|
日本の作曲家の中でも、とりわけ仏教に造詣が深いと思われる人物として、松下真一がいます。彼は仏典や声明、和讃などを深く研究し、東西両本願寺や高田派、光明寺派など十派が団結して「真宗連合」ができた時に、その記念として委嘱作品「オラトリオ・親鸞」を作曲しました。また「阿弥陀経」をもとに、北ドイツ放送委嘱の「廻向(えこう)」や、「阿含教典」を用いた「シンフォニア・サムガ」を書き、芸術祭最優秀賞を受けました。「妙法蓮華経」の音楽化では、レコード9枚にのぼる大作になっています。なぜか仏教と縁が深いので、ご自分でも仏縁があるとおっしゃっています。
松下真一氏は数学者であり、作曲家でもありました。
ハンブルク大学国立理論物理学研究所で客員研究員をつとめ、位相解析学の世界的権威として知られていました。作曲でもローマ国際作曲コンクール第一位、国際現代音楽祭作曲コンクール第一位、フランス大使賞、ドイツ大使賞など数多く受賞し、国際的に広く知られていました。
ところが、このブログでは最近、国立劇場委嘱の日本の現代音楽について書きましたが、委嘱された30人ほどの作曲家の中に、松下真一が入っていなかったのです。他にも仏教の声明を使った作品を書いている人がいるのに、なぜ彼には場が与えられなかったのでしょう。松下氏は音楽大学に行っていないので、音楽界に人脈がなかったのでしょうか。日本の音楽界というのは、誰が師匠で、誰の弟子筋になるのかが重視される、家元制度のようなたいへん古めかしい世界です。細川俊夫も、日本の音楽界は人間関係で動いているけれど、欧米では本当に優れたものが評価される、と言っていましたね。でも、有力な師匠についていないから認められないなどというのは、たいへんおかしなことで、あってはならないことだと思います。
松下真一のエッセイ集『天地有楽』(音楽之友社)を読んで、最後の娘さん(芝池陽子さん)が書いたあとがきが印象的でした。
松下氏と陽子さんはハンブルクでよく散策に出かけ、よく話をしたそうです。また松下氏はしばしば体の不調を訴え、時には夜中に車で駆けつけたこともあるそうです。彼は常に生と死の中間点に生息していたようだったと。
「そして1990年12月25日、クリスマスの日に彼は突然の死を遂げた。・・・彼はまさに涅槃の形態で横たわっていた。」ドイツを愛していた彼がクリスマスの日に、また深く仏教音楽にも帰依していたので、涅槃のような最後であったことが、いかにも父上らしかったといいます。
「若くして数学界にデビューした彼は、その後、音楽界にもおいても功を成したが、生涯、人に媚びることを嫌い、他が彼の作品を評価することのみを待ち望むといった姿勢を崩さなかった。また他人に対するあからさまな批判もドイツのような弁論国家においては許されても、日本では最も嫌悪されることとなり、それが彼と他の人間との間に少なからず距離を敷く結果となってしまった。」
「また彼は・・・幾人かの人間のエゴによって失意するところも多かった。1985年以降、彼が音楽界から消息を絶ったのも、主因は人間不信-----いくつかの打撃的な失望によるものと私は確信する。」
陽子さんの証言によると、松下氏は日本の音楽関係者との間に強い確執があったようですね。それが原因で作曲活動から遠ざかったとは知らなかったので、これにはちょっとショックを受けました。松下氏は半分ドイツ人のようなものなので、ものごとをはっきりと言う方だったのでしょう。でもそれを受け入れられない日本の音楽界は、変わり者を排除する日本の社会の縮図なのでしょうけれど、そのままの現状でよいのでしょうか。
松下氏はあまりにも頭脳明晰で、あまりにも才能にあふれていたために、実社会ではいろいろな葛藤があり、厳しい人生を歩まれた方なのでしょう。
しかし、1985年以後も、彼は創作活動を続け、宇宙論の展開の考察も行なっていたそうなので、最後まで孤高の道を歩き続けたのですね。陽子さんがおっしゃるように「普遍的な精神性の追求に自己の生を懸けていた」すばらしい生き方だと思います。
松下真一の著書に『法華経と原子物理学』(光文社)があり、25年ぐらい前に読んだのですが、ふとまた読みたくなり、インターネットの古本を取り寄せて読むことができました。今読んでも、原子物理学と仏教について的確にまとめて書かれています。「色即是空」が量子力学の考え方に対応しているという部分は読んだ覚えがありました。また、時間の逆行についての数学の論文を書いていたことなど、とても興味深く思います。
音楽にしても数学にしても、つきつめていけば普遍的な真理を求めることになるでしょうから、松下氏は純粋な精神性の持ち主だったのですね。私もあの世に行ったら、松下氏に会ってお話をきかせていただきたいものですね。
|
はじめまして。小生は、遠く愛媛の地で、現代音楽の研究サークルを主宰しており、松下真一の業績の再評価をライフワークにしております。現在松下真一のHPの準備を進めております。貴殿の仰るとおり、松下真一は、世界的な評価を得ていたにもかかわらず、また国内では日本ビクターの理解と後押しがあったにもかかわらず、ついに日本の作曲界からは、正当な評価を得ることができなかったのは、残念でなりません。ただ、松下真一の作品は、かつて、海外の錚々たる演奏家によって、委嘱・演奏されておりましたが、彼の主要作品はまだ埋もれたままなのです。ここ10年くらいで、なんとか発掘をしようと思っております。
ここで、お願いなのですが、もし貴殿の手許に松下真一の放送音源(「混声合唱のための「廻向」」「交響曲第3番「次元」」「パルボリッシュパラベル」等)を録音したテープなどがありましたら、以下のアドレスに連絡いただけないでしょうか。HPでの楽曲解説に役立てたいと考えております。[patariro1961@yahoo.ci.jp]
突然に不躾なお願いですが、よろしくお願いいたします。
2009/11/15(日) 午後 6:36 [ xen*k*s19*1 ]
patariro1961様、こんにちわ。コメントありがとうございます。
松下真一の再評価をライフワークにしていらっしゃるのですね。
主要作品がまだ埋もれたままとは、なんともったいないことでしょう!
ぜひ発掘して発表し、正当な位置づけをしていただきたいと思います。
昔の音源は、残念ながら持っておりません。お役に立てずに申し訳ございませんが、ぜひライフワークが完成されますようお祈りしております。
2009/11/16(月) 午後 10:25 [ mus*io*2013 ]
museion2013様、早速のご返信ありがとうございました。音源の件、了解いたしました。松下真一のHPの立ち上げは、まったく私の趣味の域を出ませんが、日本の音楽史に豊かな1ページが加えられるよう、ボチボチやります。では。
2009/11/19(木) 午前 0:52 [ xen*k*s19*1 ]