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サモアのスポーツ

 
サモアにおける代表的なスポーツは、ラグビー、ボートレース、水泳、クリケットなどがある。アピア郊外にあるスポーツコンプレックスと呼ばれる広大な体育施設には、タッチラグビー、ホッケィ、サッカー、アーチェリー、バレーボール、クリケット、水泳、柔道、レスリング、ウエイトリフチング、ゴルフ、ベースボール、ソフトボールなどの各競技場がある。
 
また、アピア市内にあるアピアパークには、ラグビー、バスケット、テニス、ネットボール、トラック・フイールド・イベントなどの競技場があり、極めて恵まれたスポーツ環境にある。
 
2010年6月には、サモアのラグビーチームであるマヌ・サモア・セブンがIRB(International Rugby Board)セブンスにおいて世界1位であると認定された。オーストラリア、ニュージ―ランド、フィジーなどの強豪を制覇し、最後には英国スコットランドセブンスとエジンバラで闘い、優勝杯を獲得した。
 
そのため、サモア政府は6月7日(月)を休日にして彼らの快挙を国民全員でお祝いをした。近年のマヌ・サモア・セブンスの活躍には目覚ましいものがある。また、日本とサモアとの間のラグビー試合が、アピアパークにおいて頻繁に行われている。
 
屋内水泳プール
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同年6月1日の独立記念日の前日には、ボートレース大会が開催された。この競技は毎年この時期に開催されるもので、今年は7団体が参加した。フアウタシというボートの艇長はさまざまであるが、平均20メートルはあり、選手の平均人数は40人程度である。
 
まず、プラスチック製のオールをもったフアウタシが午前8時15分にファレウラを出発し、約10キロメートルの位置にあるアピア港を目指した。優勝はデジセル・セガバオというフアウタシに乗船したドン・ボスコであり、準優勝はアオト・パゴパゴというフアウタシに乗船したアメリカンサモアであった。
 
他の競技は、木製オールをもったフアウタシが午前9時に出発し、マノノ島のファレウ村から2チームが参加した。ドン・ボスコは、自動車整備などを専門とするカレッジの学生であり、4週間のトレーニング合宿で日夜鍛えたようである。
 
フアウタシは、木製の長いボートを男性30〜40人が座って一緒に漕ぎ出すものである。ほかの1人が太鼓を叩いて、みんなの漕ぐペースを監督する。このレースには男性しか参加できないことになっている。昔、サモアの先祖は海洋民族であり、南太平洋の島々を渡って移動していった際に使用されたのが、このフアウタシとよばれるボートであった。フアウタシレースは、スポーツだけでなく、サモアの古い歴史を物語るものである。
 
サモア語でキリキティと呼ばれるクリケットも盛んであり、毎年9月に開催されるテウイラ祭りには、フアウタシレースとキリキティコンペが盛大に開催されている。キリキティは、村の広場でレクレーションとして、男性も女性もエンジョイしている。
 
1チームの構成メンバーは不定であり、何人入っても良いことになっている。ボールはサモア産のやわらかい自然ゴムを使用しており、バットは三角形をした軽くて強いフアイと呼ばれる木でできている。
 
野手はバッターをはらはらどきどきさせるために、大声で叫んだり、手を叩いて踊ったりする。バッターはすべてのボールを打たなければならない。キリキティはサモアの陽気なスポーツの一種である。
 
 ウエイトリフチングやボクシングも強く、2008年の北京オリンピックにサモアから選手が出場している。このように、サモアの人達はスポーツが大変好きである。
 
練習中のフアウタシ
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サラムム海岸

 
サモアにおける母の日は、5月第2週の週末を含む3連休である。この日に総計21名からなる合同BBQが開催された。早朝から魚市場でBBQの材料買い出しに行った。ここでは、紐に繋がれたアジ20匹、伊勢エビ10匹、草履エビ5匹を購入し、リンマーケットでステーキ肉などを購入した。
 
これらを調理した後、午前10時には車5台に分乗して、事務所を出発した。クロス・アイランド・ロードを南下し、シウムで右折し、メイン・サウス・コースト・ロードを西方へ約18キロメートル行くと、サラムム海岸経由サモアナ・リゾートへ通じる看板があり、その後未舗装道路約5キロメートルをドライブした。途中で入村料車1台5タラを支払って、正午前には、ウポル島南西部に位置するサラムム海岸に到着した。
 
早速BBQの準備をし、焼き上がったアジの塩焼き、伊勢エビ、ステーキなど舌鼓を打って全員堪能することができた。全員腹ごしらえができたとき、スコールがやってきたのでしばらく休憩し、そのあと海へ飛び込んだ。
 
真っ黒な溶岩の間に白い砂浜が広がっていた。遠くのリーフにぶつかる白い大きな砕波のところまでの約100メートルは遠浅であり、サンゴ礁の岩場には沢山の熱帯魚が泳いでいた。
 
全員スノーケリングを存分に楽しむことができた。その後、ビーチでキャッチボールやバレーボールなどをして、午後のひとときを楽しんだ。日帰組の10人は車2台に乗り込み帰路を急いだ。
 
     サラムム海岸
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宿泊組の十一人は、隣接するサモアナ・リゾートへ移動した。コッテージスタイルの宿泊所が5棟(定員6、6、3、3、2名)あり、その内3棟に宿泊することができた。部屋の中には、天井から吊り下げられた扇風機、ベッド、温水シャワー、洗面所、コンポスト式トイレ、冷蔵庫などがあった。
 
敷地内には、屋外プール、ブランコ、ハンモック、トーチライト、シャワー、カヌーなどがあった。朝食付き1泊1人100タラであり、素晴らしいレゾートであった。屋外プールでは、マルコ・ポーロと呼び合いながら鬼ごっこをし、水泳競技や潜水時間を競うなど楽しい一時を過ごした。
 
夕食は、全員でシェアすることとし、野菜サラダ、パスタ、ガーリックブレッド、チキンカレーなどを楽しんだ。食後は、みんなでビリヤードを楽しんだ。その後、宿舎に帰り、夜遅くまで話し込んでいた。
 
美しい星座と星雲の下で、波音を聞きながらぐっすり休むことができた。朝食は、コンチネンタルの外に、暖かい目玉焼やオムレツなど各種のエッグ料理があり、美味しく頂いた。食後はカヤック、スノーケリング、ビリヤード、スケッチなど各自各様にエンジョイすることができた。正午近くに車3台に分乗して帰路に付いた。
 
途中にリターン・ツ・パラダイス・ビーチがあったので、立ち寄ることにした。ここは、絵に書いたような素晴らしい海岸地帯であり、昔、1953年の映画「リターン・ツ・パラダイス」ゲリー・クーパー主演のロケーション地となった所である。
 
BBQの準備
イメージ 2白い砂浜、輝くような太陽、ヤシの林立する素晴らしい自然は、スノーケリングに適した海岸であり、今後とも観光開発することなく自然保護地帯として永久保存すべき海岸である。
 
全員、母の日の休日を存分に楽しんで、反時計まわりに帰路を選び、フィアガ経由でアピアまで帰った。

サモアンダンス

 
サモアにおけるダンスは、「Siva Samoaと呼ばれ、ハワイアンフラダンスやタヒチアンダンスのルーツとなった伝統的な踊りである。Sivaとは、村の人達が歌と踊りを通じて、お互いの信頼関係を築くための祭りであり、人々の心をつなぐ彼らの生活に欠かせない大切な行事である。
 
サモア人は、音楽が好きであるばかりでなく、音楽に対する才能が豊かである。楽譜を読むことなく、リズムを聴くだけですぐにメロディーを憶えることができる。明るく陽気なリズムに合わせてゆったりと踊れば、自然と笑顔が出てくる。女性の愛らしい優雅な手つき、男性のジャンプするたくましい踊りと叫び声が魅力的である。
 
Sasaと呼ばれるSiva Samoaは、最もテンポの速いダンスで、竹でドラムを叩くだけで、歌も音楽もない。踊り子達は、速いビートのリズムに合わせて、すべての動作を同じにして踊っている。
 
Maulu-uluと呼ばれるSiva Samoaは、歌の言葉の意味と同じ動作をして、大勢の男性と女性が一緒になって踊るものである。例えば、ココナッツの実を削るような生活の仕草を歌にして、その内容を踊りに入れている。その他、サモア人の日々の出来事を歌の言葉と踊りを通して表現している。女性はいつも微笑むような顔付きで踊っている。
 
サモアンダンス
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FaataupatiというSiva Samoaは、男性だけの踊りである。竹のドラムを打ち鳴らし、身体を手で叩きながら踊り、どんどん速い動作となり、劇的なジャンプと魅力的な叫び声を上げている。
 
サモアンダンスはサモア人の本質を表すもので、民族の誇りとするものである。
 
Tauarugaとは、「FiaFia Show」と呼ばれる歌と踊りの祭典の最後に登場する踊りであり、タワルンガ・フィナーレの踊りとして有名である。タワルンガとはファレの屋根の棟を意味し、棟上げ式としてフィナーレを飾るものである。
 
この踊りを舞うことのできるのは酋長(マタイ)の娘で、しかも処女娘に限られている。彼女は、伝統的衣装であるファインマットをまとい、ココナッツの葉、貝殻、および茶色の紙で作った鏡の付いた冠をかぶって踊っている。その姿は、邪馬台国の卑弥呼を連想させる忽然たるものがある。
 
踊っている間、おひねりと言って、人々が代わる代わるに、紙幣を踊り子の身体に貼り付けたり、前に置かれた箱にお金を入れるなどしてご祝儀としている。周囲の男達は、発狂したように駆け回り、地面に這いつくばって、踊り子の踏み台になったりして、狂喜乱舞してはやし立てている。
 
Siva Afiとは、「火の踊り」である。シバ・アフィは、木製の槌が奏でるリズムに乗って演じられる火とナイフを使う勇壮なダンスである。楽器を弾く能力はサモア人の生まれつきの才能であり、気合いの入った演奏は素晴らしい。
 
この踊りの元祖はナイフダンスであったが、これが火の踊りとなったのは、1946年に開催されたロスアンジェルスの万国博覧会において、サモア人Freddie Letui氏が伝統的なナイフに火をつけて披露したのが始まりである。
 
両端にブッシュナイフをセットした棍棒を高速で回転させるもので、大変危険である。ナイフの部分を布で巻いて油を浸潤させ、火を付けてアクロバットの妙技を演ずるのである。
 
1本の棍棒を両手でコントロルするものや、2本の棍棒を両手にもって高速回転するもので、かっては、マタイの力の象徴となるものであった。
 
火の踊り
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サモアの歌

 
ポリネシア民謡として、小林幹治作詞、岩松昭司作曲「サモア島の歌」は。昭和37年10月NHK「みんなのうた」で放送されて以来、小学校唱歌として歌われている。以下に歌詞を紹介する。
 
サモア島の歌
 
青い青い空だよ 雲のない空だよ
サモアの島 常夏(とこなつ)だよ
高い高いやしの木 大きな大きなやしの実
サモアの島 楽しい島よ
青い青い海だよ 海また海だよ
サモアの島 常夏だよ
白い白いきれいな 浜辺の広場だ
サモアの島 たのしい島よ
風は吹く 静かな海
鳥がとぶとぶ 波間をゆく
ララ 船出を祝い 無事を祈る
みんなの声が 追いかける

吹く風そよそよ 太陽ぎらぎら
ぼくらの島 常夏だよ
手拍子そろえて 元気に歌えば
ぼくらの島 たのしい島よ
みんな集まれ いつもの広場に
ぼくらの島 常夏だよ
一緒(いっしょ)にならんで 愉快(ゆかい)におどれば
ぼくらの島 たのしい島よ
風は吹く 静かな海
鳥がとぶとぶ 波間をゆく
ララ 船出を祝い 無事を祈る
みんなの声が 追いかける
 
次に、サモア出身のマルチタレント、音楽家、および作曲家であるJerome Grey氏が、1989年ハワイで作詞作曲したPolynesia is homeの歌詞を紹介する。
 
彼は、1947年にサモアで出生し、1971年に米国に移住した。ジャズ、ラテン音楽、カリプソ、ポリネシア民謡の分野で、アバ、ココナツウーマン、アロハオエ、タララ、フットプリントなど多数の音楽を作曲している。
 
アピアでの演奏会
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   Polynesia is home 
 
Far away where rainbows there
Colorful people everywhere
Tropical suns and moonlit skies
Romantic songs fill the night
Happy to say each time I row
Polynesia is my home
I’ll come back again some day
Polynesia is home
 
Friendly smiles that light the skies
It stays on all the time
Polynesia is my home
Welcome to paradise
Happy to say each time I row
Polynesia is my home
I’ll come back again some day
Polynesia is home
 
Happy to say each time I row
Polynesia is my home
I’ll come back again some day
Polynesia is home
 
Kiora, Talofa, malo lelei
Polynesians sweetly says
Aloha, kiorana the only way
Laughter at a tear, goodbye they say
Happy to say each time I row
Polynesia is my home
I’ll come back again some day
Polynesia is home
(2 times)
 
レンブ(千々岩壬氏提供)
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中央ゴミ処理場

 
サモア独立国では、毎朝近所のゴミ保管所にゴミ収集トラックがやって来て、中央ゴミ処理場に運搬するシステムが確立されている。ゴミ保管所には、地上より約1.5メートルの位置に1メートル四方に作った金網のゴミ収納箱がある。これは、犬がゴミを食い散らさないための方策である。最近では、ゴミ分別箱が設置されているところもある。ウポル島にはタファイガタの中央ゴミ処理場、サバイィ島にはバイアアタに廃棄物処分場が建設されている。
 
南太平洋地域環境計画(SPREP)は、22の南太平洋島嶼諸国および地域と先進4ヶ国(オーストラリア、フランス、ニュージーランドおよびアメリカ)によって構成され、1995年に正式に発足した。本部はサモアの首都アピアに置かれている。
 
その目的は、環境に関連する諸問題に対する南太平洋地域の協力を促進し、環境の保護と改善を行うメンバーを支援し、現在および将来の持続可能な発展に向けたメンバーの取り組みを支援することである。
 
最初の仕事は、タファイガタのゴミ捨て場であった。当時、日本では、環境汚染に歯止めをかけるために、準好気性埋め立て構造を採用した「福岡方式」が研究開発されていた。
 
       津波で発生した大量の固形廃棄物
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準好気性埋め立て構造とは、埋め立てゴミの中に、集水管を設け、ゴミで汚れた水を速やかに集め、かつ電力を使わずに、自然に外部の空気を取り込むことによって、ゴミの内部を好気性にして処分する方法で、分解と安定を促進するための構造であり、建設コストが安価である。二酸化炭素が発生する欠点はあるが、その30倍の毒性があるメタンガスの発生を抑制することができる。
 
福岡方式とは、昭和40年代から福岡大学と福岡市が共同開発した準好気性の埋め立て構造方式であり、構造が簡単で低コストであるという特徴をもっている。
 
多くの開発途上国で廃棄物処分場の建設を手がけていた福岡大学M教授をサモアに招聘し、サモアの人達とともに学習して、タファイガタ中央ゴミ処理場を建設していった。現在では、大洋州における廃棄物処理場のモデル現場となっている。ここまでに育て上げた彼らの功績は偉大である。
 
また、2000年度から2004年度まで、大洋州の島嶼諸国を対象に「大洋州諸島フォーラム(PIF)諸国廃棄物管理コース」と「サモアでの第三国研修」を交互に実施した。サモアの研修員3名が帰国後に、サバイィ島に独力で準好気性廃棄物処理方式を導入した処分場を建設した。
 
これは、2001年度の研修生F氏が中心となり、2002年度の研修生K氏、2004年度の研修生P氏が協力したものであった。この3名は、研修で学んだ技術と専門家A氏と協力し、ウポル島での経験を生かし、サバイィ島にバイアアタア中央破棄物処分場を計画し、建設した。建設資金はすべてサモア政府が出資し、技術支援は「大洋州廃棄物管理プロジェクト」(2006〜2010年度)を通して継続的に実施されている。
 
さらに、2006年度より、大洋州における固形廃棄物マネージメント計画(SWMPOR)が総括した。2010年の最終会議では、サモアの津波によって発生した大量の固形廃棄物の処理コストの低減化および3R資源化の成果を高く評価していた。
 
     ゴミ分別箱
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