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〜大和五条新町をトンボ目線で:市文化財 栗山邸 (2013年8月24・27日)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!歴史探訪シリーズ/大和五条古民家編 【五條新町の記述によると】
紀の川の上流にあたる吉野川が流れる南大和の中心都市・五條市にあり、吉野川北岸に位置する五條新町は、中世末に町場が形成された地区「五條」と、その西の「新町」は近世初頭に城下町として新たに形成された地区「新町」から成るそうです。
つまり、当初は「五條」が地元の民家が集中したことで町場となり、その後「五條」の西に城下町として「新町」が形成され、一体化したのが現在の五条新町だということです。
「新町」が城下町と言うからには当然その核となるお城がかつてはあったのですが、そのお城の名は、二見城といいます。
伊勢・大和・紀伊を結ぶ街道が交差し、吉野川が流れる五條は、古くから交通の要衝であり、近世には伊勢街道の宿駅として栄えました。そして慶長13年(1608年)、この地に松倉重政一万石で入部し、二見城を築きました。城主松倉重政が整備した城下町を起源とする地区である五条新町には、当地区内の建造物330棟のうち143棟が伝統的建築物として特定されているそうです。ちなみに現在の五條市二見5丁目の妙住寺が二見城跡だそうですよ。
前回は、国の重要文化財に指定されている栗山邸をご紹介しましたが、今回ご紹介するのは五條市指定の栗山邸です。両家は親戚筋で、家柄から言えば、今回ご紹介する五條市指定の栗山邸が本家で、前回ご紹介した国の重要文化財に指定されている栗山邸だそうです。
【これは私のふらちな想像ですが】
財力に勝る本家の栗山邸は、家屋の老朽化に伴い、建て替えもしくは改築を成し、対して分家の栗山邸は、本家に比べて家屋に長年大きな手を加えなかった結果、分家がより古い様式を残し、対してやや近代的な様式になったのが、現時点での歴史的価値の差になっったのではないでしょうか。
ここに紹介する本家の栗山邸は、元禄9年(1696)の棟札があり、五條の町屋では珍しく単層に見せる構造となっているそうです。
こちらの栗山邸も、人の目線では以下の2〜4番目の画像に紹介しているような姿しか見ることができません。
そこで私の棒付きカメラの出番です。6番目と7番目の作品を見れば、その全貌をかいま見ることができ、こちらの栗山邸がいかに広大な邸宅であるかがお分かりだと思います。
市指定重要文化財 栗山邸の標識 2013年8月24日撮影 市指定重要文化財 栗山邸 (国道の対面から撮影)
2013年8月24日撮影 カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28
人目線
市指定重要文化財 栗山邸 (塀の直前から撮影)
2013年8月24日撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28高さ 3mの位置から撮影
市指定重要文化財 栗山邸 (塀の直前から撮影)
2013年8月24日撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28高さ 4mの位置から撮影
市指定重要文化財 栗山邸
2013年8月27日撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28+VCL-ECF1
高さ 4mの位置から撮影
市指定重要文化財 栗山邸
2013年8月27日撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28+VCL-ECF1
高さ 6mの位置から撮影
市指定重要文化財 栗山邸
2013年8月27日撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28+VCL-ECF1
高さ 9mの位置から撮影
次回は奈良県指定の重要文化財 中邸をご紹介します。
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