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  食後、星の満天に瞬く空の下で村の人々や子供達と話す。たまたま帰省していた少年が火の踊りまで見せてくれた。夜はファレに白い蚊帳を吊ってもらい、風の音と波の音を聞きながら寝た。広いファレにはご主人と男の子達も寝ている。夜中に犬が入ってきたらしく、「ハル」(出て行け)という声が聞こえる。そういえば猫も隅に寝ている。
 
  翌朝、台所用ファレで朝の支度が始まっていたので見に行った。台所はウム料理用の場所と煮炊き用と別れてある。いずれも火を使うので、母屋から少し離れて建っている。折しも少年が椰子の実を割り、中の白い身を刃で削り取っている。
 
  削り取られた白い身は植物の繊維で作られた、たわし様のものに包み、ぎゅっと絞るとココナツミルクが抽出される。残りかすはぱらぱらと周りに捨てると、待ってましたと豚とにわとりが争って食べに来る。女性は湯を沸かしたり、果物を切ったりと調理に忙しそうだ。
 
  伝統的なウム料理は男性の仕事で女性は新しい料理やココアのお茶やデザートを作る。朝食は作りたてのココナツミルク入りのパパイアジュースとゆで卵、ココナツキャラメルジャムとトースト、ラーメンなど伝統と新式のミックスしたものだった。食後、私達は家族と別れ、漁から帰り、マーケットに魚を売りに行く漁船に便乗し、アピアに戻った。
 
朝食
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  アポリマ島での生活は平和で理想郷のように私達には見えた。人と自然がほどよく調和し、日本にあるような便利なものはないが、人々は満足して生活している。大家族のつながりと伝統、キリスト教が彼らの精神的な支えになっている。しかし、経済的にはサモアは破綻に近い状況だと云われている。農作物や魚類は微々たる収入にしかならない。
 
  一方外国製品の輸入は輸出の6倍にもなっている。賃金が安いので外国へ出稼ぎに行く人の数が人口の半分に近い。教育を受けた人の頭脳流出が深刻な社会問題になっている。外国からの援助と外国に暮らす家族の仕送りでなんとか帳尻を合わせているのが現実だ。この支えがいつまで続くか。
 
  現代の理想郷は自然のままにあるのではなかった。厳しいマタイ(酋長)制度がある。この小さい島にさえ、3人のマタイがおり、2,3ヶ月毎に会議を開き、村の様々な問題を討議している。大家族の結婚式や葬式のしきたりも伝統を守っていくマタイの大切な仕事だ。
 
  外国へ行っている人達も儀式の日には必ず帰って来るという。儀式のことをサモア語で「ファァ、ラベラベ」という。「気をかけねばならぬこと」、ひいては「やっかいごと」とも云い、現代では交通事故などの事故も同じ言葉が使われる。マタイの祈りのときの言葉の荘重なひびきは様々なやっかいごとを何とか片付けてきた人の苦労がにじみ出ていたのだ。
 
  伝統を守ることがサモアの発展を妨げているという意見もある。日本もかっては大家族で助け合ってくらしていた時代もあった。近代化に伴う都市化で人々は個人主義の自由を得た。同時に都会に住む根無し草のようなさみしさも味わっている。
 
  サモアの人々のおおらかさとやさしさは家族が助け合ってくらしている安心感から生まれてくるものであろう。一度失ったら戻すことができない家族の伝統、今のところサモアは、マタイの力をかりて、今のところよいバランスを保っているのであろう。
 
  南太平洋に浮かぶ小さな島、サモアの中の更に小さな島、アポリマ島でも人々はいそいそと働き工夫をしてくらしていた。と同時に現代の世界の情勢にも深く繋がっているのだと実感した。
 
タロイモ(千々岩壬氏提供)
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この島にはマタイは3人、大家族6家族と、教会の牧師と家族を入れて、約80名が住んでいるという。訪問したマタイの家族では、子供が6人で男女3人づつ、40歳から16歳。男は漁師、長女は島の大工と結婚して、この家に一緒に暮らし、家事の手伝いをしている。
 
他の娘たちはNZで果物栽培の仕事を親戚と共にしている。この新しいファレは娘婿と他の大工が作ったと誇らしく語った。家を作る仕事は材料選びから仕事の分担、大工の寝食の世話からお祝いの儀式までサモアでは大変な仕事だ。
 
みたところ彼の生活は新しいファレも建ち、男子は漁師を継ぎ、娘はNZから仕送りをしてくれ、幸せな成功者だと見受けた。奥さんも元気でアピアやサバイィまで魚を売りに行くという。魚を売るのは女の仕事だ。
 
この家の周りにはこの他母屋、古いが寝室用大小のファレ、台所用ファレ2棟、シャワー室、トイレなど点在して持っている。古いファレの床は珊瑚のかけらが敷き詰めてある。屋根は椰子の葉で葺かれ、ファレは柱のみで、壁はなく、雨風のときはうえから草で編んだ折り畳み式戸が下りてくるしくみになっている。
 
女性はだれでもマットを編む。売る時もあるが大体は贈答用だ。ここの庭にもパンダナスの葉が陽の下に干してある。家族の収入は主に漁業だ。息子たちは夕方に漁に出て行った。一晩海で過ごし、主に珊瑚礁の周りにいる魚を銛や糸で釣り、朝方帰ってきて島外へ売りに行く。
 
夕餉のご馳走
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家の裏側に灯台があり、長い細い階段を登ってみた。倒木や石、砂、岩が階段をさらに狭くしている。島の形は団子をつぶしたようなものだ。真中にきれいな教会が建つ。周りは小高い山々で、村中でプランテーションを営み、タロイモ、バナナ、ヤシの木が植わっている。農業は皆がして、自給自足の生活だ。
 
村のはずれにソーラーシステムのパネルが見える。2006年に国連とデンマークの援助で建てられたものだ。電力は13.5キロワット、各戸の電燈と村にある数台のテレビと2台の冷蔵庫に供給するので、今のところ十分間に合っているそうだ。水は雨水だ。各家屋の横に大きなタンクがあり、EUの文字が書かれている。孤島に降る雨は世界で一番きれいでおいしい水だという。
 
アポリマ島での夕方、客用ファレで家族の夕べの祈りが始まった。マタイの称号を持つご主人、奥さん、娘さんたちが集合。男たちは海へ漁に出かけていた。ご主人の祈りはサモア語で長く、荘重にひびく。やがて家族全員が賛美歌を美しいハーモニーで歌う。最後に7歳の孫娘がソロで歌った。私達はその清らかな声に心をうたれた。毎日の祈りがこの美しい歌声をつくりだすのだろう。
 
やがて夕食が始まった。ご主人と私達客人4人がファレの柱を背に床に座る。食べ物は一人一人にパンダナスの葉で編んだマットの上にバナナの葉を敷き、それを皿として盛りつける。
 
珊瑚礁の辺りにいる小振りののような魚を丸のまま蒸したもの、タロイモ、バナナの蒸した物と味付けようのパルサミ(ココナツクリームをタロイモの若葉で蒸したもの)、焼いた地鶏、更に私達が持参した冷凍チキンのフライなど食べきれない位並ぶ。
 
子供達が食べ物を運び、その後うちわで扇いだり、蠅を追ってくれる。時々目が合うとにっこり微笑んでくれる。食事が終わると、手を洗う水の入った器と手ふき用布巾を持ってきてくれて、至れりつくせりだ。
 
子供達は後から客や大人の残り物を食べるそうだ。20歳までのサモアの子供や青少年はほっそりとした、美しい体型をしているが、大人になった途端太り出す。子供のときの抑制が反対に働いているのだと納得した。
 
アカガ二(千々岩壬氏提供)
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人類学の授業の一環として、フィールドワークの宿題が課せられた。私もフィールドワークなるものに挑戦した。主にインタービューをして、その地域に住む人々の生活をできるだけつぶさにレポートするものだ。
 
アポリマ島は首都のあるウポル島と大きな島サバイィ島の間にある小さい島で、定期便は行き来していない。漁師の船に便乗させてもらって渡る。島に住む人は80人くらいで、他に460名ほどの島民はウポル島の港近くに、アポリマウタ(内陸)という村を作り、町の仕事や学生として暮らしている。
 
船の準備ができるまで私たちはしばらくホストファミリーの皆さんと歓談して、食事をともにした。まずサモア特産の甘いココアを出していただく。私も作っていったのりのおにぎりを喜んでもらえた。ご主人はアピアで仕事をしているため、会えなかったが奥さんとNZから一次帰っている学生の娘さんと話せた。
 
子供の数は5人、5人の男女その他親類の人々も一緒に住む大家族だ。子供のうち、男性はみなここに住み漁師かアピアで仕事をさがし、女子はみなNZへ出て働くか、学生だという。奥さんは普段はパンダナスの葉のマットを編んでいる。庭に干した葉が丸く日に晒されている。
 
その前に海水に一週間浸けて、灰汁をとるという。干した後、葉を薄く延ばし、裂いてマットを編んでいく。ファインマットとよばれるものは、軽く白く美しい網目で、決してその上に乗ったりするものではなく、贈り物として最高の品で、母から娘へと送り継がれ、古いものほど値打ちがあるという。見せていただいたものは畳一畳ほどの大きさで2,000ターラ(6万円)ほどするという。
 
ソーラー発電用パネル
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船の準備ができたので、波止場へ向かう。島へはみやげとして、私たちはラーメン1箱と冷凍のチキン1箱を用意した。その他宿泊のお礼として少々の金子を渡す予定だ。子供たちが軽々と重い荷物を運んでくれる。島に運ぶ、氷、水、パン、魚のえさ運びも子供の仕事だ。船底の水かきをしながら、友達同士押しあったり、海に突き飛ばしたり、仕事をしながらも子供たちは元気そのものだ。大人たちは黙ってそれを見ている。金曜日なので、子供たちも島に帰るのだ。
 
珊瑚礁の内側は波も穏やかだが、外洋へ出ると漁船は大きく揺れる。が、子供たちは舳先に立ち、堂々としている。35分ほどで、島の入り口に着く。入江の周りは大きな崖が激しく波にもまれ、えぐられている。10メートルほどの岩の間隙を船は船長の巧みな舵で無事通り抜けた。迎えにきた村の人々がずぶ濡れになりながら、海に入って船を引っ張ってくれる。この島は周囲3.5キロメーター、火山の爆発で出来た島で、クレータの部分が盆地となり、人々の住居となっている。
 
案内されたのは新しいトタン屋根の長方形のファレの中。まずヤシの実のジュースがストローをつけて、持ってこられる。やがてこの家族の家長であり、マタイの称号を持つご主人が現れ、挨拶をして下さる。
 
私たちが挨拶する。英語からサモア語へ、サモア語から英語へと。そんな風にしてしばらく話した。ご主人はおだやかなサモア人にしては小柄な人だが、シャツから垣間見える肌は赤銅色で鍛え上げた漁師の筋肉と長としてのゆるぎない風貌をしていた.
 
アカククリ(千々岩壬氏提供)
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文化人類学の講義

 
カルチュアショックという言葉がある。自分と全く異なる文化圏に入ったときに受ける衝撃だ。始めてサモアの市場に入ったとき、体に刺青をしている人やはだしで歩いている人が、自分をじっと見ているようで怖かった。しかし今は普通にみなにこにこしているように思える。
 
  文化はそれぞれの土地に適応するように発展してきた。どんなに不思議に思える習慣もそれを守ってきた人々の暮らしの智恵と事情があるのだろう。サモアに暮らして、1年目、今年の1月にサモアの文化をもっと知りたくてサモア大学の文化人類学のクラスに入った。大学は2月から6月が前期、7月から11月が後期の2学期制だ。
 
  前期だけのクラスがあったので手続きをして、インターナショナル社会人学生として、学生証を受け取った。登録の前日までに、ホールに机と椅子が用意され、担当教官と相談するコーナーが設けられる。その後会計へ自分で行って授業料を支払うしくみだ。
 
  授業料1,025ターラ(約35,000円)、サモア人の学生の4倍もするが仕方がない、しっかり授業を受けることにした。1回1時間半の授業を週3回受ける。先生はサモア人の70歳の文化人類学の学位を持っている男性、学生は私以外にもう一人のインターナショナル学生がいた。といっても顔はサモア人と一緒だ。
 
  トケラウというサモアの北方、船で2日かかるという小さい島出身。その島はニュージーランドの自治領に入っているので、ニュージーランド国籍だという。英語も達者な牧師の娘さんだ。他は皆サモア人15人のクラスだった。
 
  サモア大学へは前から日本語の授業の手伝いに時々来ているので、図書館の人も私を半分は先生、半分は学生として貸し出しの本の期間を長くしてくれるなどの優遇をしてくれた。
 
海辺のファレ
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  授業は「文化とは何か」という定義から始まった。文化は人間のみが持つもので、あるグループの中で親から子へ教えられ、伝えられてきたもの。時代に応じて少しずつ変化発展しながら、その社会の価値観や基盤をつくっているものと教わった。
 
  先生は英語とサモア語の両方を使って、アカデミックなことを大体一方的に話していく。例としてサモアの文化を紹介し、日本のことは突然私に尋ねたりしてくる。質問があるとていねいに応えてくれる。講義だけではなく、エッセイ提出と実際に人々にインタビューしてサモアのマタイ制度や家族制度、経済活動などの実例を集めてくるフィールドワークの課題もあった。
 
  幸い文化人類学者の卵ともいうべき、若い韓国人で、オーストラリアの大学から研究に来ている青年を紹介してもらいフィールドワークを助けてもらった。彼はウポル島とサバイィ島の間にあるアポリマ島という小さい島に住み、その島の自給自足の経済がどのように近代化の影響を受け、変化してきたかの博士論文を書いている。
 
  将来大学で教えることを希望している彼は、1年半のサモア人の家族の中での生活でサモア語もしゃべるようになり、私の通訳をしてくれた。漁船でしか渡れないその島に彼のつてで行き、ファレに泊めて貰いマタイ(酋長)の人から、村の組織や家族、生活のこと等を聞かせてもらった。
 
  クレーターでできたその島は住人80人の桃源郷のような美しい島だった。彼から教えて貰ったサモア研究の本も3冊読み、私のフィールドワークのレポートは無事完成した。
 
  6月に最後の試験があった。9時から12時までの3時間、8問の問題から5問選び、論文形式で答えを書くものだった。サモアの結婚の制度について、親戚関係の歴史的意義、社会における経済の変遷とか、文化の定義とその例をあげよ、等々、若者に交じってなんとか汗をかきながら書き上げた。
 
  世界がグローバル化され繋がり会って来れば来るほど、未知の文化を知りたいという関心が高まり、文化人類学はこれからますます研究される学問であると思った。
 
Samoan Dance
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2010年6月19日(土)、サモアにおいてラグビーの第2回国際試合が行われた。太平洋諸国から選ばれた日本、サモア、トンガ、フィジーの4ヶ国でパシフィック・ネーションズ・カップを争奪するものである。日本は、遂にかの有名なサモアチーム「マノサモア」に対して、31対23で勝利を収めることができた。この勝利は、11年ぶりの快挙であり、日本の新聞にも大きく報道された。
 
我々は、アピア公園で午後より開催されるラグビー競技場に集合した。サモア国家元首夫妻をお招きし、午後1時10分キックオフされるトンガとフィジー両国の国旗掲揚、および国歌斉唱の後、開催された第一試合を観戦した。初戦はトンガが優勢であったが、後半にはフィジーが巻き返して逆転勝利を収めた。フィジーは、トンガに対して41対38であった。
 
午後3時40分キックオフされる日本とサモア両国の国旗掲揚、および国家斉唱の際には、KさんがIRUの大きな旗をもって入場していた。その後、第二試合が開始された。日本チームはキックオフの前にグラウンドに集合し、盛んにウオーミングアップを行ったため、ホームタウンであるサモアチームをリードすることができた。
 
鋭いボールパスと素早い動きが無気力に見えるサモアチームをうろたえさせていた。前半戦では、日本チームの情熱と熱意がサモアチームを圧倒していった。てきぱきした動きが次第にサモアチームのディフェンスラインに脅威をもたらすようになった。前半戦の終了時には、日本対サモアは25対6とリードしていた。
 
後半戦は何度もスクラムを組んで、サモアからの得点が入るのを押さえていた。日本チームはさらに6点を追加し、日本対サモアは最終的に31対23勝利をおさめることができた。日本側の応援団は30人ほどであり、全員日本の旗を振って応援していた。翌日の新聞では、フィジーが全勝優勝し、パシフィック・ネーションズ・カップを獲得すると予測されていた。
 
パシフィック・ネーションズ・カップのキックオフ
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翌週の6月26日(土)には、日本対トンガ戦、フィジー対サモア戦が実施された。第一試合の日本とトンガ戦は、午後1時10分キックオフされた。我々日本チームの応援団は20名ほどであったが、全員1人50タラを支払って中央スタンドで観戦した。日本対トンガ戦においては、体格の勝るトンガの選手に行く手を阻まれ一進一退の激戦を闘った後、日本が24対23と1点差で勝利を収めることができた。事前に実施されたフィジー戦では敗退していたので、計2勝1敗となった。
 
午後3時40分にキックオフされたサモア対フィジー戦では、西側のメインスタンド、両サイドスタンド、東側の3スタンドとも超満員の観衆で満ち溢れていた。さらに南北の芝生観覧席にも人があふれていた。マノサモアチームに対するサモア人の応援は、終日熱気に満ちていた。サモア対フィジー戦では、サモアは先週とはがらりと変わっており、率先力では極めて勝れていた。その結果、サモア対フィジーは、31対9と大勝を収めていた。マノサモアが得点を獲得する度に観衆は席を立ち上がって大きな声援を送っていた。
 
応援風景
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総合優勝はマノサモアとなり、優勝カップを手にした22名の選手団はビールを掛け合い、最後には全員裸になって筋肉隆々とした素晴らしいサモアンダンスを披露していた。
 
2週間に渡ってラグビーブームに沸いた陽気なサモア独立国であった。
 
 
 

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