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北沢方邦氏の新著『音楽入門』(平凡社)をたいへん面白く読みました。前著の『音楽のメタファー』と併せて、ぜひおすすめいたします。
北沢氏は音楽社会学者で、科学認識論、構造人類学者でもあります。音楽のみを研究する音楽学者とは違って、神話や宇宙論、民族の文化や社会との関わりを通して、俯瞰的に音楽を論じるところが独創的で、深く真実に迫っていると思われ、以前から注目していた方です。元神戸芸工大教授で、桐朋学園大学教授を経て、現在、信州大学教授。私が在学中にはお目にかかれなかったのが残念です。
北沢氏の音楽に対する造詣の深さは、音楽学者もまっさおという感じにすごいです。普通の音楽書を読んでも、あまり感銘を受けるということはありませんが、北沢氏の主張されることには同感するところが多く、本当に感心してしまいます。
北沢氏の主張は、「音楽は楽器や音そのものを記号として、それぞれの種族の宇宙論の表現であった」ということです。記号とは、人間に固有の「意味」をになうもののこと。音楽は宇宙の意味を表現するものだったのです。まったく同感です。
中国の荘子は、音楽を「天籟」「地籟」「人籟」の三種類に分けました。「籟(らい)」とは、笙など竹で奏でる音楽のことですが、この場合は音楽一般を指しています。
荘子によると、地籟とは風や水が吹き起こす地球の音楽であり、人籟とは人間が奏でる声や楽器の音楽、そして天籟とは人間が聴くことの出来ない「宇宙の音楽」であるが、人間も地も自然の一部なので、すべてはこの天籟に含まれてしまいます。
西洋音楽の歴史では、バッハから近代の音楽が最高であるとされていますが、西洋音楽は「人間の音楽」のみが突出しています。もちろん「人間の音楽」と「天の音楽」のどちらがエライということはなくて、人間の音楽の中に無数のすぐれた曲があることは確かです。しかし西洋の学者が考えるように、音楽は古代から現代まで一直線に進化して来たとは言えないでしょう。「人間の音楽」は、かつての音楽が記号として持っていた「意味」を失っているからです。
ベートーヴェンの頃にはまだ、特定の調が表す感情を示す「情緒理論」や、金管楽器が持つ役割などがありましたが、十九世紀末の混沌の中にはそれらも溶解してしまいます。そこで「人間の音楽」から音楽を解放しようとする「革命」を起こしたのがドビュッシーです。
ドビュッシーは音を感情表現の道具であることから解き放ち、もういちど音をモノに還元しようとしました。ドビュッシーをこのような革命に駆り立てたのは、パリ万博で演奏されたガムラン音楽の衝撃であったそうです。ガムランはインドネシアの固有の宇宙論に基づく神話的な音楽で、西欧近代の「人間の音楽」からは最も遠いものでした。
つまり、「天の音楽」を「人間の音楽」に組み込んだのがバッハ、そして音楽を「人間の音楽」から解放したのがドビュッシーということになるのです。
その後が問題になりますが、20世紀になると音は意味を失い、モノであることもやめ、記号のニヒリズムともいうべき状況に陥ってしまいます。
それでは今後、音楽はどのような方向に向かっていくのでしょうか。これこそが私にとっても最も重要な関心事なのですが、北沢氏は「音楽における宇宙論の復権が、音の記号の意味の回復につらなる」と述べています。まったく同感です。
現在、経済的グローバリズムが世界を覆い、文化の画一化を促進しています。文化の全般的な衰退は現代社会の特徴とされます。
しかし一方、音楽的な「野生の思考」の復権もいたるところで見ることができます。ジャズやロックはアフリカ系の身体リズムに基づいて、躍動的な「野生の思考」を復活させました。
音楽的な「神話的思考」とは、各文明の宇宙論に基づいた祭祀や儀礼の音楽を構成する思考のことで、日本でも多くの現代音楽作曲家が、伝統楽器とオーケストラの融合による奥深い表現を行なっています。
記号のニヒリズムの時代において、記号の意味を取り戻すことはきわめて大切で、それは人間の文化の創造性や多様性の回復の基盤となる、と氏は記しています。
結局、これからの時代に重要なのは「野生の思考」と「種族性」の回復だということで、このように時代の道標を指し示す書物には希少な価値があるでしょう。「種族性」とは、国家のことではなく、民族の文化を指しています。各民族の固有の神話、宇宙論、文化を大切にしなければ、すべてが画一化された世界では、もはや文化の発展はない、ということなのですね。
「野生の思考」の回復には同感ですが、すでにここまでグローバル化が進んだ現在、「種族性」の回復は可能なのでしょうか。疑問を感じるところもありますが、皆様はいかがお考えになりますか?
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参考になりました。
http://blogs.yahoo.co.jp/willibyeats
2010/6/13(日) 午後 0:04 [ Yeats ]
コメントありがとうございます。
音楽の原点を忘れないでいたいものですね。
2010/6/14(月) 午後 11:35 [ mus*io*2013 ]