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■安倍さんはロシアのプーチン大統領と先月15日に地元山口の長門市で、翌16日には東京で首脳会談を行いました(長門・東京会談)。
プーチン氏の大統領としての訪日は05年以来11年ぶり(09年5月には首相として来日)。 長門・東京会談について、昨年1月に訪露してナルイシキン下院議長(当時)と会談した高村副総裁が「新しいアプローチに一歩踏み出した」とし(先月18日)、ロシア通として知られる鈴木元北海道開発庁長官も「平和条約締結に向けての新しいスタート台に立った」(同19日)と評価したのでしたが、ところで、その「特別な制度」について安倍さんは先月18日、「「特区」を想定している」と明かし、日本人とロシア人が暮らし経済活動を行うといったイメージのものであると説明(註01)。 それは、北方領土を現在実効支配しているロシアの法律下で経済活動を行えば北方領土に対するロシアの主権を認めたことになり、つまり日本の法的立場を損なうことになるのを回避するためのアイデアでしたが、彼我両国はかつて択捉・得撫両島間を国境とした日露和親条約(1854)でしかし樺太(サハリン)については「界を分たす、是まで仕来の通たるへし」として国境を設けず両国人の“雑居地”としたのだったことが自ずと連想されるでしょう。 日露国交は同条約によって初めて打ち立てられたのでしたが、共同経済活動のあり方がそこで見られた叡智に倣う格好になるのは、「新しいアプローチ」ないし「新しいスタート台」というのに相応しかったと言えるでしょうか。 共同経済活動は従前、プーチン氏が昨年11月にリマでの首脳会談で発案したのだったとされていたものの、実は同5月にソチでむしろ安倍さんから持ち掛けたものだったことが明らかになっており(註02)、すなわち安倍さんはソチで「共同経済活動」との表現こそ用いなかったものの日露の交流を極東やサハリンでの「8項目提案」(後述)の実施に限定せず北方領土にまで広げることに言及し、9月2日のウラジオストクでの会談では共同経済活動の要諦と言うべき「特別な制度」という「概念」に踏み込んだのだとのこと(註03)。 北方領土での特区設置はロシア側で既に昨年6月に浮上し、すなわちロシア極東発展省が同2日、北方領土を含むクリル諸島に年内にも経済特区を設定するとの方針を発表(註04)。 その措置については「日本側が新特区での経済協力を求められる可能性もある」と指摘されたのでしたが、ロシア側は先月15日にもウシャコフ大統領補佐官が長門会談直後に共同経済活動はロシアの法律下で行われるものとの考えを示したように対日牽制に余念がないのであるのに照らせば、ロシアが独自に特区を新設したのも、前月の安倍さんの提案(北方領土でも経済協力を行うこと)を受けて、ロシア主導の(つまり、ロシアの法律の適用される)特区を既成事実化してイニシアチブを取ろうとしたものだったかもしれません。 さて、そもそも両国の共同経済活動というアイデアは、90年代にロシア側が日本に打診したものであったことにも触れねばなりません(註05)。 すなわち、96年11月にはプリマコフ外相が来日して中曽根元首相に提案、98年11月には訪露した小渕首相とエリツィン大統領が取り交わした合意により北方領土での共同経済活動の方法を協議する「共同経済活動委員会」が設置され、周辺海域での栽培漁業が検討されることになったのでしたが、それは結局「相手国の法律を自国の「領土」に適用できないという、双方の立場」が障害になって実現しないままに立ち消え(註06)。 しかし、日露関係そのものは当時進展基調にあり橋本首相がエリツィン氏とクラスノヤルスク合意(97年11月)を交わしたのに続いて川奈会談(98年4月)を行い、次に首相となった小渕さんも訪露して前述のようにエリツィン氏と北方領土での共同経済活動を合意(同年11月)(註07)。 その後、森首相がプーチン氏と00年4月から01年3月の間に5回に渡る首脳会談を行い、イルクーツク声明(01年3月)発出に至ったのでしたが、それは1956年の日ソ共同宣言(平和条約締結後の色丹島および歯舞群島の引き渡しを規定)と93年の東京宣言(4島の帰属問題を解決して平和条約を締結するとした)を初めて文書で確認したのだったのであり、北方領土問題で間違いなく一つのピークであったでしょう。 続く小泉政権では対米関係が強化される一方、日露関係は一転して前進の機運を失ったのであるものの(註08)、かつてイルクーツク声明に至る重要なステップであった共同経済活動に日本側が今改めて着眼し、「特区」という工夫を加味して発案したのだったのは、決して怪しむに足りないとしてよいでしょう。 さて、安倍さんは昨年5月、ソチでのプーチン氏との首脳会談で、実は北方領土での共同経済活動の「雛型」を提案していた(上述)のだったほか、日露間の課題(北方領土問題を含む平和条約締結交渉および経済協力)について「新たな発想に基づくアプローチで交渉を進める」と宣言。 「新たなアプローチ」とは「複数の日本政府関係者によると…北方四島をめぐる双方の歴史的、法的な主張はいったん脇に置き、ロシアが求める経済協力から双方の関係強化を図り、領土問題の解決につなげる手法だという」(註09)とのとおりロシア側が期待する経済協力がまず先行する格好になっており、安倍さんはプーチン氏に対し8項目からなる経済協力プラン(註10)を提示。 プーチン氏はウラジオストクで開く「東方経済フォーラム」を15年に創始するなどかねてシベリア・極東両地方の開発への関心を高くし、中国との協力を既に進めているものの、折しもロシアは原油価格の暴落(註11)や、クリミア併合(14年3月)とウクライナ東部紛争に対する米欧主導の制裁(註12)に遭って経済の低迷が続いており、その状況は決して捗々しくないとせねばなりません(註13)。 それだけに、プーチン氏自身も「8項目提案」を「良い計画だ」と高く評価し、先月1日にはクレムリンで行った年次教書演説の中で「東方の隣国、日本との関係が質的に前進することを期待している」と述べた(註14)のでしたが、日本からの申し出はロシア側の歓心を得るのに奏効したと言えるでしょう。 事実、日本との経済協力に向けたロシア側の動きは素早く、ソチでの日露首脳会談からまもない同月15日にはロシアで極東開発を担当するトルトネフ副首相が来日して世耕官房副長官や林経産相(いずれも当時)、経団連で日露経済委員長を務める丸紅の朝田照男会長といった政財界の要人と相次いで会談し、日本からの投資の勧誘を本格化(註15)。 翌6月8日からは朝田氏を始めとする経団連日露経済委員会が5年ぶりに訪露、モスクワでドボルコビッチ副首相やウリュカエフ経済発展相(当時)、ガルシカ極東発展相などと会談(註16)するなど両国間の往来が活発化し、昨年9月2〜3日には安倍さんが東方経済フォーラム出席のためウラジオストクを訪れてプーチン氏と会談。 世耕さんとの閣僚級会合でロシア側は「エネルギー分野を中心に60超の事業を提案」、「かなり前のめりだ」とされ(註20)、事実「8項目提案」に基づく具体的な協力案件は一時、バム鉄道(バイカル・アムール鉄道)のサハリンと北海道への延伸(註21)(註22)やエネルギーブリッジ構想(註23)などを含む100件近くにまで上ったものの、世耕さんは「実現可能性」「ロシアの発展」「日本の利益」を判断基準とし、ウリュカエフ氏との会談ではまず日露双方が提案した計68件から30程の優先事業を絞り込み(註24)。 すなわち、ロシアの独立系ガス大手ノバテクが主導するヤマル半島(北極圏)での液化天然ガス(LNG)基地開発には、その工事を請け負っている日本の民間企業に政府系の国際協力銀行(JBIC)が融資を行い(註27)、日本へのLNG輸出拠点となっている「サハリン2」については三井物産、三菱商事両社がその権益の過半を握っているロシア国営の天然ガス大手ガスプロムと新たな製造プラントの建設を合意(註28)。 また、バム鉄道の終点に近く材木や鉱石の集積地となっているワニノ(ハバロフスク地方)の港湾整備も取り上げられ、JBICがロシアの国営大手銀行4行(ズベルバンクなど)を介して港湾運営会社に融資を行い(註29)、丸紅が石炭搬出設備を整備するものとされます。 日露の共同経済活動は現今そのように総じてエネルギーと極東開発の分野を中心にしていると言えますが、ところで、中長期的には北極政策と宇宙開発もそのテーマとなっていくのではないでしょうか。 日本の他には例えば中国も北極圏進出に意欲的で、既に12年には5回目となる北極観測隊を派遣し、初めて北極海航路を通って大西洋と太平洋を横断することに成功しているほか、10億元以上を投じて新しい砕氷船の建造を進めているとされます(註33)。 11年にはアイスランド東北部グリムスタジールで中国の投資家による広大なリゾート計画が浮上(註34)したのであったのに加え、10年には日本で中国政府による新潟市内の小学校跡地買収計画が発覚、それについてはかつて安倍さんが「中国の新潟での拠点確保も北極海をにらんでのこと、と指摘されてい」る旨を紹介(註35)したのでしたが、中国は北極海航路の東西端に当たる新潟とアイスランドで「拠点確保」に動いたのであったと見るべきかもしれません。 さて、昨年5月にはフィンランド(今年からACの議長国)のレーン経済相が来日、「日本との協力が見込める分野として、砕氷船を使った北極圏の調査研究、圏域を航行する船の設計や建造、アジアと欧州間を結ぶデータケーブルの活用などを挙げた」(註36)のでしたが、北極圏の開発についてACから日本に寄せられている期待は小さくないと言ってよいでしょう。 他方、日本の北極圏進出にも圏域諸国の協力が不可欠で、例えば北極海の通航にはロシアの原子力砕氷船をチャーターする必要がありますが、日露の共同経済活動でエネルギー開発が眼目となったことは自ずと、北極政策を両国の協力すべきテーマにいずれ押し上げてゆくのではないでしょうか。 さて、共同経済活動の案件としては、宇宙分野での両国協力も浮上。 すなわち、それはロシアの極東基地を利用した人工衛星の打ち上げや宇宙関連の技術協力を柱とし、世耕さんが11月の訪露で作業部会の設置などを提案する予定であるとされたのでしたが(註37)、既に昨年4月にはプーチン氏がロシアの宇宙開発のパートナーとして「米国、日本、欧州」を列挙。 その中には経済や安全保障の分野でのロシアの最大のパートナーで、プーチン氏が先月1日の年次教書演説(前出)で関係強化を重要視している国として最初に挙げた中国(註38)が含まれていないのが注意を引きますが、「宇宙強国建設」を掲げる中国は独自の宇宙開発を進めていて昨年9月15日には実験室「天宮2号」、翌10月17日には有人宇宙船「神舟11号」の打ち上げにいずれも成功、「宇宙で「2強」の米ロの背中が見えてきたとの自信もある」とされ、22年には独自の宇宙ステーションを完成させる構想であるとされます(註39)。 今やGPSなど宇宙空間を利用した技術が世界規模で欠かせないものとなり、「宇宙空間の支配力を強めることは将来の国益の要になる」のであるというなか、中国は既に07年、地上から打ち上げた弾道ミサイルで人工衛星を破壊する実験にも成功していて、それを軍事応用すれば「米軍の作戦遂行に欠かせないGPS衛星などを狙う兵器の開発につながる」というように宇宙空間での「安全保障上の脅威」を強めつつある状況で、15年11月に表明した軍の大規模改革(従来の「7軍区」を「4戦区」に改編するなど)では「宇宙部隊」の新設を計画(註40)。 また、米露日欧など15ヵ国が利用している国際宇宙ステーション(ISS)が「24年までの運用しか決まっていない」というなか、仮に中国が唯一の宇宙ステーションを有することになればそれは「中国の外交カードにもなり得る」ことも指摘されます。 日本では08年5月(福田内閣)に宇宙基本法が制定され、同8月(同改造内閣)から内閣に首相を本部長とする宇宙開発戦略本部が、12年7月(野田第2次改造内閣)から宇宙政策担当の内閣府特命担当相(民主党政権では国家戦略担当相、自民党政権では沖縄・北方担当相が兼務しており現任は鶴保沖縄・北方担当相)が置かれているほか、自民党の政調傘下の「宇宙・海洋開発特別委員会」では河村元官房長官が委員長、西村総裁特別補佐が幹事長、木原国対副委員長が事務局長を担当。 現状、例えば昨年11月9日には宇宙ビジネス拡大を促す宇宙活動法と人工衛星の観測データの取り扱いを規制する衛星リモートセンシング法(リモセン法)が成立(註41)し、先月1日には内閣府の宇宙政策委員会が国の宇宙基本計画を具体的に進めていく道筋を示す工程表を改訂して、宇宙の産業利用や資源開発へ向けた取り組みの強化などを盛り込んだ(註42)のだったように、平和利用が中心。 しかし、宇宙空間は今や陸海空およびサイバー空間とともに新たな戦場と位置づけられるようになっているのであり、日本でも今後、宇宙開発は安全保障分野に比重していくことになるのではないでしょうか(註43)。 宇宙空間の軍事利用を進める中国による「安全保障上の脅威」は日本にも当然無関係ではないものの、しかし国際社会では「警戒するばかりではない」といい、30年代の火星有人探査を目指している米航空宇宙局(NASA)のボールデン長官は「中国とのあらゆる連携が国際社会の利益になる」とし、昨年9月に中国で行われたオバマ大統領と習国家主席の首脳会談でも米中両国の「宇宙分野での対話と連携の強化が盛り込まれた」とのこと(註44)。 宇宙開発に関する中国を含む各国の連携が拡大・多角化していく方向にあるとすれば、日本が米国はもちろん、米国と「2強」をなすロシアと協力するようになることも十分にあり得るのでしょう。 ところで、宇宙開発分野ではインドが「独自の宇宙技術」を持っていて、これまで20ヵ国から計57機の衛星打ち上げを請け負い(昨年3月末時点)、14年には火星探査機を打ち上げているのですが、インドは近年、ベトナムとの連携を多面的に強化(註45)。 すなわち、インドはホーチミン(ベトナム南部)とその近郊に、建設費と5年間の運営費約2200万㌦を負担して衛星データの処理センターと送受信センターをそれぞれ建設、ASEANと共同運営し、データを各国に提供するというのですが、それは両国が「連携して中国を牽制する意図があるとみられる」とのこと。 インドにとって、約3000㌔の未確定の国境問題を係争し、海軍の最重要区域と位置づけるインド洋で海洋安全保障戦略「真珠の首飾り」を展開する中国は潜在的な脅威となっている一方、南シナ海でパラセル諸島の領有権を中国と争っているベトナムとは哨戒艦供給などで安全保障関係を深めているほか、ベトナム沖に有する石油権益「127」「128」両鉱区を共同開発しているのであり、両国の協力関係はそうした海洋安全保障分野から宇宙分野にまで発展した格好であると言えるでしょうか。 日本にとっても折しも先月25日、中国海軍の空母「遼寧」が初めて宮古海峡を通過して西太平洋に進出し対中脅威が一層高まったのでしたが、海洋安全保障について印越と連係し合同演習や艦船供給を行っている日本が、宇宙開発についても両国と協力するようになることのハードルは決して高くはないはずでしょう。 ■日露両国関係に陰に陽に影響するのは、米国の存在であると言わねばなりません。 安倍さんが昨年4月6日、来日していたウクライナのポロシェンコ大統領と会談したのは翌5月のソチでのプーチン氏との首脳会談に否定的なオバマ氏の諒解を事前に得ようと努めたものであったし、また、共同経済活動を行うのにも米欧主導の対露経済制裁が大きなハードルとなっており、ために例えば上述のヤマル半島でのLNG基地開発やワニノの港湾整備でJBICが融資するのをあくまで日本企業や制裁対象外のロシアの国営銀行とする「奇策」が用いられたり、日本の3メガバンクのうち三井住友、みずほ両行がガスプロム社(サハリン2)への協調融資を決めたのに対しその中で米国での事業が最大の三菱東京UFJ銀行は「米当局ににらまれるのを避けたとみられ」、参加を見送り(註47)。 千島列島では昨年5月、中部に位置するマトゥア島に太平洋艦隊の基地を建設する方針(註50)を発表したのに続き、昨年11月22日には国後島に地対艦ミサイル「バル」、択捉島に同「バスチオン」の配備を完了(註51)。 然るに、米国のトランプ次期大統領はオバマ氏と比してロシアに対しかねて融和的で、例えば次期国務長官にプーチン氏の友人であるという石油大手エクソンモービル社のティラーソン前会長(註52)を指名する方針ですが、一方、プーチン氏も昨年11月30日に講演で米国大統領選でのトランプ氏の勝利について「ロ米関係改善のチャンスが生まれると信じたい」(註53)と述べて歓迎していたように、悪化基調だった米露関係は小康することになるのでしょう。 トランプ次期政権では国家安全保障担当の大統領補佐官に陸軍(中将)出身のフリン元国防情報局長官、国防長官には海兵隊(大将)出身のマティス元中央軍司令官(“mad dog”)が起用されることから中近東政策(「テロとの戦い」)で強攻策が進められる見通しですが、シリア問題に軍事介入しているロシアもまたISやシリア征服戦線(かつてのヌスラ戦線)の掃討に乗り出しているのであり(註54)、米露両国はISなどに対するテロ対策での分野で協力関係を積み上げていくことになるのでしょうか(註55)。 ところで、第2期政権で対露関係の前進に腐心してきた安倍さんは日本の外交機軸である対米関係を飛躍的に強化してきたのでもあり、15年4月には日米ガイドラインを18年ぶりに改定して「日米同盟のグローバルな性質」を強調するとともに、米軍と自衛隊が平時から有事まで「シームレス」に協調することを確認、その翌日には米議会上下両院合同会議で日本の首相として初めて演説(「希望の同盟へ」)する栄誉に浴し、同9月には平和安全法制を成立させて日米同盟関係の双務性を向上。 そうした日米同盟の強化策と一連の対露外交とを体系すれば、ここにすなわち、安倍さんは外交構想として対米関係と対露関係の両立を目指していると言えるでしょうか。 シリア問題で米露関係が緊迫し、日本が難しい立場に置かれることになった13年9月、プーチン氏は安倍さんとの首脳会談(サンクトペテルブルク)で「日米の特別な同盟関係は知っている。安倍さんがどういう判断をしても日ロ関係には影響を与えない」と語りかけ、安倍さんはそれを受けて「プーチン氏には日米同盟に一定の理解があると受け止めた」のだったといいますが(註57)、それは安倍さんをしてその意を大いに強くさせたのではなかったでしょうか。 思えば、昨年5月23日の記事(註58)で指摘したように日本にとって対露外交は長く常に、日米同盟や日英同盟といった「表」に対する「裏」であったのでしたが(註59)、対米関係と対露関係を抵梧しないものとして両立できるようになるとすれば、それは日本外交史上のパラダイム・チェンジにほかならないと言うべきでしょう。 年明け早々に見られたその2つの動きには、対米関係と対露関係を両立させようという外交構想を見て取ってよかったのではないでしょうか。 対露関係を対米関係と矛盾しないものとする前提は米露関係が良好であることですが、そのハードルは、米国の政権交代により今と比せば一定程度にはクリアーされるものと言ってよいでしょう。 もちろん、それは北方領土問題が進展しなかったという弊害をもたらしたのでもあったのでしたが、日本が対米関係と対露関係を両立しようとするのには好都合であるでしょう。 昨年5月23日の記事(註58)でも紹介したように外務省の白石和子北極担当大使は15年10月、ワシントンで講演して北極政策について今後の日米協力の「柱」と位置づけたと同時に、米露も対立を棚上げして取り組むべきことを訴えたのでしたが、先にも述べた北極政策は、米露関係の安定が日本の利益となるケースの一つでもあると言えるでしょうか。
かつて「日米同盟に一定の理解がある」ようにも窺われ(先述)、昨年9月5日の時点でもまだ「ウクライナ問題が日ロ関係に与える影響について「影響はない」」としていたプーチン氏も今や、「日本が(米国との)同盟で負う義務の枠組みの中で、どの程度ロシアとの合意を実現できるのか見極めなくてはならない」「日本は独自に物事を決められるのだろうか」と日本の米国との同盟関係そのものを問題視するような姿勢に後退(註62)しているのも高いハードルであるとせざるを得ませんが、そもそもロシアは、日本がいかに対露外交のためとはいえ米国との同盟関係を犠牲にするなどとは殆ど考えていないのではないでしょうか。 そうだとすれば、ロシアは日米同盟関係(北方領土への米軍基地設置の可能性)を、プーチン訪日を翌月に控えて領土問題で強硬姿勢に回帰するための口実に利用したのだったかもしれません。 露印関係は、防衛と原子力の分野で特に深化。 すなわち昨年10月にはプーチン氏が訪印した際、インド南部で建設されるロシア製原子炉の起工式に、ビデオ会議方式を使ってモディ首相と揃って立ち会ったのは両国の原子力分野での協力をよく印象づけたと言えるでしょう(註63)(註64)。 インドへの原発輸出にはインフラ輸出をアベノミクス(成長戦略)の主眼とする日本も積極的で、昨年11月10〜12日にはモディ氏が来日、日印原子力協定(15年11月11〜13日にかけて安倍さんが訪印した際に原則合意されていたもの)がついに締結されることになったのでしたが、ベトナム南東部のニントアンの原発建設計画では第1原発(2基)をロシア、第2原発(2基)を日本が請け負うことになったのだったのでもあり(註65)、原子力の分野では日露両国は競合することになり、インドもその舞台となると考えられるでしょうか。 さて、一方の防衛分野で露印は既に合同演習を定例化しているのに加えて、プーチン氏が昨年10月の訪印でモディ氏と会談し、「世界でも有数の性能とされる」ロシアの最新鋭防空ミサイルシステム「S-400」のインドへの輸出や、ロシアがインド海軍のフリゲート艦を生産することなどを合意(註63)。 前述の通りインドはインド洋での海上安全保障や国境問題ゆえに中国を最大の脅威とし、南シナ海問題では中国と対立するベトナムを支援していますが、ロシアはむしろ逆で、中国を安全保障面で最大の友邦とし、南シナ海問題でもその主張を支持。 そのロシアが、(親中反印のパキスタンと昨年9月24日から10月10日にかけて初めて合同軍事演習を行うという微調整をしつつ)中国を南方から牽制する格好のインドと防衛分野で連携を深化しているのは撞着しているようで大いに興味深いと言えますが、それはロシアが中国への過度な傾斜を避け、中国に対するフェイントを講じるのを忘れていないというのにほかならないでしょう。 思えばロシアには極東やサハリンでの日本との経済協力についても、先端技術を導入して製造業などを育成することにより、資源関連を中心に協力事業を先行させている中国を相対化して「中国依存を転換」する狙いがあるとされるのですが(註66)、そうだとすれば、ロシアにとって日本とインドとは対中関係というコンテクストで殆ど同じ役割を期待されていると言えるでしょうか。 「日印新時代」を謳い「自由で開かれたインド太平洋戦略」を掲げる安倍さんにとってもとよりインドは外交構想の中で最も重要なキャストの一角に位置づけられており、日本はインドと安全保障や原子力の分野で連携しているほかに、ともにベトナムを支援(既述)しているという点では対中ストラテジーも多分に一致させていると言えますが、日本とロシアがともに中国へのフェイントというニュアンスで対印関係を深めているとすれば、日露印という枠組みが将来的に浮上することもあるいはあり得るのかもしれません。 ときに、上述のような現代の露中印関係は言わば、19世紀末にドイツの帝国宰相ビスマルクが講じたロシア対策に似ていると言えるでしょうか。 ロシアを牽制する内容のその協定は実は、半年前にロシアに好意を示したはずのビスマルクの工作による産物(註67)であったのですが、これを現代の露中印関係に当てはめるならかつてのドイツ(ビスマルク)が今のロシア、かつてのロシアが中国、墺英伊がインドということになるでしょう。 表裏があって不信感の絶えなかったかつての独露関係はビスマルクの失脚後、再保障条約が失効(1890)、ドイツの積極的な近東政策(いわゆる「3B政策」)などにより徐々に離間してゆき、ついに第1次世界大戦(1914〜18)で激突することになったのでしたが、その例を挙げるまでもなく、現代の露中関係も決して真に「友好的」なものではないとすべきなのでしょう。 対米関係の良好な日印にとり中国を意識してロシアとの提携を急ぐ必要性は今のところそうは高くないものの、逆に米国やNATOやEUと一定の緊張基調にあって外交的な選択肢の狭まっているロシアは、今後の対中関係の展開によっては日印との接近を構想することもあり得るのでしょう。 (R) ▼安倍晋三事務所携帯版HP http://www.s-abe.jp/ ▼註 (以上12,586字)
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