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 5月17日にロシアの名匠と言われるピアニストのザラフィアンツさんが来松され、ハーモニーホールでコンサートがあります。
翌18日に松本ピアノ協会で、ザラフィアンツ氏の公開レッスンを行ないます。
聴講はピアノ協会の会員限定ですが、詳しくは松本ピアノ協会のHPをご覧ください。
どうぞよろしくお願いいたします。

六本木ヒルズ

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 東京の音楽事務所「イマジン」を訪ね、色々と今後のご相談をしてきました。
飯田橋の近くの下町情緒のある界隈で、ここから音楽情報が発信されているという躍動が感じられました。

午後は空き時間があったので、六本木ヒルズの美術館へ「ラファエル前派展」を見に行きました。
先日、松本市美術館でコンサートを行なった時の流れで、興味を持っていたのです。
「ラファエル前派」とは19世紀イギリスのグループですが、イタリアのラファエル以前の、中世やルネッサンスを範とする運動だったことを知りました。
ロセッティやミレイ、モリスなどの作品をふんだんに見ることができますが、彼らの人間関係はややこしく、ロセッティの妻は悩みの中で、アヘンの過剰摂取のため死亡するなど、人間として疑問を感じるところもあります。

帰りに六本木ヒルズの屋上へ行ってみました。
日本で一番高い所にある屋上だそうで、ヘリポートがあります。
強い風が吹いていて、吹き飛ばされそうになります。
東京タワーが低く見えます。
まるでおのぼりさんですが、東京に住んでいると、なかなかこんな所には足を運びませんからね。
空の上から満開の桜を見物しました。

井の頭公園の桜

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 20年ぶりに井の頭公園の桜を見たいと思ったのですが、まだ3部咲きぐらいでした。
桜より人間の方が多いぐらいでした。
でもうららかな暖かい陽射しの中で、のんびり散歩することができました。
20年ぶりといっても、行ってみると、まるで毎年来ていたかのような感覚で、
すぐに昔に戻ってしまうのが不思議です。
そう、昔の同級生に会った時のような感じですね。

思うに、井の頭公園と上高地は似ているのではないでしょうか?
井の頭公園の池は神田川の源流で、上高地からは奈良井川・犀川が流れています。
両方とも流れの周囲を歩くことができます。
上高地を訪れた時、その清涼な空気や透明な水、穂高岳の絶景などに息を呑みましたが、
そこに親しみを感じたのは、もともと井の頭公園の池の周囲が身に染み込んでいたからかもしれません。
げに恐ろしきは幼児期の原体験なりと思わせられます。
惜しむらくは井の頭公園の周囲にはマンションが見えることですが、
もしかして井の頭公園を作った人は、上高地を再現しようとしたのかなあなどと空想してしまいます。
東京はこれからお花見本番です。

川崎チッタでライブ

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 珍しく川崎のクラブ・チッタでロックのライブを聴きました。
日本のプログレッシブロックのフェスティバルです。
40年ぐらい前からのプレイヤーとファンたちが一同に会し、開場は満員の立ち見もありました。
いつも微細な音を聞き分けている私の繊細な耳がどうなるかという一抹の不安もありましたが、
行ってみると何ともなく、まるで平気なので不思議でした。
バンドの大音響はストレートに、体幹に振動を与えます。
ベースは胃のあたり、ギターは胸に来ます。
音波によるマッサージで体をほぐす作用があるのでしょう。
ドラムのリズムによって、細胞を活性化し、エネルギーを再生するでしょう。
精神的には大音響によって外界とのつながりを断ち、思考を停止、ある無想の境地になるのかもしれない。
とにかくクラシックとは違う作用がある、別の世界なのですが、
最近の脳科学によると、感動や快感は脳内のドーパミンによるもので、
それは音楽や食事、性感など何でも同じだそうなので、
音楽のジャンルが違っても、脳内では同じ現象が起きているのでしょう。
でもクラシック音楽の一部の中には「天国への階段」があると感じます。
他のジャンルではどうなのでしょうね?
大音響の中で私はいろいろ考えたのでした。

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 本日、松本市美術館でサロンコンサートを行ないました。
2週間の告知期間しかなかったのに、120名のお客様がいらして、熱心に聴き入って下さいました。
開催中の「モローとルオー展」にあわせた、フランス音楽のコンサートです。
出演は、塚本敦子、津田裕子、川口真衣。
作曲家と画家の関係など、曲目解説をお話ししながら、楽しい2時間を皆さんと共に過ごすことができました。
曲目解説の原稿を載せておきます。


 本日は美術館開催の「モローとルオー展」に寄せまして、モローが生まれてからルオーが亡くなるまでの時代のフランス音楽を、年代順に追いながらご紹介していきたいと思います。
モローが生まれた1826年から、ルオーが亡くなった1958年まで、100年以上にわたる音楽の旅となります。
私もモローが大変好きで、パリのモロー美術館を訪ねたこともありますので、このようにモローの絵の近くで演奏出来ますことを、たいへん幸せに思っております。

<ショパン>(1810〜1849)
 モローが生まれたのは1826年ですが、ショパンがバリにやって来たのは1831年のことでした。それから1848年まで、ショパンはパリで活躍しますので、モローの若い頃は、音楽の環境としてはショパンの時代ということになります。
音楽と詩と美術は大変近い関係にあり、ショパンは「ピアノの詩人」と言われていますし、詩人や画家とのお付き合いもありました。ドラクロワとはジョルジュ・サンドの家で同居していたこともあり、ドラクロワが描いたショパンの肖像は、ショパンの内面を深く引き出している傑作と思われます。
本日はショパンのワルツを3曲、塚本敦子さんが演奏して下さいます。

<フォーレ>(1845〜1924)
 フォーレは1845年生まれですので、ショパンが亡くなる1849年まで、4年間は人生が重なっていたことになります。
そのためフォーレの初期の作品は、ショパンの影響を受けていると思われますが、その後、フランス近代音楽への道を切り開いていき、教育者としてもバリ国立音楽院の教授となって、ラヴェルなどの弟子を育てていきます。時代としては、アール・ヌーヴォーの音楽家とされています。
19世紀のサロンは、主に上流階級の歌姫によって運営されていました。フォーレは872年に、ポーリーヌというショパンに可愛がられた歌姫のサロンに参加して、年取ったジョルジュ・サンドに会っています。
敬虔なクリスチャンでしたが、なかなか女性には人気があったようで、後にドビュッシー夫人となったエンマ・バルダックは、フォーレの元カノでしたし、結婚していたのに晩年の演奏旅行に若い女性を伴っていたそうです。
これから演奏する「即興曲」は「小品集」の5番で、とてもロマンチックな曲です。「無言歌」と続けてお贈りします。

<ドビュッシー>(1862〜1918)
 ドビュッシーは絵画と最も関係の深い音楽家で、「音楽の画家」とも言われます。
ドビュッシーは「音楽と同じくらい絵が好き」と語っており、絵画や彫刻から作曲のインスピレーションを得ていました。
若い頃からドガやホイッスラー、ターナー、ルドン、カミーユ・クローデルらに関心を持っていました。
「海」という曲の表紙には、葛飾北斎の「神奈川県沖の波」の絵を使っています。
ドビュッシーのパトロンにルロールという画家がいて、ルロールの娘がピアノを弾いている絵をルノワールが描いています。マルセル・バシェという画家による「クロード・ドビュッシーの肖像」も有名です。
はじめに川口真衣さんが演奏する「アラベスク」はアール・ヌーヴォー的な文様を表しています。
次に「月の光」と「雨の庭」を演奏します。
「雨の庭」は「版画」という曲集に入っており、中国や日本の美術の影響があります。

<サティ>(1866〜1925)
 後半はサティから始まります。
サティは神秘主義者でバラ十字団の専属音楽家でしたので、少しそのことに触れたいと思います。
神秘主義とは、何かわけのわからないものと思われがちですが、実はとてもシンプルで、神様を信じ、神と直接合一することを求める考え方のことです。キリスト教では教会に属し、教会を通して神様を信仰しなければならないので、キリスト教の枠を越えた思想であり、活動であることになります。
「バラ十字団」とは、はじめは架空の団体で、古代の哲学や、中世・ルネッサンスの思想を徹底的に編集し直したものなのですが、ヨーロッパに広く普及したため、実際に団体を作る人物が現れ、モローとルオーも美術にバラ十字の主張を託しました。
「バラ十字団」は芸術のサロンにもなっており、1893年の「バラ十字サロン展」には、モローとルオーも出展していました。
「バラ十字団」はモローを「ダ・ヴィンチの再来」と看做して崇拝しており、首席画家になって欲しかったのですが、モローはそれを断わったそうです。
 これから演奏しますサティの「ジムノペディ」はとても人気のある曲ですが、今回改めて見直してみると、かなりテンポがゆっくりであることがわかりました。また色々な不思議な指示が書き込まれていることも特徴です。
「ジムノペディ」とは、古代スパルタの戦争で亡くなった兵士を悼む踊りのことです。
「グノシェンヌ」は、古代ギリシャのクレタ島にあった古都グノーソスに由来するとも、古代グノーシス派に結びついているとも言われています。

<ラヴェル>(1875〜1937)
 ラヴェルはおとぎ話のようなお家に住み、繊細な陶器やガラス細工を集めるのが趣味でした。
「パヴァーヌ」とは、16世紀〜17世紀にヨーロッパの宮廷で普及していた踊りの名前です。
ラヴェルはルーヴル美術館で、17世紀スペインのベラスケスが描いた王女マルガリータの肖像画からインスピレーションを得て作曲しました。ベラスケスの最高傑作とされる「ラス・メニーナス(女官たち)」の中央にも描かれている王女さまです。
この曲は誰か亡くなった王女さまのための曲ではなく、ラヴェルは「昔、スペインの宮廷で、小さな王女が踊ったようなパヴァーヌ」としており、スペインの王朝に対するノスタルジアを表しています。

<ドビュッシー>
 「亜麻色の髪の乙女」は、ルコント・ド・リールの詩「スコットランドのシャンソン」を音楽にしたものです。
「夏の明るい太陽のもと、愛はひばりとともに歌った」という、とても明るい歌です。(スコットランドでは夏にひばりがいる?)
亜麻色とはどんな色かというと、これが難しいのですが、「黄色がかった薄茶色」とされており、栗色を指すこともあるようです。
世紀末のヨーロッパには「女性の髪」にまつわる芸術が溢れていました。
私は髪というと、ラファエル前派のロセッティの絵を思い出すのですが、ロセッティの赤毛の女性は、運命の女・ファムファタルを描いています。
「亜麻色の髪の乙女」は、そのような運命的な女性というよりは、輝かしい愛の喜びを歌う少女ではないでしょうか。

<プーランク>(1899〜1963)
 プーランクは1963年まで生きていましたので、ぐっと新しい人物になります。
プーランクはフルートソナタの名曲や合唱曲なども沢山書いていますが、「画家の仕事」という歌曲集があり、ピカソ・ブラック・クレー・ミロ・シャガールなど、20世紀の画家達をテーマにしたものです。
また彼はエディット・ピアフをとても評価しており、彼女に捧げた一曲です。


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