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小学校の音楽の先生を覚えていますか?
私が教えていただいたのは、杉並区公立小学校の大熊進子先生でした。
先生は若くてお奇麗で、教科書以外にも、生徒の詩に作曲したり、世界の名曲を教えて下さいました。
指揮を教えて下さったり、器楽クラブでシロフォンを弾かせて下さったり、リコーダーで器楽コンクールに出るご指導をいただいたりしました。
何しろ私も音楽が大好きだったので、はしゃいだり、ふざけたりすると、「バカみたいに大口をあけている子がいる」と怒られました。
とても熱心な先生だったので、怒られたような記憶しかないのですが、でも才能あふれる良い先生だったなあと時々思い出すことがありました。
とくに忘れられないのが、生徒の詩に先生が曲をつけた「打ち出のこずち」や、アルカデルトの「アベマリア」です。
「アベマリア」は何故か昨年、どうしても気になったので、ピアノ教室の生徒さんにも歌ってもらったところ、歌詞まですべて覚えてしまった子供もいました。
長い間、大熊先生のお名前を忘れてしまっていたので、先生の消息を尋ねることができなかったのですが、最近になって母の持ち物の中から、先生から母がいただいたお手紙が出て来て、進子先生というお名前がわかりました。ネットで調べると、しんこ先生だと思い込んでいたのは間違いで、「のぶこ先生」でいらっしゃることがわかりました。
ところが残念なことに、大熊のぶこ先生は、一年半ほど前にお亡くなりになっていました。
もう少し早くお名前がわかればお会いできたのに、と悔やまれてなりません!
お忙しい先生が、一生徒の母親宛に、ご丁寧なお手紙を下さっていたことにも驚きました。
ネットで検索すると、先生のご著書があることがわかり、さっそく取りよせて読んでみました。
先生は15年間公立学校で教えた後、ハンガリーで勉強され、帰国後、児童合唱や幼児教育を続けていらっしゃいました。コダーイの研究をなさったので訳書もあり、なんとハンガリーに学校まで作って大活躍されていたのです!
やはり先生はすごい方だったのだなあと嬉しくなりました。
「と〜りゃんせ とおりゃんせ」という本を読ませていただくと、先生の教育に対する情熱や、「わらべうた」を大切になさっていたこと、そして先生の生き方が鮮やかに浮かび上がってきて感銘を受けました。
音楽で行きていくということは、生活は不安定になることもありますので、お若い頃は
「本当にお金がなかった。
それでも食って来た。
なんでか?
生きるのが面白かったから。
知りたいことがたくさんあったから、今でもそう」
なんていうあたり、全く共感してしまいます。
「ハングリーで不安定な生活をしてきたから」こそ、一途に理想を求めて情熱を傾けられたのでしょうね。
「音楽科を出たから音楽を教えてきたわけではなく、音楽科を出たので音楽を通して人間としてどう生きて行くかを私のところに来てくれる人たちと語り合ってきたような気がします」・・・なるほど。
まだまだ大熊先生の足下にも及びませんが、私も精進していきたいと思います。
ニューヨークのスタインウェイに行った時に、書いてあった言葉。
「あなたには楽譜の読み方を教えてくれた先生がいます。その先生に感謝しなさい!」
・・・ハイ!
大熊先生も、紛れもなく私の大切な恩師の一人です。
のぶこ先生、どうもありがとうございました!
そして音楽はいつも私たちと共にあります。
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