マレーシアから見たセドナ

2016年6月30日をもちまして本ブログは終了となりました!3年間応援いただき、本当にありがとうございました♪

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はやいもので、本日、5日目となります、『マレーシアから見たセドナ・オンラインイベント』ですが、残す所約11回のエントリーとなります。また、毎日、多くのアクセスをいただき、本当にありがとうございます♪

今回もPIPであったり、年末イベントであったり、アナログゲーム会であったりと、一番楽しかったイベントから、アンディーメンテで忘れられないあの時orあの人まで、多くのアンディーメンテファンの方の興味深い体験談を語っていただいております♪

アンディーメンテの好きな方であれば、非常に興味深く感じられる記事かと思いますので、是非ともお立ち寄りください!


本日の記事投稿者様は、以下の3名の方となっております!!

1:  ぶり様
2:  ボンボンバー
3:  緑のケムリ



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1: ぶり様


1.私とアンディーメンテ

アンディーメンテと出会ったことでいろんなことを知りました。
圧縮されたファイルを解凍すること。バージョンアップをするためにファイルを上書きすること。それに失敗したときにとてつもない衝撃を受けること。
サイトに通うこと。ブログを見ること。MIDIで曲を作ること。録音したインターネットラジオを良い感じにトラックにわけて編集すること。
同人誌を出すこと。イベントに行くために上京すること。そのためのバスの切符を買うこと。宿を探して予約すること。
夜中に一人、暗い部屋の中でずっと、光る画面を見つめてゲームをすること。

アンディーメンテと出会っていなかったら、今の自分がどうなっていたのかさっぱりわかりません。


2.アンディーメンテで一番楽しかったイベントの思い出

楽しかったイベントがたくさんあって、一番!と選ぶのがなかなか難しいです。
年末に行われるイベントが大好きです。一年間の振り返りをしながら、いろんな人たちのいろんな作品を見たり、クイズをしたり……。
それらを見ると、今年もアンディーメンテと一緒に過ごしたなあ、という気持ちになります。
そして、また新しい年もアンディーメンテと一緒に過ごしていきたいなあ、という気持ちになります。


3.アンディーメンテで忘れられないあの時

コロンのハコをプレイしたときのことと、2010年10月10日に行われたプチオンリーのことがとても心に残っています。
コロンのハコは、ゲーム画面内にたくさんの人がいて、
プチオンリーでもたくさんの人がいて、
当時周りにアンディーメンテのことを知っている人がいなかった自分が、
この人たちがみんなアンディーメンテのことを知っている人なんだ!
と、感動した瞬間は今でも忘れられません。


アンディーメンテと出会えてよかったな、と思います。
アンディーメンテ、ありがとうございます。
そして、この機会をくださった緑のエメラルドさん、ありがとうございます。


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2: ボンボンバー様


ボンボンバーです

1.私とアンディーメンテ

脳みそ。私、アンディーメンテのイメージは70%はフリーゲームサークル、20%が「アンディーメンテ」と検索する途中で出てくる検索候補の「アンディーウォーホル」って何?と気になっているのになかなか調べようとしない自分、7%の確率で「RS2」出ないかなと。
アンディーメンテは深いです。先週よりも。ゲーム、動画、活字、音楽、グッズ、ネット、全てを追いかけても把握できへん、アカン。

2.アンディーメンテで一番楽しかったイベントの思い出

アナログゲーム会です、不安でしたがいろいろな方とお話ししながらゲームができてよかったです。ただ主催のフジモトさんに迷惑かけてしまった><
PIPは楽しさがオーバーフローして僕の心臓が吹っ飛びました。はなまめさんが頼もしかった気がします。あと、僕の心臓の心配はやめてくださいね。心配停止ってね

3.アンディーメンテで忘れられないあの時orあの人

私は高校の校長先生にうっかりタメ口で話しかけてしまうぐらい非常識な人間なので素が出ないよう気を付けていましたが、名前は出しませんが某蛇山蛇六さんに「ちょっと何言ってるかわかんないです」とトンデモナイこと面と向かって言ってしまったので反省してます。夜しか眠れませんしご飯も2杯しか喉を通りません。

残りの3%はこの記事を読んでいるあなたです。


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3: 緑のケムリ様


まずは、最初の事

あっ、始めに断っておくよ
ここからおっさんのAM成分薄めな写真も無い文字ばっかりの昔話なので読むのが面倒な人は適当に流してね。
こんな投稿でエメたん本当にごめんなさい。
それでは始まりまーす。


ブロードバンドがすごいとか(どうすごいかは解っていない)Yahoo!が街頭でモデム配っていたり、まだまだCRTモニタが全盛だった頃の話

その時私は専門学生だった。通うのはゲームクリエイター養成学校である。もちろん周囲の大人達からは猛反対を受けた。親を説き伏せるのに何度か言い争いをして何度か泣いた。
そうして通い始めた学校は文部省の認可学校ではなく世間的には塾という扱いで、実際に授業が始まってみるとそれまでまともにパソコンに触ったことの無い私には解らない事だらけだ。C言語、PhotoShop、アルゴリズム、そもそも点描画された絵をドット絵と呼ぶことも知らなかったし、家にパソコン自体がなかった。インターネット環境なんて未来の話、しかしどんなに解らなくても時間だけは規則正しく過ぎていく、二ヶ月くらい過ぎて近場の席の数人とは仲良くなれてそれなりに話したり出来るようになった、少しずつ解らない事が解るようになってきた頃それは訪れた。

最初のプログラミングの課題『C言語で逆ポーランド電卓を作る』

それまで都合よく流して受けてきた授業の曖昧になっていた解らない部分が一斉に牙をむく、それから毎日居残りして解らない部分と教室の端しっこで格闘した。どんなにやっても変数とか配列とかの辺りでどうにもつまずく、周囲を見ると何人か残留している人がいる。
周りの人達にそれとなく探りを入れてみる「プログラムの課題できた?」いや、かなり直球だった。すると一人はとっくに終わって追加機能を盛り込んでいる。(うげぇ、レベルが違う)

もう一人は何かが上手くいかないと言っているがチンプンカンプン、だってこっちは何が解らないかが解らない。
後ろの席に座っているもう一人はまだ手を付けていないらしい。何だこの人?余裕だなぁと思ってその人のモニタに目をやると、なんとも見慣れないウィンドウが開いている。ウィンドウの左上には絵が出ていてその右隣にはボタンが縦に並んでいる。何だかひどく楽しそうでモニタを指差し「それ、なーに?」と聞くと『フリーゲーム』と当然のように返ってきたけど何の事か分からなかった。ただそういうゲームがあるんだなとしか感じなかった。その時はまめたんがガラテアやってるなんて知るよしもなかった。

それから少したって一年目の成績は中の下、そりゃそうだ毎日居残りはしていたものの学校内のネットワーク環境を使って後ろの席の友達とsnesで桃鉄をやってれば成績なんて良い訳がない、でも毎日遊ぶ友人が二人出来た。その一人がまめたんだった。普段は残留時間いっぱいいっぱいまで教室で遊んでたまに勉強、週末はもう一人の友人の家に泊まり込んで遊んだ、何度かまめたんの寮にも遊びに行った。

パソコンはなんとか手に入れたものの未だにインターネット環境の無い私はまめたんの寮に遊びに行った時に学校でやってたフリーゲームをポータブルハードディスクにダウンロードしてもらった。
家に帰った私は一目散にパソコンを起動してポータブルハードディスクをつなぎローカルディスクにコピーした。
コピーしたandyという名前のフォルダの中には沢山のゲームが入っていた。まめたんがやってたやつが分からない、目測でフォルダを開いて遊んでみる『左右伝説』『自給自足』『あの世』これら以外にも沢山あった。
ハンバーガーにストローさしちゃったり、一生懸命リンゴを拾ったり、来るはずの無いメールを待ってみたり、どのゲームにもしっかりBGMとSEがついていて全て一人で作っていると思うと「すごい!」しか出てこなかった。ゲームを作るための学校に通っている私としてはとても神々しかった。

また少したっていよいよ就職活動にインターネットが必要になって(とか言っても殆ど使わなかったけどねw)我が家にもインターネットが開通した。
ついに自分でアバタエクボを見に行けるようになった訳だ。もちろんオフ会への参加申請もできる。新しいアンディーメンテのゲームだってダウンロードし放題だ。
ある時みんなで缶ケリ大会しようというオフ会の告知があった勇気を出して参加してみたけど浮き足立っちゃって缶ケリ大会で何をしたのかはよく覚えていないのが正直なところ。
ただそれなりの人数でカラオケボックスに行って全員で牛乳を頼むなかじすさんがコーラを頼んでいたのは覚えてるw
初めて会ういろんな人、遠方から来る人、年上の人、年下の人、名前なんて殆ど覚えられなかった。
共通して言えるのはみんなアンディーメンテが大好きなこと、ゲームのストーリーやキャラクターをみんな把握していてその話で盛り上がっていた。殆ど何も頭に入っていない私はその話を聞いていることしかできなかったけど凄くすごく楽しかった。

そのあともPIP(初めてエメたんに会った第一声は『ファインジョブの人ですか?』平和島駅前にて)や運動会(水没!)にライブ、海やプール、としまえんにも行った。その度にくたくたになるまで遊んでそれでも帰りたくなくて、でも帰らなければならなくて、帰りの電車では寂しくていつも脱け殻みたいになってた。

こんなことを企画して実行するじすさんて一体何者なんだ?(本当にバーナード星人なんだと思う)
そして今あの頃からしばらく時間が経って就職して全うに働いて社会人として生きている。
この前のPIPがあって最近ライブがあって感じたのは馴染みの顔があってすごく懐かしくて嬉しかったのと新しい顔があって新たな広がりが出来ていること、でも初めて参加したオフ会から変わらない楽しさがずっとあり続ける事、今では少し我慢できるようになったから「みんな、またねー」って一人帰れるようになったけど別れの気持ちは変わらない。

おしまい。


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以上が本日の記事となります!!
明日以降もいただいた記事の順に掲載させて頂きますので、
是非とも足を御運びいただければ幸いに存じます。

緑のエメラルド

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本日、歩みを進めて4日目となります、『マレーシアから見たセドナ・オンラインイベント』ですが、今回も私自身の知らない時代の事だったり、全く違う視点だったりと非常に興味深い記事をいただいております!
非常に昔?この事であったり、詩が入っていたり、イラストをいただいたりと、やはり色々なファンの方からいただく記事は読んでいて楽しいです♪

アンディーメンテの好きな方であれば、非常に興味深く感じられる記事かと思いますので、是非ともお立ち寄りください!


本日の記事投稿者様は、以下の3名の方となっております!!

1:  二日様
2:  消極
3:  マロウ



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1: 二日様


1.私とアンディーメンテ

アンディーメンテの存在を知ったのは恐らく15年ほど前でしょうか。そこから数年後、HPでの交流の後はじめてのオフ会に参加したのが約10年前です。そもそもの、ある時期までAMファンとの交流はほぼしていなかったのです。むしろ当時やっていたサイトでは、好きすぎてAMの存在を内緒にしておいた程です。では何故、交流を始めたのか。あばたえくぼにある日現れたFlash。ピンクの画面。そう、キューティーライダーです。まさに一瞬にして心を奪われました。もう隠しておけない、誰かと話したい。それがきっかけです。あの時私は宇宙一のキューティーライダー好きだったことでしょう。はじめてのコスプレも、何を隠そうキューティーでした。あれ以来、ピンクが大好きになってしまったんです。

はじめてのオフをきっかけに、じすさんをはじめゲーム内に登場する面々と会えたのはとても貴重なできごとでした。特に本物のナイト福良さんに会えたのは本当にラッキーだったのではと思います。
その後、ほぼ毎週開かれるまでになったオフ会の中で、メンバーによる部活動の乱立というのがありました。メインどころで「音ゲー部」「プチブライス部」「アナログゲーム部」。
と言ってもメンバーはいつもお決まりで、集まる場所も高田馬場のゲームセンタか上野のパセラ。それでも部活動という形での活動は非日常的で、いつも事件が起きては反省しないの繰り返しだったように思います。
パセラに行って人狼をやって、ゲームセンタでオシャレ魔女ラブ&ベリーをやって、ポップンミュージックをやって。疲れ果ててたどり着いたファミレスから数々の珍用語が生まれたりもしました。サンダイバーなんて、懐かしくないですか?


2.アンディーメンテで一番楽しかったイベントの思い出

まさに10年前の2006年GW直前。私はふいに旅行がしたくなったのです。思い立ったが吉日、ということでいつものメンバーを募り向かったのが「かもめちゃん」です。
未だにかもめちゃん旅行が続いているというのを先日知り、とてもびっくりしています。まだかもめちゃんあったんだ、と。
その時の一番印象深いできごとは、やはり夜の海です。
街灯もなく、人も全くいない夜の中、目に入るのは圧倒的な海の大きさと轟音のような波。
それを目の当たりにしたポーンさんが徐に海に背を向け、

「海を否定する!!!!」

と叫んだ時は、この人は何を言っているんだ?!というか何が起こっているんだ?!と。
その後じすさんにそっくりな「うんちマン」なるものが現れ、轟音にかき消されながら「うんちうんち」と叫びながら夜の浜辺を駆け回るさまは、まさに非現実的でした。多分あそこは地球ではなかったのでしょう。
最終的に「宇宙人を呼ぼう」という話になり、みんなで輪になって延々と「あーーーー」と空に向かって叫んだのは本当にいい思い出です。一体何をやってるんでしょう。あのノリ、なんだったんでしょう。もはや取り憑かれていた疑惑です。


3.アンディーメンテで忘れられないあの時orあの人

AMオフで事件が起こらなかったことってあったでしょうか。という位、毎回誰かしらが何かしらをやらかす訳です。自分も含めて。
水に落ちる、あたりは鉄板ですね。ちなみに私の中の水落ちナンバーワンはソードさんです(ごめんなさい)。自分の大事なブライスをジンジャーエールの中に落としたこともあります。泣きました。
元日の上野公園で鬼ごっこをするという訳の分からないことをしていた挙句、バナナの皮を踏んで転ぶという、もはや定番ネタだけど現実には聞いたこともないことをやった人もいました。急にズルっと転んだ彼女の足元に、少し乾いたバナナの皮を見たあの瞬間は未だに鮮明に思い出せます。恐らくもう一生バナナの皮で転ぶ人を見る機会はないと思います。一生に一度というのはあの瞬間を言うのでしょう。
あと忘れられないのは謎の男の子です。記念すべき第1回目のPIPの最中、ビデオカメラを回しながら遊んでいたのですが、よく謎の男の子が映り込んでいる。……幽霊?いや、かなり健康的な小太りの。しかもでっかい長い木の棒を持って。
大量の大人たちが公園中を走り回って探索して、謎のカードを手に「デュエル!」なんてやっているのを見て気になって仕方なかったのでしょう。ずうっとどこかしらに付いて回って「仲間にして欲しそうにこちらを見ている」状態でした。彼がいつかPIPに現れたら相当に面白いのですが。その時は華麗な水落ちを決めて欲しいものです。

懐かしさの中から、今はもうじすさんを「おじいちゃん」呼びする人はいないだろうと思ってあえてじすさんと書きましたが、私は今後もしつこく「おじいちゃん」と呼ぼうと思います。そもそも何でおじいちゃんになったんでしたっけ。誰か覚えてる人は、教えてください。


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2: 消極様


1.私とアンディーメンテ

確か、アンディーメンテを知ったのは、母の実家に引っ越してきた2004年、高校1年生の夏か秋頃でした。実家にはおじが使っていたウィンドウズ98が電話回線でネットに接続されている状態で置いてあり、元いた中学校ではパソコンでインターネットを使った授業をやっていたため、すぐに使えるようになりました。私はまず、フリーゲームをダウンロードするため、ヤフー検索から「ベクターゲームズ」のサイトに辿り着きました。

私が、フリーゲームというものを知っているのは、引っ越しよりも昔、小学校の頃にフリーゲームをインストールしたmacを持っていた友達の家で何度も遊んでいたためです。当時はスーファミ、ニンテンドー64で遊んでいた時代、ゲームはそう簡単に手に入るものではありませんでした。そんな環境の中、無料でゲームができるということは天地がひっくり返るようなことでした。高校生のときもお金がないのは同じだったので、私はまずフリーゲームを探したのです。

ベクターゲームズでは、ゲームのジャンルごとにページが分かれていて、人気順や新着順にゲームが表示されるようになっています。私はなんとなく眺めていました。すると「アンディーメンテ作品」という文字列が目に入ってきました。私は「アンディー・メンテさんか、フランスの人かな」と勘違いしていました。これが、私のアンディーメンテとの出会いでした。

一番最初にやったゲームはもう覚えていませんが、「そつぎょう」が1番古い記憶にあります。卒業式で校長先生や、来賓の方たちを魔法や起立を駆使して倒して、卒業証書を受け取るゲームです。絵もひどいし、キャラクターも殆ど動きません。何だこのゲームは!!と思いながらプレイしていました。しかし、ゲームオーバーになりながらも敵を倒し、卒業生の答辞の場面、流れてくるBGMと女生徒が涙をながすシーンで、いつも遊んでいるゲームでは味わうことのない感情が湧き上がり、気が付くと二回目の卒業式をプレイしていました。アンディーメンテのゲームには魔力があるな、とあの時を振り返ってみると感じました。

引っ越してからの高校生活に馴染めなかった私は、昼休みは図書室にこもり、帰宅してからは友達とも遊ばずに、パソコンでゲームやエロ画像を見ていました。思い返すたびに「ひどい高校生活だ」という感想しか出てきませんが、あの時自分はアンディーメンテのゲームに救われたと思っています。「ミサ」、「ライヂング★スターシリーズ」をはじめとする、壮大な宇宙や次元を超えたストーリー、かわいい猫やツリ目がかわいいキャラクター、想像力を刺激する技やアイテム、増え続けるレベルや熟練度、より難しいダンジョン、BGM、これらはくだらない高校生活よりも遥かに魅力的でした。キャラクターといえば「わんこ」は本当に衝撃的でした。犬になりたい男の子が主人公で、男なのにめっちゃかわいい!!どうしよう!って感じになりました。あと、アンディーメンテのゲームは音楽が本当にすごいと思います。特に「スターダンス」はストーリーの壮大さと、音楽のシンクロ具合がとても好きです。

そして、私が大学生になってからは「コロンのハコ」や「彼女の見るSKY」などのオンラインゲームが登場しました。また、その頃には家に新しいPCとネット回線が導入されたため、のびのびとこれらのゲームを遊ぶことが出来ました。
アンディーメンテのオンラインゲームで特に印象に残っているのが「電子海のはなし」です。「電子海のはなし」は本当に初期のベータ版、画面が真っ暗で何もない状態からプレイしていました。「電子海のはなし」で印象に残っている出来事は、このゲームが当初運営するため利用していたレンタルサーバーのデータの転送量が多くなりすぎたため、ゲームのデータがレンタルサーバーの会社に消されてしまったことと、このゲームの主、ポセイドンがサーバー構築を勉強してアンディーメンテサーバーを作成なされて見事に復活したことに感動し、印象に残っています。この「電子海のはなし」というゲームには様々なパラメーターがあります、とあるverup後には敵の攻撃などでそれらが減少、弱体する状態異常が付くようになりました。ここだけの話、実装される前に2ちゃんねるのアンディーメンテのスレッドに「状態異常とかあったら面白そう」という書き込みをしたことがあり、それが反映されていたかはわかりませんが、少しゲームに関われたような気がして嬉しかったです。

また、ニコニコ動画の生放送を使った配信やクイズ大会、AM音楽の放送も近年では印象に残っています。特に、AM音楽の配信では、なぜがMPやLVの概念があり、特定のコメントを打つことでエフェクトなどを出せるのが、とても面白いと感じました。アンディーメンテには遊び心というか、楽しませようとしてくれるところが、変わらずにあるんだと思います。自分よりも昔からアンディーメンテのゲームをプレイしている方は、オンラインゲームだったりニコニコ動画だったりの変化をどう感じているのか気になります。他の記事が楽しみです。

自分は子供の頃にゲームをやって、ゲームを作る仕事がしたいなと思っていましたが、いつの間にか挫折して忘れてしまいました。実際、この「アンディーメンテと私」を書くにあたっていろいろ思い出すまでは、自分の夢がゲームクリエイターということを忘れていました。今では、漫画をメインに描いていますが、アンディーメンテのゲームに及ばずとも、へんてこなゲームを作って公開したいなーと、この記事を書いている間に思いました。
そして未来には、アンディーメンテが宇宙進出しているといいな、そんな願いを抱きながら、アンディーメンテへの感謝の気持ちを込めた詩でこの記事を締めくくりたいと思います。


「ありがとうアンディーメンテ」 作・消極
 
ありがとうじすさん ありがとうアンディーメンテに関わった人々
星のきらめきは宇宙が終わっても消えないぜ
クリックするたび進むぜ天文単位 クリックする旅宇宙自由自在
「アールエスに出てくるナナのおしっこってアイテムの説明がしろっぽいってどういう意味なの?」
「スティックパン食いてぇ」
「これAVOUTじゃなくてABOUTだよね!?」
「データのバックアップはちゃんと取っておけよ!」
「レアアイテムだ!うれしー!あっ、秘宝の宝箱スルーしたあああ!!」

あの日の記憶もこれからの記録も全部全部必要なものだった
誤字脱字は勇気の支え
アンディーメンテ!アンディーメンテ!アンディーメンテ!アンディーメンテ!

ありがとうじすさん ありがとうアンディーメンテに関わった人々
星のきらめきは宇宙が終わっても消えないぜ
クリックするたび放つぜビンタ クリックするたび増やすぜARK

ありがとうじすさん ありがとうアンディーメンテに関わった人々
アンディーメンテフォーエバー!ちゅどーん!

ありがとうございました


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3: マロウ様

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以上が本日の記事となります!!
明日以降もいただいた記事の順に掲載させて頂きますので、
是非とも足を御運びいただければ幸いに存じます。

緑のエメラルド

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本日、3日目となります、『マレーシアから見たセドナ・オンラインイベント』ですが、今回も非常に興味深い記事をいただいております。
特にそろえたと言うわけではなく、投稿をいただいた順にアップロードさせて頂いておりますが、今日は特に昔からアンディーメンテファンをされている3人の方の記事になってしまいました!私も知らない頃の話がたくさん飛び出していて非常に面白いです!

本日もアンディーメンテの好きな方であれば、非常に興味深く感じられる記事かと思いますので、是非ともお立ち寄りください♪


本日の記事投稿者様は、以下の3名の方となっております!!

1:  R 様
2:  VeNE 
3:  きまぐれ翠



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1: R 様

こんにちは、Rと申します。アンディーメンテが好きです。古くはミラーサイトの人、近年ではデュエリスト(SISTERプレイヤー)です。この度、緑のエメラルド様のオンラインイベントにおじゃますることとなりました。よろしくお願いします。


1.私とアンディーメンテ

AMとの初めての出会いはVectorです。
もう少し背景を申し上げますと、私の家ではテレビゲーム、携帯ゲーム等禁止されていました。本当は遊びたくてしょうがなかったです。Win95発売を機に家にPCが導入され、インターネットを始めて、すぐにフリーゲームの存在を知りました。なぜかPCゲームは禁止されなかったので、色々と探して遊んでいました。そんな中でVectorに通うようになります。

2000年か2001年頃の事です。
ゲーム/その他 のページを見に行くと、人気順の上の方に『Pain』シリーズがありました。説明文を読んで、なんじゃこりゃと思ってDLして遊びました。印象は、つり目、そして????でした。気になってシリーズの3まで遊び、他にもなんとなく気になった『お休み、また明日』も遊びました。グーグーいいですね、かわいくてメッセージがとても優しい。何度もクリックして遊んだことを覚えています。
しかしながら、アンディー・メンテというサークル名はあまり意識していませんでした。多分……なにぶん昔のことで、記憶に自信がありません。ただし、ゲームのタイトルと内容はとても印象的でした。強烈な個性があり衝撃的でした。ここでファーストコンタクトはおしまいです。AMファンによくある、離れて戻ってという道をたどっています。

二度目の出会いは、2003年頃。『怪盗プリンス』が出る前です。
相変わらずゲームを求めてネットをうろうろしていた私は、とあるサイトでAMの二次創作を見かけました。最初は何なのか分からなかったのですが、アンディー・メンテってなんか見憶えがあるな………………あっ、あのゲームのサークルだ!!!と思い出しました。再びVectorへAMゲームを探しに行き、膨大な数の作品が登録されていることに驚きました。こうして再会を果たしました。それから、いくつもゲームをDLしてプレイし、ホームページも見に行き、通うようになり、AMに傾倒していきます。同年、コミックシティにじすさんがサークル参加されていて、一般参加で遊びに行き、初めて実際にお姿を拝見しました。

自分的AM年表のような流れになってきました。このままトピックをいくつか書こうと思います。
2004年、『RSプロモーションムービー』を見て、うわーーかっこいい……! と圧倒されます。一目惚れというレベルです。Enderは今でもRSで一番好きな曲です。そして、バージョンアップされていくRSを追いかけるように遊び、何度か最初からプレイし直しを経て2006年、ようやくストーリークリア。

プレイ中の2005年、冒頭で述べたAMムービーミラーサイトを開設しました。当時のインターネット環境は現在と大きく異なり、動画や音声などのファイルサイズの大きなものは、サーバー上の置き場(容量が少ない)、及び転送量制限等問題がありました。

私のサイト開設理由は2つ。
1つは、上述の背景があり、既にいくつもAMミラーサイトが存在していました。それを1つ増やすことによって、データを分散して一助になればと思いました。
もう1つは、RSプレイ日記の置き場が欲しかったからです。

サイト開設をきっかけに、オンラインでAMファンの方と穏やかな交流が始まりました。運動会やLUPIAライブなど、公式のオフイベントは気になっていたものの、諸事情あり、毎回悩んで迷って見送ってばかりでした。とてももったいないことをしていたと思います。RSクリア後、忙しくなり再びAMから遠ざかり気味になりました。まおうせいは不定期に見に行っていました。

2010年、落ち着いてきた頃です。
ツイッターを始めました。徐々に普及していた時期で、まおうせいでAMキャラbotの紹介もありました。じすさん、bot、AM界隈の方、たくさんフォローして一気に交流が広がりました。色々と刺激を受けて本当に楽しくなり、RS再燃してやりこみを再開、夏祭りに初参加、第1回プチオンリーに参加、翌年には本格的に『SISTER』を始めて大ハマリする等、素敵な思い出がいっぱいです。その時々の出来事や感動は語り尽くせません。AM関連イベントやファンの方たちの活発な交流に興味を抱きつつ、なかなか踏み込めずにいいなーいいなーとずっと指をくわえて見ている状態だったので、SNSはありがたいツールだと思っています。

ゲームについて書きましょう。
『RS』はストーリークリア済み。RS仙人さんよりずっと手前。仙人ってかっこいいですね……! 憧れます。
クエスト、Boss2制覇。秘宝、鉄箱、館と祠は途中。霊界、孤高、豪傑等はまだ。マニア度は28万ちょっとです。
ダンジョンを歩くのがただただ楽しいです。データ収集や攻略も好きです。自分の好きな時に好きなペースで、その都度目標設定してそこへ向かっていくスタイルです。『SISTER』は2600戦ほどして[しすたーえーす]です。プレイしたルールはランダムが多くを占めています。
本格的に遊ぶようになったのは、夏の日、トリコデルマさんのSISTER放送(ニコ生)を視聴して、楽しそう! やってみたい! と思ったのがきっかけです。プレイ回数の割にガチで強くはありません。よく遊ぶランダムデュエルは運の要素が大きいです。通常、1回のデュエルで自分に回ってくるターンは最大4回。選ばれたカードと状況を確認して、1手2手、更にその先どうなるか幾つかのルートを予想しながら進め、決まると爽快感があります。 しかしそう上手くいくとは限らないもの。カードや技を覚えていなかったり、突然の天災! はたまた対戦相手の巧みで鮮やかな手に完敗することも多々あります。人間相手というのが面白いです。不思議といくら勝っても負けても楽しさしかありません。ひたすら本気で戦ってもいい、カードの挙動や場の状況をチャットでわいわい楽しんでもいい、お馴染みのキャラクターカードもいっぱいありますしね。こんなふうに考えて、SISTERを愛好しています。

他、AM(じすさん)作品で好きな物を思いついたままに。
ビクトリーシリーズ、きせきの扉、あの世、品川魔人学園、NewSpring2、QTR第2話、AMファンクラブ、恋のアルテマにぎゃぁ、 夏 恋 、うちの妹は世界一可愛い、素手シリーズ、せつnight、LOVE MAX、スペースクウィーンサウンドトラック、AM ELECTRONICA、等々。

規定の文字数に近づいてまいりましたので、そろそろ結びといたします。
AMの世界は広大で深遠です。私が触れたのはその極々一部のみです。人それぞれ、どこをどのように見て、どんなふうに感じるかは違います。それが面白さであり、私も一読者として皆さまの記事を楽しみにしております。
お付き合いいただき、ありがとうございました。


追記)
真面目に記事を書いてまいりましたが、頭の中からもっと正直になってみろと声が聞こえるので、1枚の写真を貼っておきます。

イメージ 2


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2:VeNE 様


VeNEと申します。しがないアンディー・メンテファンの一人です。


1.私とアンディーメンテ

今回は緑のエメラルドさんの企画への参加ということで、適当にアンディー・メンテとの出会いを語ります。とんでもなく昔の話で、正直老人の思い出話みたいなものなのでそういうものだとご了承下さい。

私がアンディー・メンテに出会ったのは確か中学2年生の頃だったと思います。夏の帰省で生家に帰っていたんですが、その時にいとこが持ってきていたテックウィンなる雑誌を見たんですね。で、なんかゲームがいろいろ乗っててすごいわーと興味がわきました。当時ASCIIがこの雑誌に力を入れていて、雑誌なのにGEO〜鉄の時代〜とかいうオリジナルのゲームを付録のCDで連載してたんです。それがコンシューマゲームとはまた違った感じですごい楽しそうで、家に戻ってからお小遣いを握りしめて買いに行きました。

そんな感じでずるずると購読の道に進んでいったんですが、買っているとテックウィンのオリジナルゲーム以上にはまったのがフリーゲームだったんです。テックウィンとかWindows100%とかあの時期のPC雑誌は、最後のほうのモノクロページで大量にフリーゲームを掲載していて、データが付録のCD-ROMに入っていたんです。当時コンシューマゲームは年に数作品ぐらいしか買えなかったのに比べ、大量にあるフリーゲームの山にのめりこみました。熱が高じてClick&Createという簡易ゲーム作成ソフトを使って自分でゲームを作ってたりもしました。

あと、テックウィンにはデジタルアイアンマンっていう、賞金がついているデジタルコンテンツの賞があって、動画やら音楽やらゲームやらが投稿されていました。そこでもコンシューマゲームとは違ったゲームがいっぱいあってはまりました。(じすさんもよく名前が出てました。ゲームではなく音楽やムービーで賞を取ってましたね。)
で、そんな感じでフリーゲーム漬けだったのですが、その中で特にはまったのが、ライヂング☆スターmilleniumだったわけです。あの大量にあったゲームの中でなんでライヂング☆スターにこんなにはまったのか今となってはわかりません。midiの曲がすごい好きだったのが一番大きいです。あとは夜の丘を進んでいる感覚やよくわからないステータスを育てて自分なりの攻略法を作っていく感覚が好きだったあたりが原因かと推測されます。(当時は天使ステータスを初期精霊でカンストするまで上げて、「けもの」で暴走して勝つという手法で不死鳥伝説を取った記憶があります。裏ダンジョンだと通用しなかったんですけど。)

そんな感じでアンディー・メンテに出会ったのですが、あばたえくぼというサイトすら知らずに過ごしていました。あばたえくぼを知ったのは、家でネットが使えるようになった2000年半ばぐらいかと思います。多分ガラテアが出る少し前ぐらいのころです。ラブリーポリストリクーガのエンディングにファンアートが流れるのは知っていますか。当時から生粋のアンディーメイツだったDIABLOさんの絵が印象的でこの人はどういった人なのかと思っていたのですが、実際にネット上で存在するファンの絵が作品に取り込まれて、ネット上でアフターマニュアルが公開されてて、ネット上でランキングが実施されているというのを知ったのはこれらの作品の波が過ぎた後だったのです。悔しかったです。

しかし、私は当時モデム回線だった実家で、リアルタイムのやり取りを従量課金の中ですることが怖くて、あばたえくぼのサイトに1日1回ログインして掲示板をオフライン保存して眺めるという日々を送っていました。今考えるとすごいですね。

あばたえくぼに頻繁に出入りするようになったのは、家にISDNかADSLが引かれた2000年末ぐらいです。このころ自分は高校受験真っ只中だったのですが、なぜか受験勉強とアンディーメンテな日々を過ごしていました。初めてランキングに参加できたのがクレイジーコロシアム2ですね。これは相当やりました。あのゲームレベルリセットがあるんですが、レベルリセットすると一時的にスコアが下がるんです。ランキング前にこれを考えずにやっちゃって相当あたふたした記憶があります。最終的に137万4242点で19位という成績だったようです。(成績は昔作ってたホームページのデータから引っ張ってきました。今見ると恥ずかしいですね。私が現在更新している「模倣全時空記憶集積回路」というブログを始める前にやっていた無名サイトです。)

この後もゲームが出たらランキングに参加してという感じでアンディーメンテに入っていきます。あと、この時期ってアンディーメンテ・リトルで行われていた創作的ファン活動が広がって、おからとかしんぜろとか謎の組織がいっぱいできていたりしたので企画にこっそり顔を出していたりしましたが、基本がコミュ障なのとネット=怖いという印象が大学ぐらいまであって、自分はあくまでアンディーメンテのゲームをプレーするという感じでひっそりと活動していました。あと他にも色々と活動してたので、アンディー・メンテにどっぷりって感じでもなかったです。新作が出たら短期集中決戦みたいな感じでやってました。

この辺りまでがアンディー・メンテとの出会いの話になるかなと思います。アンディー・メンテはその後、どんどんと変わっていきます。あばたえくぼが閉鎖したり、アンディーメンテに暗黒面が広がったり、コミケに出てたり、オフ会が開かれるようになったり、LUPIAが結成されたり、ボカロPになったり、小説家になったり、熱波浴びるようになったり、何が何だかよくわからないですが、自分もゆるーくこの変化について行って今に至ります。

ちなみに、出会ったころの自分に言いたいことがあるとすると、もっと積極的に参加しなよということですね。AM-SHOPでお買い物したのは2003年が最初ですし、オフ会に至ってはPIP2が最初です。もっといっぱい掲示板に書き込んでおけばよかったなぁとか、もっと早めにオフ会に参加しておけばよかったなぁとか、ガンディーメンテとかあるうちに買っておけばよかったなぁとか毎回思っていますが、ある意味ゆるーい関わり方だからこそ、これぐらい長くファンを続けていられるのかもしれません。ただ機会がいただけたらちゃんとやろうということで今回の企画にも参加してみました。

皆さんも自分のペースで悔いのないようにアンディーメンテに関わっていくのがよいのではないでしょうか。1番の質問で規定文字数になってしまったので、最後に前述の昔のホームページに乗せていた100の質問の回答の1文を載せて終わります。お読みいただきありがとうございました。

No.099 あなたにとって「アンディー・メンテ」とは?
平凡な日々に彩りを添える花のような存在  (アンディー・メンテファンに100の質問への回答より)


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3:きまぐれ翠様


1.きまぐれ翠とAndy Mente

きまぐれ翠とAndy Menteとの出会いは、どうやら高校生の時だったみたいです。
当時まだ現役だった、父親のブラウン管なWindows95を借りて、近所の本屋に売ってた『フリーウェア5000(https://www.AMazon.co.jp/dp/4757716532/)』に載ってた「ライヂング★スター」をプレイしたのがAM作品との初めての出会いみたいです。
 
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この雑誌にはライスタ以外にも色々AM作品が載ってて、全部一通りプレイした記憶があるです。
思えばわたしがフリーゲームプレーヤーになるきっかけでもあったんですよね。
まぁ当時はCardWirthとかRPGツクールとか色々プレイしてたので、AMがというよりその雑誌が、という気がしなくもないですけど……
ライスタ6無いかなぁと思って当時ダイヤルアップ回線の(うちは貧乏なのでADSLの導入が遅かったのです)インターネットで検索したら、Vectorを見つけ、そのついでに「スターダンス」など他のAM作品やフリゲを見つけていったような気がするです。

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“初代ライスタのセーブデータも残ってるけどCD-Rの中なので取り出すのがちょっと億劫なんですよね……流石にもうフロッピーディスクの中には残ってないはずですけど”

「ような気がする」と曖昧模糊なのは、えへへ、最近残業がひどくて寝不足で、昔のことがよく思い出せなくなってきたのです……
コラそこ、「歳のせいだろ」とか言うなです。
ちなみに事務員やってるです。事務も楽じゃないのです。

きまぐれ翠にとって大きな転機となったのは「コロンのハコ」→「彼女の見るsky」→「電子海の話」の流れ、つまりAM作品がネットゲーム化(GGDみたいなのは置いといて)したあたりです。
まぁなんやかんやで「その炭鉱の名は。」とか「WIRED COLOSSEUM」もプレイしたですけど。
“他の作品でも容赦なく翠星石(Rozen Maiden)の布教をする翠星会員の鏡”

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“教祖なのに自分の教団をクビになったのはいつ見ても笑えるです”

ご覧のとおり、当時は「きまぐれ翠」じゃなく「翠星石」名義でプレイしてたです。
翠星石とは (スイセイセキとは) - ニコニコ大百科 – (http://dic.nicovideo.jp/a/%E7%BF%A0%E6%98%9F%E7%9F%B3)

電子海は思い入れもあったし、思い出も色々できて楽しかったんですけど、そこ掘り下げるとキリがないので割愛するです。詳しくはきまぐれ翠の当時のTwitpicを見るといいです。(http://twitpic.com/photos/Kimagure_Suisei?page=15)

ちょうどこのころTwitterを始めたということもあって、電子海のおかげで多くのAMファンとお知り合いになれたです。

AM作品にハマったのをきっかけに、じすさんの活動そのものにも興味を抱くようになったです。
ブログ「セドナ(http://andymente.blog.fc2.com/)」とか「まおうせい(http://andymente.moo.jp/)」とか観たり、LUPIAのCDを買ったり、

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ボカロ「リン廃宣言(http://www5.atwiki.jp/hmiku/pages/1342.html)」とか聴いたり、小説『セドナ、鎮まりてあれかし(https://www.amazon.co.jp/dp/4150310181/)』とか読んだり、ニコニコ動画で「素手(http://www.nicovideo.jp/watch/sm15136545)」とか観たり……
ていうか素手3出てたのですか。これ書いたらチェックしなくちゃです。
この記事書いて良かったです。(ぇ

そーいや当時は大学のホワイトボードに「訓練生」の落書きをしたこともあったっけです。

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あと、AM風翠星石のドット絵も作ったです。

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まぁこの辺はきまぐれ翠のtwitter(https://twitter.com/Kimagure_Suisei)をフォローしてる人には聞き飽きた話ですよね。

最近はAMとは縁の薄い日常を送ってるですけど、AMのスピリットは今もきまぐれ翠の心に刻まれてるです。
“他の作品でも容赦なくAM(Andy Mente)の布教をするAMファンの鏡”

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“誤字脱字は勇気の支え”

さて、とりとめのない話になってしまったですけど、この辺で筆をおかせていただくです。
……明日も六時半起きだというのに0時から2時過ぎまで何やってるんですかねぇわたしは……
AMについては、気が向いたらまた何か書くから期待せずに待つです。数十年くらい。
……え?数十年は長い?なーに言ってるです!(設定上)ゆうに三桁は生きたであろう翠星石のことを思えばどってことないです!

Author:きまぐれ翠


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以上が本日の記事となります!!
明日以降もいただいた記事の順に掲載させて頂きますので、
また明日もお立ち寄りいただければ幸いに存じます♪

緑のエメラルド

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昨日より、開催しております、『マレーシアから見たセドナ・オンラインイベント』ですが、本日、二日目となります。
こんなこと言うのもあれですが、やはり他のアンディーメンテファンの方が書いた記事のほうが面白いと思ってしましますね!
本日の記事もアンディーメンテの好きな方であれば、非常に楽しく、また、感慨深かったり、考えさせられたりできる記事かと思いますので、是非ともお立ち寄りください♪


本日の記事投稿者様は、以下の3名の方となっております!!

1:  筐体様
2:  ピロナス様
3:  ぁふぁ様



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1: 筐体様

ども!初めまして! (≧▽≦)筐体というアカウント名でTwitterをやっているものです。
緑の エメラルドさんが行っている、アンディーメンテの応援企画” マレーシアから見たセドナ記事30連投企画”にてお題をもらったので書かせて頂きました!


1.私とアンディーメンテ

僕が個人的に思うアンディーメンテの世界はlinco先生の描いた『リンのぜんぶ!!』というアルバムのジャケットに移っている鏡音リンのあの澄んだ瞳の中にあると思っています。あの絵のキャラクターと、きれいな瞳がよく現していると思うのです。

アンディーメンテを知ったのはかれこれ12年前!の大学院生の時となります。Windows 100%というフリーソフトを紹介する雑誌があり、その中にゲーム「AIRAM EVA (アイラム イヴ)」が紹介されていました。当時TVドラマの“白い巨塔”をよく見ていたせいか、病院などを題材にしたゲーム好きだったので早速やってみました。
ゲームも面白かったのですが、それよりもBGMのピアノの音がすごく綺麗だと感じました。一番好きなのが”song of the wind”という曲で、次のコードに向かって一つずつ音がタタタタ タタタタと鳴っていくところが誰かがそよ風が吹く中を丘の上に駆け上がっていくような感じがします。その他にも難しい治療にあたるときに流れる”heaven”, 怪しい麻酔薬を売る赤いスーツの女が現れたときの”Heresy”などどの曲も、怪しい足取りで近くづく場面を想像させる曲で、とにかく想像力を掻き立てられるのです。

ゲームをやり終えた後に、気になってアンディーメンテのHPを調べたのですが、MSPゴシックのかわいいフォントに、メチャクチャで整っていない日本語の文章並んでいて、少し戸惑いつつ、むき出しの感情を感じました。また、ジスさんが何かの曲を演奏する動画を上げており、YAMAHA電子ピアノを弾いているところが映っていたのですが、それを見て、電子ピアノって、こんなにきれいな音が鳴るんだなあ!と感銘を受けました。

その後にも著書”エレGY”の元になっていたものが一時的に一部ネット上にアップされていた時がありました。ジスさんを切実に想う気持ちが読んでいて伝わり、また空しさや、寂しい気持ちを何となく見抜き、その寂しさを埋めるように言って欲しいことを直球で言った少女の感性に僕も打ちのめされました。
人は生まれた時はすべての経験を忘れている訳であり、それをもったいないとずっと考えてきましたが、頭が空っぽの状態の感性がこんなに面白いなんてと当時感動したのを覚えています。


2.アンディーメンテで一番楽しかったイベントの思い出

 アンディーメンテのイベントは実はアナログゲームのオフ会、とAMのわくわくライブの2回だけしか行ったことないのですが、先日のAMのわくわくライブが面白かったのでそれについて書きます。
僕も趣味でバンド活動をしており、何度か自身のライブをしたり観た事があるのですが、これまで僕が知っていたライブとは全く違ったものだったので、ライブって色々な表現の方法があるのだなと改めて感じました。
どういう事かといいますと、ライブは3〜4人のバンド形式でドラムとベースとギターとボーカルがいてと、何となく形を自分の中で決めてしまっていたのですが、それに対してアンディーメンテのライブは殆どが一人でLiveやるというものでした。
バンド形式でやると各メンバーの表現したい方向を合わせるのが意外と難しいところがあるので、一人でやることで良くも悪くも出演者自身の持っている世界を表現しやすいのだなと思いました。それぞれの出演者のもっている世界がよく分かって良いLiveだったと思います。
 他にもFMAK氏のライブ前の強烈なインパクトの告知動画や、ちんねん氏の紹介動画、ライブを盛り上げようとサイリウムを配って回る人、見に来ている人達の温かい声援など、アンティーメンテを支える周りの人たちも観ていて何だか嬉しい気持ちになりました。私の周りにファンはいないので、ああやってファンで集まって一緒にLiveを見られたのも良い経験になりました。


3.アンディーメンテで忘れられないあの時orあの人

 僕がアンディーメンテで忘れられないと言えば冒頭に話した現在漫画描くカーチャンである、linco先生の鏡音リンの絵です。胸の上のあたりがすうっーと奇麗な感情で満ちていくような気がして、改めて見直してもいい絵だなあと思います。
その他にも同人誌を沢山出版しているのですが、表紙の色の使い方や紙の選び方などこだわりが感じられ、出来上がったものが、とにかく可愛くて綺麗なのです。本の表紙を見せるように本棚に飾ってもよい感じになります。現在執筆されている “みたきはら幼稚園まほう組”でも時間を戻して幼稚園児になるというlinco先生の独自の視点は残っており、他の少女漫画家とはちょっと違うように感じています。そういえば今月で最終回…私のような中年男性からみても推せる漫画だったのですが無、無念…。次回作に期待です!!

1.2.3のお題に対して思いつくままに色々と書きましたが、ここまで読んでくださりありがとうございました!


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2:ピロナス様

1.私とアンディーメンテ

私のアンディーメンテは惑星系です。中心にはじすさんという恐ろしい星があります。ネットの海を漂っていた私は、たまたまあるとき、じす星が放つBL引力に引っ張られて、じす系へ近づきはじめました。ゲームだけやっていた時期は、はるか遠くから漫然と眺めているばかりでしたが、やがて「AMの音楽いいな?」と気が付き、詩の付いた曲をいろいろ聴いているうちに、作詞者のことが気になり始め、速度をあげてじすさんへ近づくようになりました。LUPIAのCDを聞くと加速度がぐんぐん上がりました。衝突は免れませんでした。当時は生放送どころかニコニコもまだなかった時代、私がぶつかったのは神秘的で不気味な星でした。

高円寺で、中央帯のある大きな通りを横断していたとき、青信号が点滅しはじめたというのに、じすさんは道の真ん中で足を止めてしまいました。「じすさん、信号変わっちゃうよ」という私の声もむなしく、やがて車が動き出し、中央帯に立ちつくす私たちは、増水した河川の中州に取り残された人みたいになりました。じすさんが笑って「ここに取り残されてみたかったの!」といったとき、重力がずんと大きくなったように感じたのを、いまでもよく覚えています。

じすさんの周りにはたくさんの人がいます。かつて私は、じすさんと仲良くなるには、まずこの惑星たちと仲良くなっておいたほうがいいと知り、その不純な動機から、AMソサエティーの中に溶け込む努力をしました。まあ努力というか普通に楽しんでいたのですが。ところが時が流れると、私の空には太陽が何個もあるような状態になってきました。どういうことかというと、AM系は相変わらずじすさんを中心に回っているのだけど、回ってるうちにいつの間にやら、じすさんと仲良くなるための人間関係だったのが、じすさんのおかげでできた大事な人間関係に変わってきたんです。こうして私のアンディーメンテは、得難き惑星系になったのでした。

(それからさらに時が流れて、私の宇宙は膨張して、「男性声優」や「仕事」などからも、それぞれ強大な引力を受けるようになりました。現在の私はじすさんの惑星として区分してもらえるかどうかちょっとあやしい心持ちがしていますが、ぜひ外さないでいて欲しいです、じすさん!!!)


2.一番楽しかったエメたんの思い出

いつか旅行先で、食事当番のみんなでおにぎりを握っているときに、誰かが「ハズレを作ろう」と言い出して(まめたんだったかな?)、ひそひそ笑いながら、オレンジグミ入りのハズレ握りをこしらえたことがありました。誰がハズレを引くかしら?とわくわくしていたら、おにぎりを含んだ口を押えてうつむいたのは、イエーイ、エメたんでした。「ぼく、食い意地を張って大きいやつを取ったんです…」と真面目に反省しているのが火のように面白かったです。


3.忘れられない人

私の忘れられないエスは、ミッシングナイツに名を連ねています。私はエスの衛星になりたいくらいだったのに。
エスと初めて会った頃のことはあんまり記憶がなくて、気が付いたときにはエスのことが大好きでした。エスはまず、見た目がまあまあかわいいです。だのに面倒くさがりで遅刻癖があって、いまいち手抜きな残念感も好き。女の子人口が少ないゲーム(遊戯王とか)も大好きで、男の子相手に勝ち気で向かっていく姿にしびれる。複雑なアナログゲームのGMはエスに任せておけば安心、そういう頭の良さに憧れる。だけどアホみたいに笑います。それから、私が「当たり前」と思っていることを、「それは他の人にとっては必ずしも当たり前じゃないよ」とやんわり教えてくれるところとか、そのとき思いついた私の独りよがりな言語にもすぐに追いついて応酬してくれるところが最高でした。エスと話しているととても楽しくて、会話上手になったような気持ちがしました。エスと私の会話に、はるかさんとひつじさんが笑ってくれると、とても幸せでした。

「もう会わないなんて、そんなことは考え直してほしい、お願いだから」と誰かに泣きながら懇願したことはありますでしょうか?これくらいのドラマチックは、そう珍しいことではないのかもしれませんが、私はその時が初めてでした。まさか年下の女の子を相手に、そんなドラマチックを演じる日がこようとは。しかも、泣いて泣いてしまいには鼻をかみながらお願いしたのに、聞き入れてもらえなかったばかりか、その理由さえもろくに教えてもらえないなんて、いったいどういうことなのか、今でも全然わかりません。
ある冬の満月の日、エスは突如ツイッターを消し、LINEを消し、メールアドレスばかりか電話番号も変え、何の断りもなく、消えたのです。でも、犯行予告めいた言動はずっとありました。中二病みたいな終わりを思わせるかっこいいツイートをよくしていたし、皆といてもひとりぽつんと離れたところに行ってしまうこともあって、エスはどこか影もあってかっこいいな〜!!と思っていました。エスに「旅行したいね」とか「いつかこういうのやりたいね」という類の話をすると、いつも「そんな先はない!すぐやろう!!今日これから徹夜でやろう!!!」みたいなことを言いだして、実際に正気じゃないスケジュールを立ててくれることもしばしばでした。「これあまりにも基地外スケジュール!」といって音をあげたこともあれば、やり遂げたこともありました。私はそれらを、エスの頭がおかしいせいだと思って、たいして気にも留めないでいたけれど、エスは最初から消えると決めていたから、色々なことがあんなふうだったんだなと、後になって知りました。まあそれにしたって、エスの頭はおかしいのですが。

いつかもう一度エスの家へ押し掛けていって、「その後、予定は変わってないの?」と確認する夢を見ます。最後に会った日、エスは「もう会えないけどずっと友達だよ」などという意味不明なことを言っていたので、ズッ友にはそれくらいの行為は許されるのではないでしょうか。それとも友達だからこそ、私はエスの意思を尊重すべきなんでしょうか。エスにはいつでも会いたいですが、エスがもう会わないと言った以上、それは覆ることはなく貫き通されるのだろうという変な信頼感もあります。この話には終わりがなく、さりとて続きもありません、ここでエスの話はおしまいにします。

エメたん、お誘いいただいてありがとうございました。大好きなじすさんとエスのことをじっくり文章にする機会ができてとてもうれしく、うきうき楽しく書かせていただきました♪ブログお疲れ様でした。次のブログはないの?お仕事大変そうですが、無事の帰国をお祈り申し上げます!

ピロナス


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3: ぁふぁ様

緑のエメラルドさんに依頼されて記事を書かせていただく、ぁふぁと申します。拙い文章ですがどうぞよろしくお願い致します。


1.私とアンディーメンテ

まずはアンディー・メンテを知ったきかっけを。

私が初めてアンディーメンテを知ったのは、双葉ちゃんねるのやおい板です。
ジスハァの絵が結構な頻度で貼られていて、気になって探してみてるうちにあばたえくぼへたどり着き、これは何だかわからないぞ!?何だ!?となったのが最初でした。
同じ頃に、榊さんのラッキースペースに通い始め、素敵なAM絵がたくさんあり、魅力的なキャラクター達がいっぱい居るんだなーと気になってアンディー・メンテのゲームを始めてみたのでした。

確かうろ覚えですが、最初にやったゲームは「ガニュメート・ストレス」だったかと思います。
始めはどこをクリックしていいのかわからずに混乱していたのですが、
兄にやらせてみるとすんなりとプレイして、そうやるのか!!!っとなりました。

いつの間にか、その頃に公開されていたニューレンジャーや、キューティーライダー、ばかばかばかの魔法の動画を繰り返し中毒のように観ていました。


2.アンディーメンテで一番楽しかったイベントの思い出

最初に行ったAMオフはアスレチックです。
当時AMメンツの方達が輪になって親しそうに話しているのを見て、いつかは私もあそこのメンバーに入りたい!!と思ったのでした。
そんな私がAMの人達と仲良くなるきっかけとなったオフは、今はAMから居なくなってしまった、つねたんの主催小規模オフ会「tuneオフ」でした。
tuneオフにはある日突然メールで誘われて行き始めました。
主なメンバーは つねたん、じすさん、優介さん、私でした。
ふみあきくんや、緑のエメラルドさん、トリコデルマさんやディアくんなどなどの方が参加することもありました。

おそらく私が誘われたのは、優介さんが小規模オフ会に参加するにあたって女性が1人だと不安だというのと、私は平日の昼でもオフに参加できたというのが大きかったのではないでしょうか。
また、小規模なオフだったため、その時の参加者の人と話す機会が多く、人の顔と名前を覚えるのが苦手な私でも覚えやすく、親しくなりやすかったのです。

オフの内容はというと、原宿のニコニコ本社に行き、じすさんが生放送をしたり、原宿の神社に行って5.5cmの秘密を教えてもらったり、明治神宮に初詣や、完成直前のスカイツリー、浅草のお祭りなど色々な所へその日その時のじすさんや、つねたんの思い思いの場所へ遊びに行ったのでした。

ある時のオフで、小銭を使って遊ぶミニゲームをじすさんがやろうと言い、やる事になりました。
各小銭には意味があり、どの小銭がどれだったかはもう覚えてないのですが
友達・愛人・恋人とあった気がします。
男女別に分かれ、異性陣が目を閉じている間に、その人となるならどの関係が良いか、一人に一枚ずつそっと置く。という遊びをしました。
女性陣は、優介さん、comaさん、私でした。三人でコソコソ相談しつつ、つねたんに配慮して良いのを置こう!と話してました。
ちなみに私は友達が多く置かれていた気がします。その時は微妙にショックでした!!!

つねたんや色々な人が居なくなってしまいましたが、またこんなオフが開催されるといいなと思っております。

えめたん、大変面白い企画にお誘い頂き嬉しいです!ありがとう!
他の参加者様の記事楽しみにしております!

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以上が本日の記事となります!!
明日以降もいただいた記事の順に掲載させて頂きますので、
是非とも足を御運びいただければ幸いに存じます。

緑のエメラルド

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本日より、開催となります、『マレーシアから見たセドナ・オンラインイベント』には多くの方々より、記事をいただおります。皆様のご参加、本当にありがとうございます。また、私自身、ここまで多くの方の記事を一気に拝読する機会は、これまでありませんでしたので、非常に興味津々であり、昔を思い出したり、色々と考えさせられることが有ったりもします。

どの記事もアンディーメンテの好きな方であれば、非常に楽しく読むことのできる記事かと思いますので、是非ともお立ち寄りください♪


本日の記事投稿者様は、以下の3名の方となっております!!

1:  DIABLO様
2:  しぐ様
3: amahisa様



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1:  DIABLO様

皆さんこんにちは。DIABLO(33)です。
誰このおっさん?
そうでしょうそうでしょう。そのような感想を抱くのもごもっともです。
なにせシーツリーを始めとするオンラインゲームをプレイしてもいなければ
イベントにも顔を出していないのですから。
今回エメラルドさんに寄稿依頼を受けて僕は思いましたよ。
見知らぬおっさんの自分語りを誰が読みたがるのかと。
おっさん考えました。こりゃ付加価値が必要だなと。
そこで今回は記事を通して恋人をゲットする方法を伝授していきたいと思います。


1.私とアンディーメンテ

品川魔人学園という作品に魔人の一人として登場しております。
なぜ僕がゲームに登場するに至ったか。自分にも確かなことはわかりません。
要因の一つとしては、当時じすさんがオンライン囲碁対戦サイトによく出没して
いたのを狙って
僕も囲碁好きなんすよ〜グヘヘ〜(本当はじすさん目当てなんですけどね〜)と接
近を試みたのが
功を奏したように感じます。
相手の興味のあることを調べてあたかも自分も興味があるかのように振る舞う。
DIABLO式恋愛テクニックの一です。

2.アンディーメンテで一番楽しかったイベントの思い出

今振り返ってみると、和気藹々とした輪の中に入り込めず
悶々としながら帰路についた思い出が湧き上がってまいりましたね……。
冒頭に端的に表れておりますが、わたくし所謂ネガティブシンカーでございまして
楽しかったことよりも辛かったことのほうが強く印象に残ってしまうのです。
……こんな具合にメンタルが弱まってまいりますと
ちょっと優しくされただけで相手に好意を抱いてしまうのが世の常人の常でござ
います。
不安定な相手の心の隙間につけ入もとい、相手の抱えているストレスを解消する
ことは
親睦を深めることに大きく寄与するでしょう。

3.散華─アンディーメンテで忘れられないあの時─

「堪忍してぇ……後生だから、堪忍しておくれやす……」
嵐吹き荒れる夜の中、私は明滅する街灯のように哀願しました。
しかしその声は獣欲の大渦に飲み込まれるかの如く、私の心と体は無慈悲に抉ら
れ続けました。
事の発端となったのは数日前。
友人宅に招かれた私は遊興に耽る和気藹々とした輪に加わるでもなく、遠巻きに
眺めるだけでした。
その時私の中で入り混じっていた孤独や不安、そして非難の感情は何らかの形で
発露していたのでしょう。
居たたまれなくなった私が帰宅を告げようとした頃、一人の男が気遣うような声
を投げかけてきました。
「君、囲碁好きなんだろう? 一緒にやろう」
ただそれだけの言葉が、疎外感の水底ではビロードに包まれるかのような温もり
を感じさせました。
今となってはそれが誘蛾灯であったことは疑うべくもありません。
しかし、嬉しさと気恥ずかしさから顔を伏していた私に、どうして気付くことが
できたのでしょうか。
彼の瞳の奥にある、泥沼のような暗さに……。
(文責・緑のエメラルド)


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2:  しぐ様

1.僕とあんでぃめんてぇ

僕がアンディーメンテに出会ったのは4歳くらいの時だろうか。
ちょうどその時期は、RSやレミュオールの錬金術師などがフリーゲーム界を盛り上がらせていた。
父親も盛り上がっていた一人である。
ある日、父の部屋に行くと、簡素なグラフィックに雑なキャラが描かれた画面、不思議な効果音とともに繰り広げられる世界を見てしまった。それがRSだった。
しばらく眺めていると、父親が席を譲ってくれてRSを初めてプレイした。
「進む」というボタンを何回かクリックしていると、一本の木が目の前に現れた。
「進む」ということしか知らない自分はただ、ひたすらに「進む」を押し続けた。
すると、鈍く短い音が鳴り続け、ピアノの一番低い鍵盤をフォルテで弾いたような音が鳴り画面が変わった。
何が起こったのかよくわからなかった。最初は木に当たって死ぬゲームだと思っていた。
それから自分専用のデータのRSを始めるようになり、毎日のようにやっていたのだが、やり方がわからなく詰んでいた。
今はもう完璧に成功への道を進んでいる。そうやって僕はアンディーメンテと成長してきた。


2.僕とぽれん

僕は北海道住みだ。だからPIPやライブは行けなかった。
しかし、ポレンはそんな僕でも参加できるとてもバリアフリー的なイベントだった。
ポレンというイベントがどういうものなのかわからなかった自分はとりあえず説明書きを読み、ペイントを立ち上げた。
ペイントといってもPS vitaの「えちゃんねる」というものだ。
画面をタッチしながら絵を描くのでなかなか難しかった。
そして、完成したものを投稿した。
それが「ミネラル御曹司」だった。試験的に投稿したものだったので、能力値や技の設定もなかった。結果、「ミネラル御曹司」はサイズ等の関係で指定サイズより小さくなり、能力値の設定もなかったので、大々的なネタキャラとなり相手のHPでなく笑いを持って行った。
二つ目のキャラは「晩年剣士490」。回転斬りなどで貢献し、なんと決勝まで生き延びた。
その時は自分に自信が持てたような気がした。
次回はもっと攻撃型で行こうと思う。
 
3.僕の泉和良

僕は、じすさんが小説を書いていることを知って、すぐにアマゾンや近くの書店で買い集めた。
最初に読んだのは「おやすみ、ムートン」だった。切なかったのが印象的だった。
次にWEB公開されていた「エレGY」を読んだ。これが後にとても大きな意味を持ってくる。
あれは何か次元の違うものを感じた。恋愛小説でキュンとくることを知らなかった僕に十二分のキュンを感じた。そんな小説だった。
僕は読み終わった後すぐにエレGYを読ませたかった人がいた。
当時、僕の好きな子だった。容姿や性格などが完璧にエレGYにそっくりなのだ。
とにかくこれを読ませようとして必死になった。
何気ない会話から入って、エレGYのWEBサイトのURLを教えた。
彼女は読み終わった感想のメールが長文で感動の言葉が詰められていた。それをきっかけに仲良くなって今は僕の将来の妻である。
そんな僕の青春は泉和良という線で彼女と結ばさった。
僕は将来、じすさんみたいになりたい。文学、音楽、ゲームなど多くの分野においての才能のある人間になりたい。
僕はあと2年すれば関東の方へ引っ越しているだろう。
その時には、ライブやPIP、スパなど一緒に行きたいと思っている。
アンディーメンテの世界観や文化を語り継ぐ者になり、終わらせないようにするのが僕の夢だ。

アンディーメンテだいすき。


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3:  amahisa様

こんにちは。amahisaです。
みなさんの熱量にびっくりし、僕の不甲斐なさに憤怒を憶えたので
エメラルドさんに頼み込んで書き直させていただきました。
内容的にも結構恥ずかしいので、ひっそりと掲示させていただければと思っています。
重たい話も含むので修正に気付いた方はそっとしておいてください。お願いします。


1. 僕と彼女とアンディーメンテ

中学時代僕は引きこもっていたのですが、幸いにもPCはあったのでたくさんフリーゲームをやりました。
色々なモノに虐げられながらもなんか、自分の聖域みたいにずっとフリーゲームをやっていた記憶があります。
ツクール作品を中心に(某コンテストパークとか)やっていました。
その後スターダンスやRSを知り、時間を忘れずっと遊んでいました。
とにかくRSの曲が本当にカッコよくて、サントラを買いました。
魔星の力と心接触を聴きたかったのですが、入ってませんでした。(その後サントラ「GGD2」を買った)

それからしばらく時間が過ぎて、高校2年生になりました。
通販を利用したりサントラを買ったりしてたらどっぷりとアンディーメンテの世界にはまり、一人で楽しんでいました。
ある日所属していた美術部に後輩が入り、それはまあとても美人というか、なんかすげえアンディーメンテに出てきそうな人が入部してきました。
色々話す内にゲームの話題になり、ちょうどニコニコ動画が隆盛していた時代なので某夢探索ゲームの話を振ったらとても食い付いてきて、フリーゲームの話で盛り上がりました。
アンディーメンテも知っていました。アイラムイブとスミレの花が大好きだと知り、運命だと僕は悟りました。
実際現実でフリーゲームの話を理解してくれる人も僕の周囲にはいなくて、しかもアンディーメンテが大好きだと。これは運命(さだめ)だと。
書いてて非情にキモイのですが事実です。キモイせいで実際ここで一度振られてます。

その後仲直りし、一緒にフリーゲームをプレイしたり、ニート王を見てお腹が捩れるほど笑ったり、じすさんの小説の感想文を書きあったりしました。
落ちを先に言うと、別れて彼女が今何をしているかもさっぱり分かりません。現実は残酷であった。
原因としては僕の持ち前のクズな性格もあったのですが、色々な事で精神的に凄まじくボロボロになったのが主な原因でした。
幼少期から続く問題が爆発した感じですね。抱えている人は早めに清算しておいた方が良いですよ。大人になってから爆発すると死に直結します。僕は幸運でした。

ボロボロな状態で、最後に何をしたいかなって考えて、じすさんに会ってみたいなって思いました。
それが2013年の12月に行われたボードゲームオフ会でした。初めてじすさんに会いました。
そこで、僕の中で音楽を作りたい気持ちと、自分の中のアンディーメンテを表現したいというのが重なりました。その日から音楽を作り始めました。


別れてから数年経つのですが、「地球が終わってしまうまで」を二人で遊んできた時の事を何度も思い出します。
宇宙に二人しかいないような、いや、多分あの瞬間は宇宙に二人しかいませんでした。
遠い昔です。


2. 僕と ri さん

ri さんはアンディーメンテ大好きな人です。
僕は彼と一緒にアンディーメンテのリミックスアルバムを作りました。「AMREMIX」という作品です。

彼とは上記のボードゲームオフ会で初めて会いました。
その時はあまり会話も無かったのですが、後日僕が音楽を始めた後、14年の6月頃行われたアンディーメンテオフ会中止に対する抗議集会(じすさんも参加してました)で
久しぶりに会った時に、「amahisaさん音楽やっているんですか!?実は僕もやっているんです!僕の曲聴いてください!」と矢継ぎ早に言われびびりました。
僕は非情に曖昧な返事を返しその場をうやむやにして逃れた記憶があります。結局曲は聴きました。隣でじすさんが囲碁をやってました。

その後あばたえくぼでAMプチオンリーなるものがあると知り、出るしかない!と思ったは良いのですが、既に開催はもう2ヵ月半後でした。
CDを作るのは初めてだったので、一人でやるのは怖いし、曲のストックも無いし、誰かに声をかけてみようと思い ri さんに声をかけました。
とてもありがたい事に快諾をいただき、そこからほぼ毎日2ヵ月半DMで連絡を取り合う日々が続きました。
途中で ri さんがhevnyさんにジャケットをお願いしたいという話を僕に持ちかけてきたり、本当にどっちが主導とか無く二人で一緒に作りました。とても楽しかったです。
特に ri さんが最後に送ってきた「>>>>jump<<<<」という曲は驚きもしましたがめちゃくちゃ嬉しかったです。
リミックスで、という話なのに歌を送ってきたんで、「やった!!!!!」と思いました。これはアンディーメンテだ!とか一人で嬉しくなってました。謎です。
そんなこんなで僕の自宅に招いて一緒にマスタリングしたり、一緒にAMプチオンリーに出て売ったりしました。
彼と会ったのはそれが最後でした。最後は、イベントが終わった後急に帰ってしまって、ありがとうも言えませんでした。

年が明けて2015年の2月、ri さんのお姉さんから彼が亡くなったと報せが届きました。
その後、彼の家に行ったりして、ご家族から色々な話を聞きました。
AMプチオンリーの時に彼に「来年AMREMIX2作る?」って聞いたら「いや〜いいかな〜」って言っていたので、
その時僕は「なんだこいつ」と思ったのですが、後日お姉さんから聞いた話によると凄く嬉しくて来年もやりたいと言っていたそうです。
という事で、「AMREMIX2」は作れませんでしたが、「Reconstruct-spica-」には彼は強制参加していただきました。
「Reconstruct-spica-」を作っている間、僕は毎日彼を思い出して悔しくて悔しくてしょうがなかったです。
jumpの歌詞を見ると本当に辛くて、悲しくて、自分に何かできなかったんだろうかって何度も考えました。
今でも、ふと、思い出します。忘れる事はないです。


その後PIP4の後でじすさんとシューティングゲームの話をしました。
僕は結構真面目に「シューティングゲームには神が宿るんですよ」って言ったら誰かにクスリはほどほどにねと言われました。失礼な。
その話が終わった後にじすさんに「ri くんと同じ事言うんだね」と言われ、はっとしました。

何の縁も無く繋がりはアンディーメンテだけで、それ以外は全く違う生き方を僕と彼はしてきて
たまたま出会って、一緒に初めてCDを作った人と、同じ感覚を共有していたんだなって分かって。


彼と話がしたいな、とたまに思います。


僕のAMわくわくライブのステージはそんな「shooting babie」に宛てたメッセージでした。


長くなってしまいました。僕の思い出に残るのはこんな所です。
まだ色々あるのですが(ボドゲ会の話、ボーマスの話、「Reconstruct-spica-」の話、ふりっくす!!の話、夏の思い出、カードマスターゆかりさん等など)、また機会があれば話したいと思います。
でもこれから先楽しい話が増えていくので、話す機会は無いかもしれません。その時はその時ですね。
ありがとうございました。

最後に、エメラルドさん帰国おめでとうございます!!!!!!!!!!!!!


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以上が本日の記事となります!!
明日以降もいただいた記事の順に掲載させて頂きますので、
是非とも足を御運びいただければ幸いに存じます。

緑のエメラルド

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