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台湾の鉄道

しばらく書くネタもなさそうなので、中の人が今まで撮りためた台湾の鉄道写真を放出していこうかと思います。

完全に繋ぎ回なのでいろいろ文章がいつも以上に適当かもしれませんが、見逃してくれると幸いです。

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2015/9/20 新竹にて

台湾の特急列車にあたる自強号で一番よく見かけるE1000形電気機関車と客車のプッシュプル方式の列車です。編成の両端についているE1000形電気機関車は南アフリカUCW社製で、中間の客車は韓国大宇(現:現代ロテム)社製という折衷感ものすごい列車ですが、編成を自由に組み替えられるために多彩な需要に応えることができ…るのはいいんですが、客車機関車とも故障が酷いという代物であり、このこともありUCW社は台湾の鉄道車両関連の入札から締め出されてしまいました。


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2014/3/15 汐止にて

自強号で最新鋭の普悠馬(プユマ)号、TEMU2000系です。台東電化に先駆けて投入され、車体傾斜装置を搭載し曲線の多い東部幹線にその威力を発揮しています。製造は日本車両で行われ、甲種輸送で豊川〜笠寺(東名古屋港)間を機関車の牽引によりながらも走行しています。

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2014/3/15 汐止にて

高速バスと競合する台北〜宜蘭・花蓮間で、バスに対抗すべく投入されたのが振り子式のTEMU1000系です。「あれ、この顔どこかで見たことあるな?」と思った人もいるでしょうが、JR九州の885系をベースに開発されており、車体も顔も結構似た造りになっています。現在は西部幹線や東部幹線台東まで足を伸ばすようになりました。

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2015/9/19 汐止にて

台湾は定期で客車列車が走っており、日本で言う急行列車にあたるのが莒光(キョコウ)号も全列車客車での運行をしています。本線をメインで走行する機関車(E1000形除く)は電気、ディーゼル問わずアメリカGM社製のものに統一されています。客車はごく一部に日本製のものがありますが、大半は唐榮車輛(現:台湾車輛)製のものが使用されています。製造時期によってドアが自動もしくは手動となっています。

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2014/3/15 樹林にて

数少ない電車自強号のひとつEMU1200系。製造元は南アフリカUCW社で、西部幹線の基隆〜高雄間をメインで走行しています。もとはEMU200系という形式だったのですが、全体構造が変わるような大改造をした結果今のような姿になっています。ですが、足回りはまさかの釣りかけ駆動のままというのがこの形式のチャームポイント(?)となっていて、しかもこれで120km/h出すという線路にとても悪い走りを見せつけてくれます。(釣りかけ駆動は線路に与えるダメージが大きい)

もう2つほど電車自強号には形式があり、1つはEMU400系といいイタリア(SOSIMI社)製の何と欧州生まれの車両です。こちらもEMU1200系と同じく基隆〜高雄をメインに運用しています。ですが、生産元が倒産してしまったために小さな故障ですら命取りな状況になっています…。
もう1つはEMU100系というイギリス製の車両で、他の電車とは一線を画したデザインとなっており、現地のファンからは「英國婆」と呼ばれて親しまれています。長らく第一線で働いていましたが、末期は老朽化が酷く平地でも機関車の補機を必要とするほど状態が悪化していました。そのため、基隆港で展示された巨大ラバーダックのための臨時列車を最後に完全に運用から退いています。

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2014/3/14 樹林にて

台湾の全席指定快速列車こと復興号も全列車客車で運行されています。こちらは後述の區間車の増備によってもはや風前の灯と化しており、東部や南部の一部区間で細々と生き残っているのを残すのみとなっています。

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2015/9/19 香山にて

台湾の各駅停車列車にあたる區間車、快速列車にあたる區間快車で運用されているのがEMU700系です。後述のEMU500系、EMU600系に次ぐ次世代の通勤列車として高雄、台北地区に投入され、現在も同地区で運用に就いています。初期車は日本車両製ですが、それ以降の車両は現地の台湾車輛でノックダウン生産されています。

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2014/3/15 汐止にて

區間車用車両としては最新鋭のEMU800系。EMU700系と同じく初期車は日本車両製ですが、それ以降は台湾車輛で生産されています。なるべくTEMU2000系と仕様を統一しようとしたのか、顔とかが結構似ています。

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2014/3/15 汐止にて

台湾の通勤電車の先駆けとなったEMU400系(UCW社製)を補完すべく導入されたのがEMU500系です。韓国の大宇(現:現代ロテム)製で4両を基本編成としており4両〜12両と柔軟に運用できるようになっている…のはいいのですが、E1000形自強号と同じく故障が酷く、先述した理由も相まって大宇はUCW社とセットで入札から追放されてしまいました。運用範囲は電化線区全部と、どこでも見ることができます。

EMU600系は基本仕様はEMU500系とほぼ同じで、車体構造もほぼ同じなのですが、電装品だけは三菱製のVVVFインバータに変えられています。

區間車の下位種別として普快車が設定されており、インド製や日本の旧川崎車輛製の非冷房客車がメインで運用されています。復興号以上の風前の灯的な存在で、ついには南廻線の1往復を残すだけになりました。中の人は乗ったことがあるのですが、中々風情があっていいのでぜひ乗ってみてはいかがでしょうか?


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2015/9/20 蘇澳新にて

台湾でも貨物列車は盛んに走っており、西部幹線系統では石炭や海上コンテナ輸送、東部幹線は石灰石や大理石、セメント輸送がメインとなっています。

だいたいこんなところでしょうか。次も関係ないこと書こうと思います。

では、また。


桜の季節

このブログの記事は中の人(やさひろ)が執筆しました。


さて、春と言えば桜。もうすでに桜も散り新緑が目立つ時期ですが、今年の桜が咲いていた頃の話をします。

毎回桜が咲くころには「電車と桜のコラボが撮りたいなあ」なんて思っていましたが、毎年のように機会をみすみす逃し続けては後悔する、ということをしていました。そして2016年、やっと行動を起こして市ヶ谷と四ツ谷に出向きました。

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2016/4/4 飯田橋〜市ヶ谷にて

首都圏の桜の定番スポット、外濠沿いでの1枚。晴れてりゃよかったなぁ…。

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2016/4/4 市ヶ谷〜飯田橋にて

葉桜と桜花、中央・総武緩行線E231系との共演。こういう光景はこの時にしか見れません。

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2016/4/5 四ツ谷にて

東京メトロの23区に属する駅で数少ない地上にある駅、四ツ谷での1枚。ホームドアが若干邪魔くさいですが、安全には替えられません。

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2016/4/5 四ツ谷〜信濃町にて

丸ノ内線ホームの下を通る中央・総武緩行線を後打ちの形で。F値が22でも中々思うようにいかない…。


今年は曇りと天候に恵まれない形となりました。来年こそ晴天の下で撮るぞ…!
こんなに高頻度でブログを更新するなんて夏以来でしょうか? というわけで、中の人の西日本・北海道紀行の報告をします。

中の人は3/5〜3/9にかけて西日本と北海道を旅してきました。

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2016/3/5 岡山県津山市にて

新宿のハイアットリージェンシーからルミナス号に乗って津山を目指しました。久しぶりの夜行バスは3列シートということもあり快適ではありましたが、座席ということもあり寝つきが浅く、途中何回も起きてしまいました。

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2016/3/5 津山にて

津山からは姫新線に乗りました。キハ120を見るのも乗るのも初めてでしたが、普段JR東日本のキハ110を見慣れている身としてはチープかつこぢんまりとして見えました。

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2016/3/5 院庄〜美作千代にて

この日の姫新線は中国勝山あたりまで霧が深く、知らない間に遅延したりしてないだろうかという不安はありましたが、新見までまさかの定刻での運転でした。埼京・川越線や宇都宮線なら平気で遅延してきそうなのに…()

新見で朝食を調達して来よう、なんて思って新見駅前をうろついてもコンビニは無く、Google Mapで新見駅周辺を拡大しても徒歩25分圏内にコンビニが無いことが判明。仕方なく備中高梁で降りて調達しました。

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2016/3/5 備中高梁にて

パノラマグリーン車先頭でやってきたやくも号。同じ381系が活躍していたくろしお号も撤退してしまい、この伯備線系統の381系もいつまで持つのでしょうか?今のところ置き換え計画は聞こえてきませんが…。

この後総社でやくも号の遅れ(原因は濃霧)に巻き込まれながらも何とか10分遅れで岡山に到着しました。

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2016/3/5 岡山駅前電停にて

何故に和歌山電鐵のたま電車が岡山電気鉄道に?と思いましたがそういや支援している関係がありましたね。

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2015/3/5 西川緑道公園電停にて

旧日光軌道線の車両が遠く岡山で走っていました。

この後は早島駅、児島駅で途中下車をし、後続のマリンライナーで瀬戸大橋を渡り、人生初の四国入国(?)を果たしました。

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2016/3/5 児島にて

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2016/3/5 児島にて

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2016/3/5 児島〜(宇多津)〜坂出にて

瀬戸大橋感を出したくてあえてこの写真にしてみました。下を見るとエメラルドグリーンのよく澄んだ海が見えて、「ああーーー!!!夏なら島に降りてこの海にダイブしてぇーーー!!!」なんてことを思ってました。沖縄にも引けを取らない澄んだ海、民宿に泊まってひたすら海水浴をしていたいものです。

丸亀で讃岐うどん(Not丸亀製麺)を食べ、金刀比羅宮へ向かいました。

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2016/3/5 香川県仲多度郡琴平町にて

所要時間2時間、というところを往復1時間半で弾丸登山してきました。ゼエゼエ言いながら金刀比羅宮の有名なクソ長い石段をペースを緩めず上り下りして、足が死にました(笑)

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2016/3/5 高松にて

高松まで戻り、宇和島産の鯛めしを食べてから高徳線に乗りました。このキハ47、ものすごく車内が排ガス臭くて、排ガスがとにかく苦手な中の人は地獄のような車内でした。それでも昭和町ぐらいまで行ったら大分薄まってきて慣れたのですが…うん。

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2016/3/5 オレンジタウンにて

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2015/3/6 三本松にて

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2016/3/5 丹生にて

オレンジタウン、讃岐津田、三本松、丹生で途中下車しつつ徳島まで向かいました。オレンジタウン、丹生では中の人以外降りた人が居ませんでした。

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2016/3/5 徳島にて

1日2往復しかないキハ185系によるうずしお号。編成中間にアンパンマングリーン車があり、プレイルームや座席までアンパンマン仕様というサラリーマンには少々キツイものがある車両でした。(誰も乗ってなかったけど)

その後は高速バスの関係で徳島大学まで歩き、近所のネットカフェで1泊しました。

今回はこの辺で。まだまだ続きます。

『中の人の新潟・南東北紀行(前編)』からの続きです。

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2016/2/29 新潟にて

この日は快速べにばなに乗って米坂線を駆け抜けました。羽前松岡駅が中々いい味を出していたのと、
犬川〜成島間の雪原風景は心に焼き付きました。

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2016/2/29 米沢にて

普通列車の発車間際に撮ったので結構酷い写真になってしまいましたが、ご容赦を…。

しかし山形新幹線の新塗色は個人的にはあまり好きではないのですが…。とれいゆつばさと通常つばさの塗色が逆の方がよかったなぁ。

この後はかみのやま温泉で途中下車して、温泉に入浴してきました。

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2016/2/29 山形県上山市にて

入ってきたのはかみのやま温泉駅から徒歩6分ぐらいの二日町共同浴場という地元の方が使う浴場でした。

滞在時間が50分しかなかったので、「15分ぐらい入れりゃ十分か。」なんて思っていました。

めちゃめちゃ熱いんですよこれが。
後で分かったんですが、ジャグジーのお風呂は43℃、通常のお湯は45℃、一番熱い時で47℃という鬼畜仕様でした。入っただけで熱さで体がむず痒くなるなんて初めてでした。ジャグジーのお風呂はなんとか5分耐えきりましたが、通常の風呂は3分耐えきるのがやっと。とんでもない(ほめ言葉)温泉。
山形に移動して、芋煮を食してきました。
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2016/2/29 山形県山形市にて

芋煮を昼から食べられるお店は少なかったので、仕方なく山形駅のエスタ(だっけ?)にある料理店に行きましたが、ここの芋煮は甘口のつゆがいい感じに牛肉と里芋に染み込んでいてとても美味しかったです!

食べ終わった後は仙山線の発車まで時間があったのと、左沢線と山形線の下り列車がいい感じの時間にあったので北山形と羽前千歳で途中下車しました。

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2015/2/29 北山形にて

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2016/2/29 羽前千歳にて

羽前千歳駅には全国でも珍しい標準軌と狭軌のクロスがあります。写真では分かりづらいかと思いますが、写真クロス手前右側の線路(山形線)が標準軌、左側の線路(仙山線)が狭軌です。

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2016/2/29 山形県山形市にて

山寺で途中下車して立石寺に行ったのですが、大雨+遅い時間という状況だったので山頂を目指すのは断念しひたすら山門の前をうろうろしてました。

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2016/2/29 宮城県仙台市青葉区にて

仙台まで山を下りた後は仙台名物牛タンを食しました。仙台に来てまで利久で食うのはちょっと…と思っていたので、ちょいと離れた国分町まで出向いてきました。味もさることながら、お店のおじさんが中々人のいい御方で気持ちよく味わうことができました。

その後は昨年12月(?)に開業した仙台市営地下鉄東西線を仙台〜青葉山まで乗ってきました。

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2016/2/29 仙台にて

仙石東北ライン用のHB-E120系を初めて見ました。いつかこの路線に乗って石巻や女川などを見ていきたいものですね。

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2016/2/29 仙台にて

701系の浜吉田表示、近い将来見れなくなりますが別に廃線というわけでなく、原ノ町(小高)までの再開に伴って見れなくなるというわけです。無くなるということは普通はさみしいものですが、この「浜吉田行き」が無くなるということは復興が順調に進んできていることの証です。近いうちに仙台地域で「いわき」の表示が見られるといいですね!

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2016/2/29 福島にて

福島まで(新幹線代をケチるために)移動し、定期上りつばさで唯一の単独運転を行うつばさ160号に大宮まで乗っていきました。その後は淡々と埼京線、武蔵野線、京葉線を乗り継いで地元へと帰りました。

これで新潟・南東北紀行編は終わりです。次からは中の人の中国四国・関西、北海道旅行について書いていきます!

それでは、また。


どうも、あけましておめでとうございます(爆弾発言) 今年も我が武蔵大学鉄道研究会をよろしくお願いします。

そういう時候の挨拶は通常1月の初旬にでもやるべきなんですが、更新を怠っていたが故にこういう春に片足突っ込んだ時期に今更ながら新年のあいさつをする羽目になりました…。今年こそちゃんとしましょう。多分。

そういう懺悔はさておき、中の人は2月28日から29日まで新潟・南東北地域をぐるっと回ってくる旅をしてきました。

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2016/2/28 千葉にて

いつも遠距離鈍行旅をする時に乗っている総武緩行線の始発。いつもはE231系が来ているのですが、代走なのか209系500番台が来ていました。

秋葉原、上野、高崎と電車を乗り継ぎ、新前橋で途中下車をしたらなぜかこいつが居ました。

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2016/2/28 新前橋にて

中の人はクモヤ143が本線上に出ている姿を初めて見ました。吾妻カッター運用の帰りなのでしょうか?

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2016/2/28 沼田にて 

新潟地区の115系と違い置き換え話の1つも聞こえてこない高崎地区の115系。どうせどこかの中古で置き換えそうな気がするのですが…。

その後は浦佐や宮内で途中下車して周辺をふらりと散歩したり、東光寺周辺や荻川でちょっとだけ撮影しました。

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2016/2/28 東光寺〜三条にて

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2014/2/28 東光寺〜三条にて

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2016/2/28 荻川にて

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2016/2/28 荻川にて

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2016/2/28 越後石山にて

新潟地区の様相も様変わりしてきました。あれだけ115系天国だったのも徐々にE129系に置き換えられていき、特急列車も485系だらけだったのにいつの間にかE653系に置き換わり、気づけば定期運用も糸魚川快速だけになってしまいました。

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2016/2/28 新潟にて 

この併結も近い将来見れなくなってしまうので、できる限り新潟に行って記録しておきたいものです。

長くなりそうなので、前編後編に分けます。後編を書くのは(多分)2日後です。

それでは、また。

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