、全く手の着けられていない未開発の美しい湖であった。
 
ほんとに金魚が泳いでいるのか半信半疑であったが、よく水面下を覗いてみると、大きな金魚がうようよ泳いでいた。昔、サモアに住んでいたドイツ人が、この湖に金魚を放流して以来、こんなにも繁殖していたとは、大変な驚きであった。湖水の色は、どきっとするようなグリーンピース色をしており、遊泳は可能であるが、温水と冷水が交互に流れているので少し気味の悪い所である。
 
我々は、湖畔で昼食を取ることにした。C氏持参のコッフエルでラーメンを作り、我々が持参したおにぎりとフルーツを分け合って楽しい一時を過ごした。食後はスケッチをしたり、写真を撮ったり、珍しい植物を観察した。このように美しい神秘的な湖は、将来に渡って開発されることなく、一部のブッシュウォーカにだけ姿を見せる神聖な湖として永久に保存してもらいたい。
 
今後とも、1975年12月に発足したラムサール条約を遵守し、水鳥の生息地としてだけでなく、湖水に生息する金魚や湖畔に生育する動植物の保全を促進するとともに、金魚池の生態系を維持しつつ、そこから得られる恵みを持続的に利用するための賢明な施策が取られることを期待する。
 
スケッチしているラノト湖
イメージ 2

マノノ島

 
のどかな島、マノノ島には、1台の車もなく1匹の犬もいない。南太平洋の熱帯の島々を愛する旅人にとって、この島は、一歩足を踏み入れたくなるような心地よい落ち着いた島である。
 
マノノ島は、ウポル島とサバイィ島を結ぶアポリマ海峡にあり、サンゴ礁に囲まれている。ウポル島の最西端にあるレファレ岬から西北西に3.4キロメートルの位置にある。面積は3平方キロメートルあり、サモアでは第3番目に大きな島である。4つの村で構成されており、人口は1,400人である。電気は海底ケーブルで、ウポル島から24時間継続して送電されている。
 
我々は、2009年8月9日、日曜日の「父の日」に、アピアから小型のタロファクルーズに乗って、マノノ島を訪問する機会を得た。アピアからの日帰りクルーズであり、料金は1人100タラであった。
 
航行時間は片道小1時間であったが、外洋を航行するため小型船舶は大きく動揺していた。サンゴ礁で囲まれた海域は航行できないため、我々は写真に示すような小型漁船に乗り換えて10数分航行して港に着いた。海の水は透明で、きれいな波影が海底に映し出されており、大変幻想的な静かなひとときであった。
 
  港は小さな波止場にあり、我々はまず昼食に有り付いた。タロイモと野菜、ソーセージからなるランチボックスが配布され、簡単な食事をした。しばらく休憩した後、ガイドに連れられて島を歩いて一周することとなった。一周するのに2時間程度要するが、ゆっくり歩いて村々のファレを見て歩いた。
 
小型漁船
イメージ 1
 
  途中庭を横断したり、細い道をバナナやブレッドフルーツなどが栽培されている農園のエッジ部分の道なき道をブッシュウォークしたり、海岸の浜を歩いたりと楽しいトレッキングを楽しんだ。子供達がコインを投げて遊んでいる。ファレの中では、おばさんが、男性がまとっているスカートのような衣服ラバラバを織っていた。
 
  また、野菜などを運搬するのに使用される篭を編んでいる女性もいた。とにかく車も犬も閉め出した、のんびりとした牧歌的な生活空間である。これこそサモアの首長ツィアビが望んでいる理想郷であった。
 
   島の南西にあるレプイアイ村には、「九十九石の墓」と呼ばれる二段構造からなる黒い岩石でできた墓があった。話によると、19世紀建てられたもので、昔99人の妻を持っていた首長が、100番目の妻と一緒にウポルから逃げようとしたとき、殺された。
 
  彼の墓は、100個の石で建てられたが、未完成のままである。海岸に面する壁に大きな凹みがあるが、最後の石がはめ込まれる予定の場所とされている。 島の南部にあるファレウ村には、ピータ・ターナの白い記念碑が建てられている。これは、1835年メソジスト宣教師がマノノ島に初めて上陸したのを祈念したものである。
 
 
   標高110メートルのツリマヌイバ山には、11の放射線からなるスターマウンドがある。放射線の長さは6〜30メートル、高さは3メートルで、土砂または岩石で造られていた。ここでは大昔、鳩狩りが行われていたところである。
 
  当時鳩狩りはマタイの首長達の間で大切にされたスポーツであった。さらに、常に祈祷師を伴って、結婚式などの儀式などを行う宗教的な施設であるという説もある。その側には、島の全貌を見渡せるように、立ったまま埋葬されたというアフチチの墓が建っていた。 島の北部にあるサルア村には、美しくて肝を潰すような日没を鑑賞することのできるファレがあり、有名である。
 
   島を一周して、途中ツリマヌイバ山に登って引き返すあたりから小雨が降り出し、どのどん雨足がつよくなり、港に着く頃にはすっかり、びしょぬれになっていた。タロファクルーズ号までは、小型漁船に乗っていった。すぐに出発するかと思ったが、船長以下6名の船員がダイナミックなサモアンダンスを披露してくれた。楽しい思い出を残して、我々は、一路アピアへ向かって航海し、帰路についた。
 
 
九十九石の墓
イメージ 2

南海の珍味

 
サモアでは、年2回しか採れないという海の生物パロロについて述べる。パロロは、海にいるイトミミズか、ゴカイのような虫であり、長いものから短いものまで緑色と茶色の数種類に分類されている。
 
パロロは、生物学的にはミミズやゴカイの仲間で環形動物門多毛網イソメ科に分類されている。成虫は長さ30センチメートルのものまであり、雄は緑色、雌は茶色である。いぼ足や剛毛が、遊泳しやすいように幅広い形に変形している。日本語名は、バチ、エバ、ウキコなどと呼ばれている。
 
パロロはサンゴ礁の細い孔に生息しており、1年に2回、10月と11月の満月の1週間後から2・3日生殖活動のため海中を遊泳して来るが海水温度などに影響されるため、その発生日時を特定することは困難である。海面に浮上すると、精子と卵子を放出して生殖が行われる。
 
本来、パロロを採取するときは、海の豊漁を祈願する儀式的な要素があり、盛装していったようである。捕ったパロロは、贈答用として、親戚や友人に配るといった習性が残っている。昔、実際にパロロを食することができたのは、マタイだけであったようである。
 
パロロの拡大写真
イメージ 1
 
ウポル島では、南海岸のパラダイス・ビーチまたはサラムム・ビーチで採取できたようである。しかし、近年、乱獲によって、あるいは環境汚染によってパロロの漁獲高が減少する傾向である。日の出前の午前4時半頃から採取可能となり、懐中電灯、蚊帳用の網とバケツをもって、海面に浮いてくるパロロを網で掬い上げるのである。
 
2009年11月15日の日曜日、魚市場に行くとパロロが販売されていた。黒っぽい入れ物に入っていたので、最初は何であるか検討も付かなかった。一緒にいたC氏の説明によると、サバイィ島で捕獲したパロロを冷凍していたものであった。
 
実は、透明なプラスチック容器に入れていたが、パロロそのものの色が、黒色がかっていたのである。280グラムで30タラ(約1,050円)であった。早速一瓶購入することとし、その調理方法をC氏に教えてもらった。
 
南海の珍味といわれる黒っぽいパロロを直接食べた感触は、味がなく、モズクの塩味だけといったトロリとした食感であった。サモア人はバナナの葉っぱに巻いて、焼いて食べるそうである。
 
我々は、まず、6個を買ってきて、フライパンで卵を焼き、スクランブルを作った。その中に、買ってきたパロロを全部入れて、スクランブルと混ぜて、さらに5分間、フライパンの上で焼き上げた。丼鉢一杯のパロロ料理ができあがった。
 
また、ジャガイモを蒸して潰し、牛乳とバターを入れて、マッシュポテトを作成した。このパロロ料理とマッシュポテトとを組み合わせて食べると、生臭い味が完全に消えて、好ましい磯の香りがして大変美味しかった。
 
パロロの名前を冠した地名にパロロ・ディープがある。1974年に指定されたパロロ・ディープ海域特別保護地は、ウポル島の北海域にあり、アピアの北東約1.6キロメートルに位置している。
 
南北に広がった円鐶状のサンゴ礁は東西500メートルにまで伸びている。パロロ・ディープと呼ばれる瓢箪状の海溝は、直径200メートル、深さ10メートルである。その面積は135ヘクタールであり、150種類の海草に覆われている。
 
海岸部には砂浜があり、サンゴ礁まで遠浅が続いている。ここには、多くの海水浴客が訪れており、スノーケリングを楽しんでいる。ごく近くの岩場には小さな熱帯魚が沢山おり、子供達の絶好の遊び場になっている。海底には、ところどころ玄武岩でできた小さな岩石が転がっている。
 
沖に向かっては、砂やサンゴの破片が堆積した斜面が続いている。パロロ・ディープの海底は、サンゴ礁で覆われており、豊富な熱帯魚の宝庫である。この海溝の周辺には珍しい魚が生息しており、ダイビングやスノーケリングを楽しむ人々が多くやってくる。昔は、パロロが多く生息していたと予測される。
 
エッグスクランブル上のパロロ
イメージ 2
 

聖母マリアの降臨

 
2009年9月16日、サモアのアピア市内のビルに聖母マリア様が降臨された。カトリック教会では、イエス・キリストの母マリアは、聖母マリアと呼ばれている。アピア市内のタマリギにあるジョン・ウイリアム・ビルの5階の庇の北面に一体、南面に一体の聖母マリア様に似た模様が浮かび上がり、像を一目見ようと早朝から敬虔なキリスト教信者が多数駆けつけていた。
 
各自真剣に祈りを捧げたり、涙を流したりしていた。その日は、一日中大勢の信者や見物客で一杯になり、海岸通りは交通渋滞を引き起こし、ごった返ししていた。ジョン・ウイリアム・ビルに勤める職員は、樋の漏水のために、庇に沈殿物がたまったのであろうとも言っていたが、キリストを抱いたマリア様にも似ているし、ペットボトルの形にも似ていた。
 
カトリック教会では、正教会にもプロテスタント教会にも無い独自の教理として、聖母マリアの無原罪の受胎や身体を伴った被昇天が信じられているようである。無原罪の受胎とは、聖母マリアは受胎した瞬間から原罪を逃れていたという考えである。
 
昔、アダムとイブがエデンの園で最初に犯した罪を原罪というが、この罪が人間の本性を変えてしまったために、人間は神の助けなしには克服しえない罪を持っている。従って、聖母マリアは、罪を総括した死およびその前兆である老いや病を免れたことになる。
 
そのために、聖母マリアは、有名なミケランジェロの絵画にあるように、常に若い慈愛のこもった美しい女性として描かれている。身体を伴った被昇天とは、聖母マリアは生涯の終わりに死ぬのではなく、身体とともに天に上げられたという意味である。そのため、聖母マリアは身体とともに未来永劫に生き続けることとなり、聖母マリア降臨を裏付けている。
 
カトリック教会が公認している聖母マリアの降臨は11件有り、アイルランド、イタリア、イスラエル、フランス、ベルギー、ポルトガルおよびメキシコなどで出現したとされている。その内容は、病者への励ましと慰め、永遠の平和と幸福への約束、飢餓の警告、核戦争による人類滅亡に対する警告などである。
 
キリスト教国家であるサモアの人々の反応は様々である。聖母マリアの警告や聖母への誓いがないがしろにされたときに出現するとして、懺悔する教徒や何か良からぬことが発生する兆候ではなかろうかと心配する人達もいた。
 
我々は、夕刻の18時から後輩学生たち6名がサモアへ来たことを祝って、拙宅でバーベキュウ大会を開催する予定であった。しかし、1時間経っても現れないので大変心配していた。
 
彼らは、実は、聖母マリアの降臨のため交通渋滞していたことと、降臨像の写真撮影に時間を取られていたようであった。ようやく7時半になって彼らがやってきたので、歓迎会を開催することができた。彼らは、宴もたけなわになり、サモアに将来何が起こるかについては、皆目検討も付かないような顔をしていた。
 
 
イメージ 1
 
聖母マリア様がご降臨になってから、2週間後の9月29日午前6時50分に、サモアの南方の海底に、マグニチュード6.5の大変大きな地震が発生し、ウポル島南海岸は大津波による大災害が発生した。
 
南海岸には多くの有名な海水浴場があり、1年を通して日曜日には多くの観光客が海水浴場に遊びに来ていた。キリスト教の教えでは、日曜日は安息日として、働いてはならないとされている。それにも拘わらず、日曜日に営業活動をすることは、聖母マリアへの誓いを破った行為と見なされたのであろうか。そのように解釈するキリスト教徒が多いのもサモアの国情である。
 
地球温暖化現象または炭酸ガス増加によって、自然災害が多発するようになった今日、またしてもどこかの国に聖母マリアが降臨して、人為的な温暖化防止のための警告を発することになるかも知れない。

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