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アポリマ島

 
長年待ち望んでいたサモアの桃源郷アポリマ島を訪問することができた。アポリマ島は、ウポル島とサバイィ島の間の海峡に挟まれたマノノ島と並んで、サバイィ島よりに位置している。
 
アポリマ島は、今から1万年前から180万年前に生成した第四紀更新世プライストーンの中期または後期のビニ・タフと呼ばれる擬灰岩からなる堆積岩で囲まれた島である。ビニ・タフは、噴火口から傾斜30度以上で放射方向に傾斜して堆積している。平均標高60メートル、最大標高143メートルの環状山脈のクレータがあり、グーグルアースで見ると、丁度饅頭を足で踏みつぶしたような丸い形状をしている。北西方向にリングの裂け目となる窪地があり、外洋と接している。
 
この窪地に位置するアポリマ・タイ村には、ヌウテレ砂岩と呼ばれるサンゴ砂が高さ4.5メートルに渡って堆積している。これは1万年前から現在に至る第四紀完新世ホロセンに属している。この地質構造は、ウポル島東部のナムア島、ヌウテレ島、ヌウルア島と同じである。
 
アポリマ島の遠景
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我々は、アピアを午前10時に出発し、1時間後にアポリマ・ウタに到着した。アポリマ・ウタは人口450人ほどである。漁船に乗ってアポリマ島にあるアポリマ・タイ村まで行くべく漁船の出港を待っていた。
 
ここには、定期船がないので、知り合いのホームステイ先のサモア人の紹介で漁船に乗せてもらうことになった。今回は、雨男が居ないはずだったのに、激しいスコールに遭って1時間以上遅れて出発することになった。最初の25分はコーラルリーフで囲まれたマノノ島へ向かって航行するので波浪静穏で快適であったが、後半の25分は外洋の波浪にもてはやされ多少揺れながらの航行であった。
 
絶海の孤島であるアポリマ島はコーラルリーフで囲まれていないので、外洋の波浪は激しく、切り立った崖で囲まれたアポリマ・タイ村へ上陸するのは大変困難であった。漁港には、自然の岩礁からなる防波堤があり、およそ5メートルの間隙をすり抜けていかなければならない。
 
よほど慣れた操縦者でないかぎり、岩礁に船を座礁させてしまうであろう危険なゲートであった。満潮時では、岩礁が見えないので、干潮時を狙って、波にうまく乗って梶を切っていた。
 
上陸とともに、素晴らしい桃源郷が眼前に現れた。漁港から広いグリーン地帯を歩いてすぐにファレに到着した。25家族、100人ほどの村人達が自然に逆らわない美しい生活環境を維持していた。バナナやタロイモ、タムイモのプランテーションと養豚場があるだけで、にわとりは放し飼いであった。
 
わずかに家庭の電灯と山上の灯台を点すだけのソーラー発電所、出力13.5キロワットがサモア政府、国連、デンマークの援助で設置されていた。テレビ、冷蔵庫などあらゆる機械化文明を拒否した生活には、キリスト教の規律ある朝晩のお祈りと自然に対する敬虔な感謝の気持ちで満たされていた。
 
村人達の心はきわめて純真であり、大人と子供の関係はお手本とすべき素晴らしい物であった。食料は毎朝海から取ってきた魚と家畜、バナナ、タロイモなどで十分まかなえることができる。現金収入としては、魚をアピアやサロロガのフイッシュマーケットで販売する程度である。子供達は、週日4日間はアポリマ・ウタの学校ヘ行き、週末の3日間は帰郷するのである。
 
 アポリマ島の周囲は3.5キロメートルであり、村の面積は1平方キロメートルほどの非常に小さい村であるが、青々とした宝石のような地上最後の楽園である。サモア語の「アポリマ」は、まさしく手の平の上に浮かび上がった桃源郷を意味している。
 
桃源郷の港湾
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サモアの果物

 
サモアの果物としては、ヤシの実、マンゴー、ササラッパカカオの実、ジャックフルーツ、ロリーナ、サプタ、スターフルーツ、ライチ(ランプータン)、バナナ、パパイア、レンブ、パッションフルーツ、アビュー、アボカド、ビィー、スターアップルドリアン、マンゴスチンなどを挙げることができる。
 
椰子は、サモアのどこへ行っても見られる木であり、のどが渇けばヤシの実をとって飲むことができる。サモアの子供達に頼めば、器用にヤシの天辺までよじ登って、熟れたヤシの実を落としてくれる。写真に示すように、手頃な1メートルほどの鉄棒や木の枝を探してきて、地面に突き立てている。そこにヤシの実を突き刺して手際よくヤシのぶあつい茶色の繊維質の皮を剥いていく。中からでてきた白色の胚の部分を取り出してくれる。
 
胚の殻は硬いがブッシュナイフで穴をあけて、中のジュースを飲むことができる。飲み終わって、中からまわりに付いている白いゼリーのようなココナツミルクを食べるとなかなか美味である。茶色くなった胚の部分にはジュースはなくなっており、まわりの白いゼリー状のものは硬くなっている。これを食後のフルーツとして食卓に出されることもある。
 
多くの場合、サモア料理用のココナツミルクは、この硬くなったココナツミルクを削って、それを絞って作っている。ある種のヤシの胚には、オオと呼ばれる白い球根が生長し、胚芽の元となっている。ヤシの実の殻の繊維部分を取り出して、を編んだりを作ったりしている。また、これを焼いてを作ることもできる。このように、ヤシの実は完全に使いこなすことができ、捨てるところがない。
 
椰子の実の皮剥ぎ
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マンゴーは6月と12月の2期作である。マンゴーのある家では、毎日10個前後のマンゴーが落下して、庭中が一杯になっている。これは、南国の果物として、日本では高価な果物である。サモアでは1個1〜2タラ(40〜80円)で売られている。大変美味しい果物で、マンゴジャムでも作って保存しないと、大変な勢いで腐っていく。
 
マンゴー
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我が家にも巨大なマンゴーの木があるが、ニワトリが先についばんでおり、放棄せざるを得ない。夜明けとともに起き出してニワトリと勝負しないとよいマンゴーをゲットすることはできない。今のところ、勝率は60パーセントである。
 
カカオの実は、奇妙な格好で木になっている。カカオの木は比較的大きな木であるが、実の付き方が変わっている。通常実は枝に付いているが、幹に直にくっついている。フットボール型の小さい実であったが、赤い実になってくる。
 
カカオの実
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カカオの実を天日で乾燥させて、フライパンで炒ると芳しい匂いが漂ってくる。これをすり鉢でこまかく砕くと、とろっとしてくる。これを沸騰した湯の中に入れて、砂糖を入れるとココサモアができあがる。
 
サプタは、茶色をした芋のような形をしているが、切ってみると熟れた柿のような色と味がして、大変なつかしい美味しい果物である。
レンブは赤い小さい実であるが、スカッとしたさわやかな味がする。遠くから見ると、高さ2メートルほどの木に花が咲いたようにたわわに実っている。
 
サプタ
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スターフルーツは、切った断面が星型をした野菜のような果物であるが、大きな木の枝にぶら下がっている。
 
スターフルーツ
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その他、アボカドなども野菜バターと言われるほど美味しい果物で、食後のデザートとして極めて豊富に存在する。
 
アボカド
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ドリアンは、いぼいぼの突起があるが、中を割って食べると甘みがあり大変美味しい果物である。中の種子は焼くか茹でるかすれば、栗のような味がして大変栄養豊富である。
 
ドリアン
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ササラッパは薄緑色の直径10センチメートルほどのごつごつした形をしている。果皮は比較的なめらかで、ところどころに毛が生えている。切ってみると、写真に見るように、とろっとした白い実の中にいくつかの種がある。冷やして食べると、とっても甘酸っぱい美味しい果物である。 
 
ササラッパ
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サモア人の主食

 
サモア人の主食は、タロイモ、バナナ、ブレッドフルーツなどである。
タロイモはサトイモ科の植物で、根茎などを食用にするために栽培されている。小さくて丸い芋である。タロイモをぶつ切りにしてタマネギとともにココナツミルクで煮て食べる。また、茹でたタロイモを短冊に切り、高温の油で揚げたタロイモチップは、表面がカリッと仕上がっていて、中はホクホク感があり、ポテトチップスより美味である。
 
日本の里芋と同じ種類であり、葉っぱも味もそっくりである。タロイモは熱帯地方の主食であり、今後の増産のための研究が勢力的に実施されている。また、写真に示すタムイモは、タロイモより白くて大きな芋である。直径20センチメートル、長さ1メートルであるが、ねばり気があって甘い。
 
さらに、ヤムイモはユリ科ヤマノイモ科の植物で塊根(芋)を食用としたものである。日本では、ジネンジョとか長芋と呼ばれているのと同じ種類である。乾燥した気候にも強い品種であり、一株から40〜50キログラムを採取することができる。従って、栽培が困難な場所での生産性が高い作物として、食料危機を救い、次世代の食料資源として期待されている。
 
 
ブレッドフルーツ(パンの実)
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ブレッドフルーツは、広いイチジクのような葉っぱをもつ大きなパンの木になる果実のことであり、写真に見るように、緑色のドッジボールのようなあばた状の突起のある実である。これこそ、南太平洋の島特有の植物である。皮をむいて、蒸したブレッドフルーツはサツマイモと同じ色と味である。主食となる有用な食べ物である。パンの木は生産性の高い木であるので、1本のパンの木があれば、1人の人間が1生食べて行けるそうである。
 
タロイモやブレッドフルーツはパルサミを付けて食べる。パルサミとは、若いタロイモの葉っぱを数枚重ねてその中にココナツミルクを包み込み、それをアルミホイールでくるみ、蒸し焼きにして作る。ココナツクリームは熱せられるとタンパク質がヨーグルト状に固まり、くさみもなく独特の甘さがある。タロイモの葉っぱもすっかり軟らかくなり溶けている。
 
バナナの木は、サモアの主要なプランテーションの植物である。青い中に収穫し、皮をむいて、茹でて食べている。丁度、サツマイモのような味がするので、主食となっている。もちろん、黄色くなって甘くなってから食べても良いが、熟れるといたみも早くなる。
 
このように、サモア人の主食は十分にあり、彼らの食べ物に対する余裕は実にうらやましい。彼らが悠長で居られるのはそのためであり、何もガツガツ働かなくても良い。自然の豊かな、食生活に困らないところは、まさに地上の楽園にふさわしい生活が送れるのである。
 
なお、飲料水は、ペットボトルやタンクに入れた清涼飲料水を購入している。サモア水道局から供給される水は河川水であり、十分に浄化されていない。煮沸した湯冷ましの水は料理に使用することができる。地方の村では、水道がないので、雨水をドラム缶や大きな水タンクに貯蔵して、飲み水、洗濯、トイレ、シャワーに使用している。
 
食事のマナーとして、訪問したサモア人の家で食事が出されたとき、食べ物は残さなければならない。食事はゲストである我々と大人達が食べ、その間は小さな子供は隅っこで待っていなければならない。ちょっと大きい子供は紅茶の入れたやかんを持ってきて控えており、空いた茶碗に紅茶をサービスしてくれる。
 
また、ゲストの前では、うちわで扇いでくれたりする。食事が終わるとゲストは大人達とともに隣室へ移動して談笑をする。下げた残り物は、家族や子供達が食べる。彼らはたべながら魚や鳥の骨、タロイモの皮などを外に放り投げ、それを豚やニワトリが待ち受けている。
 
  ヤムイモ
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サモアの言葉

 
サモアの言葉として使用されるアルファベットは、A,E,I,O,Uの五つの母音とF,G、L、M、N、P、S、T、Vの九つの子音、それに(,)という詰まり音からなっている。子音の数が少ないので言葉の数が少なく、文法も簡単であり、日本人にとっては、他の外国語と比べてなじみ易い。何故なら、ローマ字のように、子音と母音が交互にきて、音節はすべて母音で終わる。
 
ポリネシア語は、サモア語、トンガ語、ニウエ語などの中央ポリネシア語、ハワイ語、タヒチ語、イースター語などの外郭ポリネシア語、およびミクロネシア地域のヌクオロ語、メラネシア地域のソロモン語、バヌアツ語などの西部ポリネシア語に区分されている。サモア独立国のサバイィ島はSAVAI’Iと書くが、ハワイ語ではSがHとなり、またVがWとなり、HAWAIIと変化しているのは興味深い。
 
外来語で文字のない音の場合は、それに近い音を当てている。例えば、サバイィ島にポリネシア最大と言われるTia Seuという古代遺跡があるが、地元のサモア人はKia Seuと呼んでいる。また、ビーチファレのおばさんがTa’eleタエレ(泳いで)いらっしゃいと言っているつもりが、Ka’ele カエレ(帰れ)と聞こえてドキッとしたという話もある。なお、2つの母音で終わる言葉では、最後から2つめの母音を強く発音する。
 
ここでは、簡単なサモアでの挨拶言葉について二・三紹介する。
 
Talofa(タロファ):今日は
 
Malo(マロ):ハロー
 
O a mai oe(オアマイ・オエ):お元気ですか
 
Manuia fa’afetai(マヌイア・ファ・アフェタイ):はい、お陰様で元気です
 
Ae a oe(アエ・ア・オエ):あなたはどうですか
 
Manuia foi fa’afetai(マヌイア・フォイ・ファ・アフェタイ):私も元気にしています
 
Ioe(イオエ):はい
 
Leai(レアイ):いいえ
 
Alu(アル):行く
 
Sau(サウ):来る
 
Ai(アイ):食べる
 
Fia ai(フィア・アイ):食べたい
 
Inu(イヌ):飲む
 
Fia inu(フィア・イヌ):のどが渇いた
 
Moe(モエ):寝る
 
Fia moe(フィア・モエ):眠くなった
 
Fa’afetai(ファアフェタイ):ありがとう
 
Manuia le aso(マヌイア・レ・アソ):ごきげんよう、お元気で
 
Ua ta le fia(ウア・ターレ・フィア):今何時ですか
 
Ua ta le tasi(ウア・タレ・タシ):1時です
 
Ua ‘afa le lua(ウア・アファ・レ・ルア):2時半です
 
O le a lea(オレア・レア):これは何ですか
 
O le peni lea(オレ・ペニ・レア):これはペンです
 
E fia le tau o le esi(エフィア・レタウ・オレ・エシ):このパパイヤはいくらですか
 
E tolu tala(エ・トル・ターラ):3タラです
 
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O fea e te alu ai(オフェア・エテ・アル・アイ):あなたは何処へ行きますか
 
O te alu i le falemeli(オテ・アル・イレ・ファレメリ):私は郵便局ヘ行きます
 
Aisea e te alu ai i le falemeli(アイセア・エテ・アル・アイ・イレ・ファレメリ):何故あなたは郵便局に行くのですか
 
Aua, ou te fiameli le tusi i Iapani(アウア・オテ・フィアメリ・レ・ツシ・イ・イヤパニ):何故なら、この本を日本に送りたいからです
 
O ai lou igoa(オアイ・ロウ・イゴア):あなたの名前はなんですか
 
O lou igoa o potu(オロウ・イゴア・オ・ポツ):私の名前は部屋です
 
Malo le malaga(マロ・レ・マラガ):良くいらっしゃいました
 
Tatou toe feiloai(タト・トエ・フェロアイ):皆さん、また会いましょう
 
Tofa(トウファ):さようなら
 
E te fiafia i Samoa(エテ・フィアフィア・イ・サモア):あなたはサモアが好きですか
 
Ioe, ou t e fiafia i Samoa(イオエ・オテ・フィアファ・イ・サモア):はい、私はサモアが好きです
 
Toe fai mai(トエ・ファイ・マイ):もう一度言ってください
 
Tautala lemu faamolemole(タウターラ・レム・ファーモレモレ):もっとゆっくり話してください
 
Malo galue(マロ・ガルエ):お疲れさま
 
O le aso a lenei(オレ・アソアー・レネイ):今日は何曜日ですか
 
O le aso Gafua lenei(オレ・アソ・ガファ・レネイ):今日は月曜日です
 
O le aso fia lenei(オレ・アソ・フイア・レネイ):今日は何日ですか
 
O le aso fa lenei(オレ・アソ・ファ・レネイ):今日は4日です
 
Papalagi(パパラギ)Palagi(パラギ):白人
 
Iapani(イアパニ)Sapani(サパニ):日本人
 
Saina(サイナ):中国人
 
さて、次にサモアの歌を英訳して紹介する。
 
Sa vali vali       Go for a walk
Ta’u tala tala     Two much talk
Alofa ia te oe      I love you
Faifai Lemu       Take it easy
 
Teine manaia      Pretty girl 
Ta’a milo milo      Round and Round
Musu musu mai    Whisper to me
Aue               Say oh my oh my
 
Ti’eti’e Taavale     Go for a ride
Leai o se tupe      No more money
Nofo i le fale       Stay at home
Tele fa’alavelave    Much trouble
 
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フィラリア病の撲滅

 
西サモア独立国にWHO(世界保健機構)サモア・フィラリア・コントロール・プロジェクトができたのは1976年の頃である。WHOは、人々の健康を基本的人権の一つとして捉え、その達成を目的として設立された国際連合の専門機関である。
 
健康とは、完全な肉体と精神状態にあり、社会福祉にある状態を指し、単に疾病または病弱でないことではない。そのために、病気の撲滅のための研究、適正な医薬品や医療技術の向上だけでなく、災害時の緊急対策や感染症対策など多くの活動を行っている。
 
熱帯性のフィラリア病とはどのような病気なのか。最近はあまり罹らないが、日本でもフィラリアという寄生虫によって、陰嚢水腫を起こし巨大になった自分の陰嚢に腰を降ろした患者がいたようである。また、フィラリアという寄生虫を人に運んでいるのはであることも明らかにされている。
 
フィラリアという寄生虫は人の体の中、とくにリンパ節にすみ、リンパの流れを悪くして象皮病を引き起こす。脇下のリンパ節に入れば、手がグローブのようになり、股間のリンパ節だと足が象の脚のようになる。また、フィラリアは、雄雌揃うと、子虫を血液中に生み出す。蚊に刺されると、血液中のその子虫が吸い出され、蚊の体内でその子虫は育てられ、次の人まで運んでいくのである。
 
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Iさんは、1977年2月にサモアへ着任し、WHOのフィラリア・プロジェクトに参加した。ウポル島とサバイィ島の間にある周囲2キロメートルのマノノ島などに赴任して蚊の生態に関する研究を行った。このプロジェクトはWHOが企画し、西サモアが同意し、日本政府が援助協力するものであった。さらに、途中からは、アメリカのボランティアも参加してきた。I氏は昆虫部門の助手としてはたらくこととなった。
 
フィラリアは蚊と人に頼って生きている寄生虫であるので、これを撲滅するには、人の体に寄生しているフィラリアを殺す方法、蚊をすべて殺してしまう方法、および蚊がフィラリアを運べなくする方法がある。西サモアにおけるフィラリアの調査、撲滅および駆除は過去に何回か実施されていた。
 
これまで、1965年と1971年の2回にわたって全住民投薬法によってフィラリア病の感染率を20パーセントから0.1パーセントまで減少させている。ジェチルカルバマジン(DEC)は人の血液中に生み出された子虫を退治する薬である。
 
一盛和世著「六色クレヨンの島・サモアの蚊日記」(文化出版局、昭和58年6月)によると、「この薬は、体重1キログラム当たり1錠6ミリグラムを12回飲まなければならない。これをサモアで実施できたのは、教会組織、大家族の集団であるマタイ制度が大いに役にたったそうである。また、小さな島国で、絶対人口が少なかったこと、昼間の間に子虫を生み出すという性質が昼間での血液検査を容易にしたこと」が挙げられる。
 
このフィラリア・プロジェクトの目的は、その後の感染状態の把握、人と蚊のフィラリアの陽性率を調査して将来の感染をコントロールすることであった。そのため、チームは人の血液検査治療する人、および蚊の生態調査、実験、駆除を担当する人に分類された。I氏は蚊のチームに参加され、毎日夜昼問わず村から村へと巡回し、勢力的に調査活動を実施された。
 
西サモアには、蚊が11種類いるが、フィラリアの媒介をする蚊はポリネシエンシスとサモアヌスであることなどが明らかにされた。
このプロジェクトの成果のお陰様で、我々はこの病気に罹らなくても良いことは大変素晴らしいことである。
 
バニアンツリー
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