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乗鞍高原の紅葉

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今年は10月のはじめが暑かったので、紅葉が遅れたようですが、
10月末から11月はじめにかけて、山は美しい装いに変わりました。
乗鞍高原で散策しながら紅葉を楽しみ、乗鞍を眺めながら温泉に入りました。
「秋の夕日に照る山紅葉」を堪能した一日でした。
3枚目は善五郎の滝です。

堀米ゆず子コンサート

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 ヴァイオリンの堀米ゆず子さんのコンサートがあり、終演後にお会いすることができました。
ゆず子さんとは5才の時から桐朋の音楽教室で学び、高校・大学も同級生でした。
何十年ぶりにお会いしましたが覚えていて下さって嬉しく思います。
ゆず子さんは日本で学んで、留学せずにエリザベートコンクールで優勝。しかも審査員が感動して泣いたという伝説の持ち主です。現在はブリュッセルの王立音楽院教授をつとめながら、世界中で演奏会を開き、CDを録音し、世界のコンクールの審査員などをこなしています。
まさに世界の一流音楽家として大成されました。
子供の頃から変わらないのは大きな目と、豪快な笑顔。(豪快というのは失礼かもしれませんが)
そして今は貫禄が加わりましたね。
ブログを拝見すると、音楽家として世界を飛び回るご様子がわかり、すばらしいご活躍を嬉しく思います。
世界のコンクールの審査員をするということは、その若者がプロの演奏家として一生食べて行かれるかどうかをみるわけですが、ゆず子さんによると、プロになるために必要なのは才能・体力・精神力はもちろんのこと、「社交的適応力」と「楽観的忍耐力」とのこと。
なるほど、世界で色々な国の人と出会い、共に仕事をしていくためには、語学力も必要ですし、コミュニケーション能力が重要であり、またソリストとしてやっていくためには仕事が不安定な時もあり、ときに批評家に叩かれることもあるかもしれないので、そのような不安に動揺しない楽観性が必要なのですね。
そのすべての条件を備えているのが堀米ゆず子さんというわけです!
本当にこれは希有なことと感嘆します。
 古楽好きな私としては、モダンヴァイオリンを久しぶりに聴きましたが、やはりモダンヴァイオリンの表現力には圧倒されます。ヴァイオリンのすばらしさを改めて感じさせてくれました。
バッハのシャコンヌはこれから録音するそうなので、それを楽しみにしています。
これからもどうぞますますのご活躍をお祈りしています!

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 松本ピアノ協会主催の「ジュニア ピアニスト アワード」のオーディションが終了しました。
今回は27名の参加者の中から、アワードの出演者10名と、「キッズ プレミアム ステージ」(小学校1年〜3年生)の出演者3名を選出するため、審査員をつとめました。
審査は5点刻みの得点評価と、一人ずつに講評を書くので、オーディション中はずっと書き続けで、出されたお茶を飲むヒマもなく、手が痛くなるほどでした。
でも大きなコンクールでは出場者が100人とか、10時間の審査などもあるので、それに比べればたいしたことはないのですね。
今年で3回目のアワードは、だんだん人数も増え、レベルも高くなって来ているので、聴きごたえのあるものでした。皆さん、難しい曲をよく弾きこんでいるのですが、共通して感じられたことは、易しいところで油断しやすいということでした。
中にはコンクール慣れしていて、とても落ち着いて演奏する方もいます。惜しくも今回選に漏れた方でも、どうぞまた繰り返し挑戦してみて下さい。きっと演奏についてのカンが養われていくことでしょう。
とにかくジュニアのすばらしい活躍を応援しています。
来年1月26日、キッセイ文化大ホールでのコンサートを楽しみにしています!
コンサートでは聴衆の皆様の投票により「ミューズ賞」(最高賞)が決まります。
どうぞ皆様、お気に入りのジュニアに投票して励ましましょう!

新穂高ロープウェー

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 西穂高の登り口まで上がることができる「新穂高ロープウェー」に乗りました。
お天気に恵まれて標高2200メートルまで登ると、目の前に西穂高が聳え、槍ヶ岳もはっきりと見えました。
遠くには加賀の白山連峰まで望むことができ、じつに雄大な眺めでした。
前日に雪が降ったため、山々は美しい白銀をまとい、近くの森林も樹氷となっていました。
帰りには平湯温泉に浸かり、上高地の散策もできました。
本当にすばらしい秋の一日でした。

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 ハーモニーホールのリニューアル記念で、仲道郁代さんのリサイタルがあり、プログラムの曲目解説を書きました。長いですが全文掲載いたします。
終演後に仲道さんにお会いすることができて、とても丁寧に応対して下さいました。
やはりテレビなど各方面で活躍していらっしゃるのは、実力に加えてお人柄の良さもあるのでしょうね。舞台では迫力の演奏から大きく見えますが、実際には小柄な方なので驚きです。しかも手も大きくはないので、日本人女性でもあれほど弾けるということは、私たちにとっても励みになります。
20年ぐらい前に聴かせていただいた時よりも、はるかに音の厚みが増して、音楽に深みがあるので、この20年の進化に感嘆いたしました。
ちなみに仲道さんが今所有している19世紀のピアノは、フルートの有田先生から来たものです。以前このピアノについて有田先生から私にも声がかかったのですが、当時私もピアノのローンを抱えていて、手が出せませんでした。残念! でも仲道さんのところに行かれて良かったですね、そのピアノさんは。

2013年9月28日
松本音楽文化ホール(ハーモニーホール)
仲道郁代ピアノリサイタル

曲目解説です


モーツァルト (1756〜1791)

フランスの歌「ああ、お母さん聞いて」による12の変奏曲 ハ長調 K.265 (きらきら星変奏曲)

 「きらきら星」の歌として世界中で親しまれているこのテーマは、もとは当時の流行歌 “Ah, vous dirai-je, maman”( ああ、お母さん、あなたに申しましょう)という、娘が母親に恋心を打ち明ける曲でした。
この恋の歌をもとにモーツァルトは、1778年に12の変奏曲を作りました。弟子の教育用であったので、指の訓練としての側面もありますが、変奏曲には様々なアイディアと技巧が凝らされ、美しい緩徐楽章にも似た第11変奏など、まさに考え抜かれた配置となっています。
 「きらきら星(Twinkle,twinkle,little star)」の歌詞は、イギリスの詩人ジェーン・テイラーが1806年に書いた“The Star”なので、この歌詞が生まれたのはモーツァルトの死後のこととなり、もとは恋の歌であったこの曲の変貌はモーツァルトの知る由のないことでした。
 さらに「きらきら星」は「アルファベットの歌」としても用いられるようになり、誰の耳にも馴染みのあるものとなっています。

ピアノ・ソナタ 第11番 イ長調 K.331 (トルコ行進曲付)

 モーツァルトは子供の頃から晩年まで、生涯にわたってピアノソナタを書き続けました。
ソナタとはカンタータに対応する言葉で、イタリア語のsuonare=楽器で音を出す、から来ています。
16世紀までは音楽の中心は声楽で、楽器は伴奏に過ぎなかったのですが、次第に楽器で歌うことができるようになり、器楽は独立してソナタとなりました。
モーツァルトのピアノソナタは現在17曲が知られていますが、じつは7才から10才までの旅行中に14曲のソナタが書かれました。このうち12曲はヴァイオリンまたはフルートのオブリガートがついているので、ピアノソナタの分類に入れられていないのです。
この3年半のヨーロッパ旅行中に、モーツァルトは「神童ピアニスト」として、人々の心に深く刻み込まれました。
 1700年頃にピアノが誕生して以来、モーツァルトが生きた1756〜1791年の35年間は、ピアノという楽器が急速に発展した時代でした。
そのため彼の生涯のそれぞれの時期により、ピアノの性能が異なっており、作曲の発想も変化していきます。
ザルツブルグ時代といわれる青年期までのピアノ曲は、チェンバロの響きを念頭に作られたもので、サロン用の音楽でした。
モーツァルトが初めて近代的なピアノに出会い、その豊かな表現力に衝撃を受けたのは、1777年・21才の時でした。アウグスブルクでシュタインのピアノに触れ、そのアクションの構造に目を見張り、すっかり夢中になってしまいます。
 さらに彼のウィーン時代(1778〜1791)に入ると、ピアノはますます発達を遂げ、モーツァルトがいろいろ試みたピアノのうちの一つ、ワルターの64鍵ピアノが今もザルツブルクのモーツァルテウムに保管されています。
また1783年には、普通のピアノの響板の下に、もう一枚の低音補強用の響板を付けた珍しいピアノを持ち歩いていたという記録もあります。
 本日演奏される2曲のピアノソナタは、いずれもモーツァルトの円熟期であるウィーン時代に書かれたもので、ピアノも現代に近いアクション構造を持って、細かな技巧に応えることができ、豊かな低音の響きを持っていたと考えられます。

 ウィーンでのモーツァルトは、ピアノ教師と演奏会で収入を得ていました。
演奏会では自作の曲を並べるのですが、そのメインはピアノ協奏曲であり、次々とピアノ協奏曲の名曲が生み出されていきました。その影でピアノソナタは少し目立たなくなってしまいましたが、ウィーン時代に11曲のソナタが作られています。
K.331(トルコ行進曲付)とK.332は、共に1783年の作です。
 K.331(トルコ行進曲付)は、3楽章から成っていますが、通常の第1楽章アレグロを欠くという変則的な形になっています。
第1楽章は優美なアンダンテ・グラツィオーソのテーマと、6つの変奏曲が奏でられます。
パリのサロンを彷彿とさせる優雅な変奏曲の数々です。
第2楽章のメヌエットも、パリの社交界を目の当たりにさせられるような華麗さと繊細さに満ちています。
第3楽章が有名なトルコ行進曲です。
1782年に作曲された「後宮からの誘拐」も同様に、当時のエキゾチックなトルコ文化の流行を反映しています。実際にはトルコ音楽の西洋的アレンジですが、トルコの軍楽隊の小太鼓の模倣が使われています。
当時のピアノには、トルコ風の曲を弾くために太鼓が付けられているものがあり、足のペダルで操作します。
モーツァルトが演奏したピアノにも太鼓が付いていたのかもしれません。
ドラム・ペダル付きピアノは、浜松の楽器博物館などで見たり聴いたりすることができます。
このような楽しいトルコ行進曲は、モーツァルトの遊び心の現われなのかもしれません。

ピアノ・ソナタ 第12番 へ長調 K.332

 K.332 へ長調のソナタは、同じく3楽章形式です。
第1楽章のテーマは美しい「歌」になっており、これは初期のザルツブルク時代には考えられなかったことで、当時の発達したピアノだからこそ可能になった、新しいピアノの音楽と言うことができます。
和声的にも、ハ短調に転調した部分の和音の運びなど、現代に通じる面白みがあり、2年後に書かれることになるK.475の、ベートーヴェンを先取りしたような幻想ソナタを予感させるものがあります。
第2楽章は優しさに満ちたアダージオで、まさに天上の音楽が降って来るように、私たちを包み込んでくれるでしょう。
第3楽章はアレグロ・アッサイで、強弱を自在に操りながら、微妙に拍をずらしておどけて見せるなどしながら、中間部では少し哀しげに歌って謝り、最後は軽やかに華やかに幕を閉じます。

ベートーヴェン(1770〜1827)

ピアノ・ソナタ第29番 変ロ長調「ハンマークラヴィーア」作品106

 ベートーヴェンが生涯にわたって書き続けた32曲のピアノ・ソナタは、ハンス・フォン・ビューロー(指揮者)によって「新約聖書」と呼ばれました。
ベートーヴェンはボンで、また1792年以降はウィーンで、すぐれたピアニストとして知られていました。
多くの作曲家にとって、ピアノという楽器が作曲の基底にあることが裏付けられます。
モーツァルトがまず旋律を見つけて、それが自然に広がって行くのに対し、ベートーヴェンは単一主題の素材を垂直から、思いがけない方向へ和声転換させることに重きを置いています。(シフ)
ベートーヴェンはハイドンに学び、モーツァルトはシューベルトへと様式が受け継がれました。
ベートーヴェンが成し遂げた革新には、とても長く引き伸されたレガートのフレーズ、音量の拡大、多声和音の頻出などがありますが、やがてこの楽器の表現の可能性が彼にとっては狭くなってしまい、そのため彼はピアノでオーケストラの音を表現する方向へ向かいました。
 ピアノソナタは作品2から作品28までの初期と、作品31から作品a「告別」までの中期、作品90から作品111までの後期に分けられます。
作品106の「ハンマークラヴィーア」は1817年から1818年にかけて作曲された後期ソナタで、32作品中最も長い演奏時間を要します。
ベートーヴェンが後期の作品を書いていた頃、彼はピアニストとして、また公開演奏の興行主として気を使わなくてもよくなっていたので、本当に内面的な衝動から思索的に書き進められました。はじめはほとんど公開演奏をするつもりはなかったので、とても親密で個人的な作品であるとされています。そのためホロヴィッツは、この曲は公開演奏に向いていないとさえ言っています。
 この偉大で長大な曲は、ピアニストにとっても最大の難関であり、技術的にも構造的にも精神的にも大変に難しく、ベートーヴェン自身もこのソナタについて、「演奏者も聴衆も50年間懸命に努力し続けなければいけないだろう」と言っています!
40分ほどの長さとともに、音楽の作られ方もオーケストラ的であり、一人のピアニストが到達し得る一つの頂点が展開されます。

 全体は4楽章で構成され、冒頭はピアノソナタでは唯一フォルティッシモで始まり、「告別」と同じくオーストリアのルドルフ大公に献呈されています。またベートーヴェン自身がメトロノーム記号をつけた唯一のソナタでもあります。
冒頭の「ルドルフ万歳」のモティーフは、ルドルフ大公を讃えるカンタータのためのスケッチから来ています。
 第1楽章の第2主題の後半は弦楽四重奏のスタイルで書かれ、展開部におけるフーガ風の部分は、最終楽章の予告のようにも聞こえます。
 第2楽章はスケルツォで、トリオ部分には「英雄」交響曲冒頭の主題が隠れています。トリオの後ですぐにスケルツォに戻らず、短い「プレスト」が挟まれていますが、この部分をクルタークはハンガリーの「チャルダーシュ」を作曲したのだと言っています。
 第3楽章のアダージォ・ソステヌートは「情熱的に、とても感情をこめて」と指示され、単なる哀しみではなく、深い精神の淵の探求を体験させられます。このアダージォは西洋音楽史の頂点の一つと評され、私たちに比類の無い感動がもたらされます。
はじめの一小節は、出版間際になって付け加えられました。
コーダの最後になって主要主題が解体されながらも、私たちの記憶に留まるように仕組まれています。

 第4楽章冒頭のラルゴは、Fのオクターブで始まり、ショパンのピアノソナタ第3番の終楽章冒頭がこだまして聞こえるのは私だけでしょうか?
ラルゴは次第にプレスティッシモとなり、いよいよ長い3声フーガへなだれ込みます。
フーガはバッハへの敬意を表していますが、さらにベートーヴェンはバロックのフーガを超えるべく、10度の跳躍で始め、不協和音をぶつけ、リズムを大胆に踊らせます。250小節からは新たに静謐な歌が聞こえ、ここに「ミサ・ソレムニス」のベネディクトゥスを想起する人もいます。この大作の終楽章は、ピアノという楽器を使ったあらゆる実験と、構造的に生じるエネルギーによって表される人間の精神の可能性なのでしょう。
ベートーヴェンのピアノソナタの中で、最も長く大規模で崇高なこの曲に「ハンマークラヴィーア」つまり「ピアノ」という名前が付けられたのは、彼自身の命名ではないにしても、低音部が拡張されたブロードウッドのピアノを持っていたベートーヴェンならではの、ピアノに対する並々ならぬ情熱の賜物として象徴的なのではないでしょうか。




 


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