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アメリカの南北戦争のころ 南部のジョージア州の大農園の娘 スカーレット・オハラの恋多き
生涯を綴ったマーガレット・ミッチェル著の小説 Gone With the Wind : 「風と共に去りぬ」が
映画化された時のテーマ曲 マックス・スタイナーが作曲した「タラのテーマ」です
昨日の夕方に こんな映画の場面を彷彿とさせる夕焼けが 広がっていました
↓と言っても 実際に見えた夕焼けはこんな感じでした
![]() ↓ それをスマホのカメラの拡大機能を こうしてだんだん大きくして行った限界が 最初の写真です
でも 西空が真っ赤に燃えるような夕焼けって 梅雨の無い北海道ではよく見られる光景です
こんな夕陽を見るたびに この映画を思い出します
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音楽・映画
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ブロ友さんの記事につられて You Tube 内をウロウロしていたら ↓ 発見したんです
この子 amira willighagen という名前で 9歳位だと思います
プッチーニ作曲の歌劇「ジャンニ・スキッキ」の中で ソプラノ歌手が歌う「私のお父さん」という
題名の有名な歌です ジャンニ・スキッキはその父親の名前で娘はラフラレッタと言う名前です
「私のお父さん」(O mio babbino caro:訳詞)
ああ愛するお父さん
私は彼を愛してます、とても素敵なひとなの だからポルタ・ロッサ(通り)へ行きたいの 指輪を買いたいの! そうよ、とても行きたいの そして、私の恋が叶わないなら 私はポンテ・ヴェッキオ(ヴェッキオ橋)に行って アルノ川に身を投げるつもりよ! 身を焦がす想いがとても苦しいの! ああ神さま、私はむしろ死んでしまいたいのです! お父さん、分かって、お願い! お父さん、分かって、お願い!
イタリアはフェレンツエのヴェッキオ橋に並ぶポツタロッサ(宝石店街)に 愛する彼氏のために
指輪を買いに行きたいと懇願する娘の気持ちを表現した歌ですね
ちなみにこの歌は永遠の歌姫と言われている マリアカラス の歌が最高との評価をされて
いるようですので その歌も貼り付けてみました ↓
この映像は1965年と書いてありましたので マリアカラスが 42歳ころのものかと思います
54歳ころに亡くなっていますので 言うなれば一番 円熟していた時期かと思います
ちなみに この歌詞の様な娘はどんな娘か想像するに 金持ちの家でなに不自由なく
我儘一杯に育ったんでしょうね 私が父親だったら張り倒しているかもしれないな〜
でも この amira willighagen のような子に言われたら 天使の歌声だもんね
即OK するでしょうね
![]() 歌だけでなく 何処にでも天才って居るもんですね
追記
amira willighagenは アミラ ウィリハーゲン ハーフン?とフリカナをしているようです
2013年にオランダで開催されたHOLLAND‘S GOT TALENT というタレントの発掘番組で優勝した
時は9歳だった
声楽の勉強はYoutubeを見ながら独学だそうで この番組で最初にうたったのがこの「私のお父さん」で
準決勝ではバッハの「アベマリア」 を決勝では プッチーニのトゥーランドットから「誰も寝てはならぬ」 を
歌い視聴者の投票で優勝したようです
Youtubeには2018年の動画も載っています 14歳のアミラとなる訳ですけど 個人的には最初の輝きが
少し褪せてきた感がしています
ちなみに BRITAIN‘S GOT TALENT というイギリスで開催された時に スーザンボイルが誕生して
います
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昨日クラス会があって まあしょうもない話題で時間が過ぎたんですが
歌の話になって 誰にも知られないように思い出したのがこの歌でした
作曲・歌は もともとは堀内孝雄なんですが 麻生詩織の歌が琴線に触れたんですね
失恋した後に ススキノの馴染みの小さなスナックに 行った時にたまたまこの曲が
流れていて聴いている内に 涙が自然にあふれて止まらなかった思い出があります
私が生まれてから間もなく 母親がいなかったので歌詞にある子守歌・・・で つい耳を
傾けてたら その後に続く失恋の未練の歌詞だもの これで感情が切れたんですね
普段はあまり感情を表に表わさない性質なので ママさんがどうしたのって驚いてた
![]() まあ長い人生そんなこともある 今は昔 の想い出です
こんなしょうもない記事なので コメント欄を閉じています !
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この記事は昨日書き上げたんですが まあ内容はあまり格好いい話じゃあないので
チョッと躊躇してましたが これも私の想い出の一つと載せて置くことにしました
コメント欄は外しましたので ご理解ください
今日はクリスマスイブイブだけど 夕暮れが迫って 街路にクリスマスのイルミネーションが
点き始めると思い出すこの歌は 私には忘れられない歌の一つになりました
札幌の冬は 寒くてモノトーンの世界が広がる季節…その冬を少しでも明るく
楽しく暮らせるようにと1980年から札幌イルミネーションが始まったんですね
この動画は東京で撮影されたものですけれど テレビ塔やイルミネーションや
街の喧騒・・・雰囲気がよく似ていて 街にはクリスマスソングが流れていて…
クリスマスの思い出をず〜っと遡って行くと・・・チョッと格好悪かった想い出に行きつきます
2004年の クリスマスイブの夕方に 家に一人でいるのが絶えられなくって 街の様子でも写して
置こうとかなと思ってね 札幌駅前から駅前通りを歩きながら大通公園とススキノに向かっている
途中で 狸小路商店街に入りクリスマスソングが流れるアーケードの下を歩いていると
この山下達郎の クリスマス・イブの歌が聞こえて来た・・・
何気にたたずんで聞いていたら この歌詞がなんかその時の自分の気持ちに共鳴して
独りでに 涙が溢れ初めて・・・ 自分でも あれ? なんだなんだ? でしたね
この曲は山下達郎が1983年にシングル盤で発売したんですが クリスマスはキリストの生誕を
祝う行事…なのに 何か哀愁漂う曲だな〜と大して気にもしないで 聞き流していたんですけどね
1989年〜92年にかけてJR東海のクリスマスエクスプレスのCMソングとして使われ クリスマス
のイメージを変えるきっかけとなった曲ですね 遠く離れ離れの恋人たちが 一緒にクリスマスを
過ごすために JRに乗って会いに来る そうした二人の出会いを演出したCMでしたね
そして翌1990年に大ヒットして チャートの1位になったけれど 私にはもう関係ないと思ってた
それからしばらく経った2004年のクリスマスの1ヶ月前の11月25日に 奥さんが癌で亡くなって
環境が大きく変わってしまった でも仕事上の立場もあって仕事に没頭することで崩れそうになる
自分の気持ちを支えていたんでしょうね 感情を殺して気丈に振る舞っていたんです
それが たまの休みに 一人でぶらぶら歩きながら たくさんの人が行きかう姿を見ていると
だんだん現実に引き戻されたんでしょうね そして・・・
・・・だもの全く罪な歌詞だよね 近くのベンチに座って 下を向いたまま無言で暫く泣いていた
いいオヤジが 無様で 格好悪かったけれど 堰が切れると止まらないよな〜
人生長くやっているといろんなクリスマスを経験するけど こんな想い出のクリスマスもあった
サンタさん! いまでもクリスマスプレゼントをもらえるのなら もう一度奥さんに会いたいね
あ〜でも 奥さんにも選ぶ権利があって絶対に会いたくないって 言ってるかもしれないな〜
う〜ん 今年も サンタさんは困ったプレゼントのお願いに 悩んでいるのかな?
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チェビリダッケって ダレダッケ? なんてオヤジギャグを聞いたらご本人は怒り狂うだろうね
もう天国に居られるから 冬だけど雷でも落ちそう〜です
人の名前を覚えるのが苦手だ 苦手を通り越して苦痛になる 当然 物の名前を覚えるのも苦手だ
あるデパートの社長さん 毎年100人以上の新入社員が入社する その入社式で挨拶した後で
新入社員さんに会った時はもう名前で呼んだと言う 嘘だろうと思ったけどホントの話だった
直接 ご本人に聞いたことがある 新入社員の特徴と言葉を繋げて覚えるんだとか だから チェリビダッケって ダレダッケ・・・なのだ
くだらん話はこの辺にして 高校生になってからクラシック音楽を聴くようになった その前は
映画音楽にはまっていた 音楽と言うか映画だね それも洋画専門で邦画はほとんど見たことが無い
ある時 クラス担任が週にどのくらい映画を見ているか挙手をさせた 1日・・・2日・・・5日は私だけだった
![]() 映画音楽と言っても幅が広い 歌ありや バンドの演奏 交響楽団並みに編成した演奏・・・
映画の画面が大型化し音響が格段に良くなって行った 迫力を付けるためにオーケストラが
多くなって行ったので クラシック音楽に入り込むのに あまり抵抗が無かった気がする
初恋の人と待ち合わせていたのが いつもクラシックの音楽喫茶だったこともあるかもね?
まあ そうは言っても作曲家にもいろんなタイプが居る訳で 高校生だったからやっぱりメリハリが
ハッキリしていて 迫力ある方に傾斜する 逆に 神経をチリチリ突かれているようなのは苦手だ
音楽に関する知見はゼロだったから 自分の好みが全てだ 合わないと聞いていても苦痛になる
ベートーベンなんかは 感情そのままでわかりやすいけれど ブラームスは悩める哲学者だよね
兄がドイツに留学した時に シュトゥットガルトにある教会の牧師さんのお宅 にお世話になっていた
その教会に来ていた女性と結婚したんだけれど牧師の娘がソプラノ歌手になって シュトゥットガルト
放送交響楽団やミュンヘン交響楽団の専属歌手として歌っていた時に 日本公演があったので
会ったことがある
「 何が好き? 何聞いているの? 」とか言われても まあド素人だから・・・
![]() その時にブラームスって聞いても良く解らん…みたいなことを言ったら このチェリビダッケの演奏を
勧められたんですね そう言われても嫌いな奴を聞いてみろと言われてもね簡単に好きにならんよ
仕事をする時は常にBGMを聞いている 好き嫌い関係なく何でもいい クラシックは長いから良い
演奏だけだから言葉で気が散ることは無い そのBGMの一つにこのチェリビダッケのブラームスの
交響曲を入れているから もう何十回?何百回聞いたかもしれないけれど 未だに好きになれない
性格的には 一つの音も大事にする まあ日本の名工と言われるような職人肌の人だったようです
大の録音嫌いだったので 生前こうしたレコードやディスク販売を 殆どしなかったようですね
それだもの 大雑把で いい加減な性質の私とは合わんわね〜
![]() でもね 学習効果ってのがあって 繰り返している内に 覚えて行くんですよね 下でTV見ていたら
ソファの脇でニャ〜って声がしたので え・・・と見たら7号ちゃんが居た・・・重たいガラス戸を開けて
階段の途中にある扉を開けて降りて来たんですよ 何回もやっている内に 憶えちゃったんですね
![]() 猫でも学習するんだもの私も学習しないとね と思ってこの全集を買って来た
自慢じゃあないけれど ブラームスにしたって この指揮者であるチェリビダッケにしても ほとんど
知らないし書き物を読まない 誰かが書いた予備知識は その人の主観だから邪魔なだけだけど
この全集に附いていた解説書を読んでいて 楽壇の帝王と言われたカラヤンと双璧を成す偉大な
指揮者だったと言うのを発見した しかもブラームスが得意・・・しかもしかも この人に指揮の下で
歌ってたんですよね それで勧めてくれたんだと解った 学習が遅いよな〜 猫は1年で覚えたのに 私は あれから10年以上経ってる
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