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サモア独立国

 
ここでは、サモア独立国のプロフィルについて紹介する。1997年に国名を西サモアより変更したサモア独立国の首都はアピアにあり、人口18万8千人程度の小さな島国である。
 
国土面積は、鳥取県よりやや小さい2、935平方キロメートルであり、主として、面積1、700平方キロメートルのサバイィ島と面積1、115平方キロメートルのウポル島からなっている。両島の間には、アポリマ海峡があり、その中にはマノノ島とアポリマ島がある。
 
地理的には、サモア独立国は、ニュージーランドの北2、300キロメートル、ハワイの南3、700キロメートルの南太平洋上に位置している。東方面にはアメリカンサモア、クック島、南方面にはトンガ、西方面にはフィジー、北方面にはトケウラ諸島が点在している。
 
宗教は、97パーセントの人々がキリスト教徒(プロテスタント、カトリック、モルモンなど)である。民族はポリネシア系が90パーセントを占めている。公用語はサモア語および英語である。気候は、南太平洋有数の多雨地域であり、12月〜4月の雨季には連日スコールがあり、山地での年間降水量は5、000ミリメートルを超えている。平均気温は28度、平均湿度は70パーセントである。
 
サモア独立国(旧西サモア)
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サモア独立国の政治体制は、イギリスやタイで見られる立憲君主制を取っている。君主は選挙によって選出されるが、君主の持つ権力は憲法によって制限されている。実際には、特別に高い権威と世襲制をもつ四家系の大首長から選ばれているのが現況である。
 
2010年の国家元首はトウイアトウア・トウプア・タマセセ・エフイ殿下であり、1938年3月1日モトオトウア村で出生している。
 
彼は、ニュージーランドのセント・パトリック及びビクトリア大学を卒業した後、1966年バイシガノ選挙区の議員として政界に入った。国会議員を長年勤め、1970年〜1972年公共事業担当大臣、1976年〜1981年首相を経て、2007年6月より任期5年の国家元首に着任している。
 
父は1963年逝去されたトウプア・タマセセ・メアオレ元共同元首である。家族構成は、フィリフィリア・イモ夫人と3人の子供である。また、オーストラリアやニュージーランドの大学で教鞭をとった経験の持ち主である。
 
議会は一院制であり、国会議員の定数は49名で任期5年である。議員の47名はサモアの伝統的指導者であるマタイ(首長)から選ばれ、残りの2名は移民の代表として選出される。
 
内閣総理大臣である首相は、立法議会の議員の過半数以上で選出され、国家元首の任命により就任することができる。
 
2010年の首相は、トウイラエバ・サイレレ・マリエレガオイ氏であり、1945年4月14日レパ村で出生している。
 
ニュージーランドのオークランド大学大学院で商学修士及び公認会計士の資格を取った後、1973年〜1978年、財務省副次官を経て、1981年には国会議員に初当選している。1984年には大蔵大臣、1988年にはアジア開発銀行理事長となり、1998年には首相に就任している。
 
訪日歴は、2003年及び2003年に開催された第2回及び第3回太平洋島サミットに出席している。家族構成は、ギリアン・ムリエル・マリエレガオイ夫人と8人の子供である。宗教はローマン・カトリックであり、趣味は読書、音楽鑑賞、釣り、園芸である。
スポーツはテニス、ゴルフ、クリケットを好み、青年時代はラグビーの選手であった。
 
 国会議事堂は、アピア港の西半島のムリヌウ村にあり、写真に見るように、総ガラス張りの解放された円形型会議場である。
 
国会議事堂
 
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サモア入国事情

 
サモアに入国して異文化と触れると多少のカルチャーショックを受ける。しかし、事前に予備知識を持っておれば、少しばかり気が楽になる。貨幣の単位はタラ(1タラ=37円)である。米ドルからの換金率は良いが、日本円からのそれは劣悪である。ファレオロ空港から首都アピアまではタクシーで50タラである。
 
観光客や外国人居住用ホテルでは、長期滞在が可能である。アピアには、アギーグレーホテル、ホテルインセル、ホテルミレニア、パシフィックインなどがある。サバイィ島には、サバイィアンホテル、バイサラホテル、サファホテル、サバイィラグーンホテルなどがある。また、リゾート地には、ビーチファレと呼ばれるサモア風の壁のない小屋が沢山ある。
 
さらに、借家としては比較的大きなものが多く、1〜3ベッドルーム、チッキン、ダイニング、リビング、シャワールームなどがあり、冷蔵庫、椅子、テーブル、台所用品などの家具付きである。不動産会社の物件が限られているが、新聞広告などで探すことができる。防犯対策、施錠、金網フェンスの設置の有無が安全な住宅選定の留意点である。
 
電気は供給されているが、水道水の供給が不安定であるため、水タンクが設置されているかをも確認しておく必要がある。ガスについては、都市ガスはなく、LPガスを使用している。
 
電話が付いておれば、コンピュータへの接続は可能である。最近では、電話は携帯、コンピュータは無線を使用することができる。
 
住宅の契約は1ヶ月の前払金を支払い、その後毎月家賃を払うことになっている。家や家具の修理は家主が行うが、細かい修理は借主負担である。
 
電気代は、キャッシュパワーというプリペイド方式になっており、サモア電力公社で料金を支払って、与えられたコードを借家のメータに入力する。
電圧は240ボルト、50ヘルツであり、100ボルト専用の電化製品に対しては変圧器が必要である。プラグはハの字型であるので、変換アダプターが必要である。
 
アピア市内のメインロード
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サモア独立国の祭日は、1月1・2日の正月休み、4月2・3日のグッドフライディ、4月4・5日のイースターディ、5月9・10日の母の日、6月1日の独立記念日、8月8・9日の父の日、10月10・11日のホワイトサンデイ、12月25・26日のクリスマスホリデー・ボクシングディである。
 
自国の産業はまだまだ十分ではない。主要製品としては、ビール、石けん、タバコ、トイレットペーパ、清涼飲料水、コプラオイル、バナナ、ココア、ココナツ、タロイモ、タムイモなどである。米、野菜や缶詰は、オーストラリア、ニュージーランドから、みそ、醤油などは日本から輸入されている。
 
ビールのメーカはバイリマ一社であり、大瓶750ミリリットル5.2タラ、小瓶350ミリリットル2.8タラである。スプライトは1瓶750ミリリットル3.0タラである。
 
サモア人の平均月収はおよそ1600タラである。
料理用の燃料はLPガスを使用しており、6.3リットルが34タラである。車のガソリンは1リットルが2.3タラである。
 
タクシーは1時間50タラ、レンタカーはサモアには20社ほどあるが、小型車で1日180タラ程度である。
 
おみやげとしては、ココナツの殻でできた灰皿、ファレのレプリカ、ヤシの葉で編んだバッグやうちわ、パンダナスの葉で編んだ敷物、木彫りの仮面などがある。
 
帰国時には、空港税40タラを準備しておく必要がある。
 
無形文化財のファインマット
 
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1月の中頃アピアの中心地近くにを借りることに決めた。サモア人の女性Mさんの親戚が所有する家だ。その人はニュージーランドに住んでおりMさんに管理を依頼している。サモア人はある程度力があるとニュージーランドやオーストラリア、ハワイなどに移住し、そこの大学を出てその地で働く。サモアの人口18万人の同数以上の人々が海外へ出て働くそうだ。親戚、家族の繋がりは強く、サモアに残り自分の土地や墓を守っている人々に仕送りをする。お金をもうけた人が仕送りをするのはあたりまえで、この土地を守り、文化を伝えていくのが最も大切なマタイの規則なのだ。
Mさんは親がニュージーランドへ出て、そこで育ちサモアに帰っている人だ。ご主人はサモアテレビのマネージャーというからエリートなのだろう。子供は4人でもうすぐ5人目が生まれる。さてその家は大きな敷地にニュージーランド風の白に緑をアクセントにしたきれいな一階建ての家だ。家具、台所用品、エアコン、洗濯機などすべて揃っている。直ぐ近くに教会、少し離れて学校と別の教会のステンドグラスが見える。周りはサモアの人々の少し小さい家々、広場がある。緑いっぱいで木々は葉を茂らせ、大きく育っている。この家に入るとき、遊んでいた子供達が見に来た。外の門は鍵をかけるので、にこにこ笑って、「タロハー」と挨拶しすぐに「バイバイ」と言ったので、へんなおばさんだっただろう。
そのうちサモア語をもう少し覚えたら遊ぼう。今は毎日が忙しい。午前中3時間半のサモア語のレッスンが毎日続いている。この家の庭の片隅にこの家のおじいさんのお墓がある。家に墓を置くのはサモアでは普通のことらしい。家に入ってすぐ、きれいな水を汲んできて、お墓に捧げ2年間の滞在中よろしくとご挨拶した。庭にはバナナの木が7、8本、バナナが黄色く食べごろの物、青い物などが成っている。大きな木はマンゴーで12月にはたくさんの実が落ちてくるそうだ。日本でよく見る観葉植物が自然に大きく茂っている。庭師が毎月手入れに来るそうだ。翌日目を覚ますとカーテン越しに朝焼けの空がピンクに染まり、裏の空地に高い椰子の木が3本、パンの木が天狗のうちわのような大きな葉を拡げ揺れている。異次元の世界に入ったような美しさだ。
 
バナナの多い家
 
イメージ 1
 
その夕方美しい歌声が聞こえてきた。教会からだ。サモア人はほとんど100%キリスト教徒だという。教会の宗派も800くらいあるそうだ。みんなどこかの教会に属しており、日曜日はあらゆる仕事を休み、教会へ行く。街は閑散として車も走っていない。聞こえるのは教会の牧師の声と人々の祈りと歌声だ。
この近くの教会は特に歌と鳴り物が好きな教会のようだ。歌声はだんだん大きくなり、伴奏のドラムやシンバルの音でわれんばかり。人々が祈るのは日曜だけではない。毎夕日暮れには晩鐘が鳴り、それぞれの村や町の広場やあるいは教会で一日の終りの祈りが始まる。
これはマタイの文化と共にサモアの人々が堅く守っている生活習慣であり、精神文化なのだ。私達外国人はその邪魔をせぬよう静かに家で待機することにした。
夜になると犬がさかんに吠え出す。犬は放し飼いで昼はぶらぶらしているが、夜になると張り切って走り回る。犬は夜行性だったのだ。日本の犬のように贅沢に育っていないので、飼われている犬も従順で人間の言うことを良く聞く。
「ハル」と言うと追い払うことができるが、知らぬ振りをしているのが安全のようだ 庭には、にわとりが2、3羽我が物顔で闊歩している。彼らは出入り自由の幸せもので良く太り、いつも何かをついばんでいる。どこで卵を産むのかいつの間にかひよこを5、6羽従えている。
庭に何かしら動く物があるのは楽しいものだ。我が家は朝にはにわとりの「コケコッコー」と犬の遠吠え、小鳥の鳴き声、教会の鐘の音で目覚める。なつかしくやさしい自然の音だ。
 
マンゴの木のなる家
 
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 夜6時半冬の成田空港を出発、日付変更線を通過し、同日夜8時半サモアの首都にあるアピア空港に到着。ニュージーランドの2つの都市を経由して待ち時間を入れ、サモアへ着くまでに20時間かかったことになる。暗闇の中に空港の明かりがぽつぽつ見える。日本から着てきた服を1枚ずつはがしていく。風がなま温かい。
 迎えの車に乗せられて。今晩の宿へ向かう。海岸通りを走っているらしいが、海も星も見えない。家の明かりが時々見え、人々の影法師が動いている。ファレという椰子の葉で葺いた家なので、中が透けて見えるのだ。40分程走って、アパートに着いた。 家が決まるまでここでしばらく寝起きするのだそうだ。食べるものは空港で買いなさいと言われて買った、ツナサンドイッチと水だけだ。最初はホテルで食事つきと思っていたのは甘い考えだった。これから2年間の生活が始まったのだ。部屋は思ったより清潔でダブルベッドとシングルがゆったりとあり、クーラー、冷蔵庫、台所用品、バスルームにはシャワーが備え付けられている。このアパートでの生活がもう始まった。
 翌日騒がしい車の音や人声で目覚めると、ここは大きな日用品店の三階にある。三階のぐるりにアパートの部屋が取り囲み、廊下から覗くと真ん中に店が見え、衣類や、籠や鍋やいろんな品が見えている。スーパーマーケット風、雑貨店だ。外へ出て今朝食べるものを探しに行く。
 カラフルなバスが行き会い、タクシーが人の間を縫っていく。茶褐色の人々は背も高く、太っている。つまりでかいのだ。ラバラバという花模様のスカートや無地の地味な色のスカートを男も女もはいている。ジーパンの人もいる。ここはアピアのダウンタウンのようだ。
 前には大きな市場がある。人々がじっと見ている。市場は薄暗いが地面に台を置いて、野菜が山のように並んでいる。青いバナナが太い茎につながったまま売られている。市場で買う勇気がなくてさらに行くとスーパーマーケットがあった。
 奥にパンが熱々で売られている。ここなら安心と今朝用のパンを買い、高級そうなりんごとコーヒーを買い、アパートに戻った。帰りにゴムぞうりを2足買い、サモア人になる準備が整った。
 官庁の前では9時10分前から警護の警察隊整列、国歌吹奏、パレードが始まった。灰色の上着と紺のスカート様の制服でりっぱな顔をした男達が4、50人ラッパと太鼓を鳴らしながらまじめに行進している。官庁の後はよく手入れされた公園で、新しいファレや、保存されているファレが芝生に立っている。
 
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 大きな椰子の木が何本も立ち並び、その後がすぐ海だ。その日の午後さっそくフィッシュマーケットを見に行った。朝6時頃から行かないとだめなのだそうで、今は売残りばかりで、大きな伊勢海老、かつお、まぐろもある。大きなものはぶつ切りで売られている。小さな魚は1列にひもで繋がれている。この魚たちを料理する日が楽しみだ。
 野菜市場には見たこともない大きな果物が満載、なじみのチンゲンサイやきゅうりもある。きゅうりはばかでかく、土しょうがはちんまりとちじんだままひっそりと売られている。なすびは1袋に14、5本も入って200円くらい。まだ料理する道具も届いていないから、しばらくは野菜中心の生活をしていこう。米だけは買えたので、アパートに備え付けのなべで飯ごう炊さんの要領で、水加減をしてなすびとさけのかんずめで晩ご飯を作った。非日常の中で日常生活が始まった。
 
 
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はじめまして

ブログをはじめました!
コメント大歓迎です。
これからどうぞよろしくお願いします!
 
エネルギー問題が重要となった日本では、エネルギーの節約を目指した新しい生活様式が求められています。同じ人類で自然エネルギーを大切に暮らしている多くの国に学ぶことが大切です。私はJICAのシニアボランティアとして2年間南太平洋のサモア独立国で仕事をし、多くの知見を得ることができました。将来の日本の人々の生活の参考になればと、このたびブログを開設させていただきました。
 
とくに、サモアでは、
・ウム料理など石焼きでまきを使った自然を大切にした生活、冷房などの設備を排除した自然の風を家の中に入れるファレという壁のない柱だけの家の構造、タロイモを主食とし、山で採れる果実、豚、鶏などの家畜、ヤシから取れるココナツミルクなどを取っており、ほとんど輸入することなく国内で自給していること。
・交通は乗り合いバスですべての物資の運搬をしていること。
・衣類は風通のよいラバラバを着用していることで、無用なエネルギー消費が存在しないこと。
・観光開発は自然を保護する立場で全く行わないこと。
・生活は質素で宗教活動が盛んであること。
・毎夕日暮れには晩鐘がなり、それぞれの村の広場や教会で一日の終わりの祈りがはじまること。
・人々の読書の習慣はなくメガネをかけている人はほとんどいないこと。
・マタイと呼ばれる家族制度が残っていること。
・子供はうちの子、親戚の子、よその子と区別しない。一緒に暮らして、各自の役割と家族社会の規律を無意識のうちに学んでいくこと。
・どこかの国の拝金主義などにどっぷりつかることはないこと。
・地震・津波などの大宇宙の摂理に対して人間は抵抗しないこと。
・サモアは一生に一度は行ってみたくなる国であること。
ことなどなどをいくつかの話に分けて紹介します。




 

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