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〜橿原市今井町をトンボ目線で:旧米谷家住宅の向こうに現れる現代
(2013年8月28日)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!歴史探訪シリーズ/寺内今井古民家編
織田信長軍と戦った→一向宗とは
今井町のパンフレット→今井町概論
今井町古民家群の顔→今西家住宅
今西家住宅南面→悪魔のような鬼顔
今回紹介するのは旧米谷家住宅です。
旧米谷家住宅は、前回までご紹介した音村家住宅東側の向こう隣にあります。
音村家住宅が狭い道に面しているために被写体とカメラとの間に距離がとれず、全体像を撮影することが極め困難なのに対して、旧米谷家住宅は、狭い道を夾んで向い側には空き地(更地)があるために距離をとって撮影することが出来ました。
となると、撮影位置や旧米谷家住宅を撮影した画像は、誰が撮っても必然的に類似したものになります。
実際、私が人目線で撮影した画像と、橿原市/旧米谷家住宅で紹介されている画像は以下のとおり酷似したものになりました。
じゃあトンボ目線で撮影したらどうなるかと言うと、撮影する高さを上げるに従って、江戸時代の町並みの中にある旧米谷家住宅の向こうに現代が見えてきました。
それは現代の住宅であったり、地デジのアンテナだったり、エアコンの室外機だったりで、普通に考えれば、歴史的建造物を撮影する場合には邪魔な存在です。
ですが、こんな周囲の状況の中に、旧米谷家住宅は有ると言うことを伝える画像としてはマルですよね。
【旧米谷家住宅について】パンフレット「橿原」にある記述より
旧は米谷家で、屋号を「米忠」といい、金具商を営んでいた。年代は形式手法から、18世紀中頃の建築と推定されている。
切妻造本葺平入で、内部は5間取りで、他家とは異なる。土間部分は、煙返しなどが取付けられ、農家風のイメージが強い。
また、裏庭にある蔵前座敷を付属させた土蔵は、嘉永2年(1849)の建物である。
以上の記述の中の旧米谷家住宅の内部の様子については、今井町町家紹介3 (音村家・旧米谷家) - 飛鳥三昧に画像と共に紹介されていますので、興味のある方は、ご覧下さい。
旧米田家住宅の説明板
http://www.city.kashihara.nara.jp/kankou/own_imai/kankou/spot/images/k124_01.jpg橿原市/旧米谷家住宅 に紹介されている画像
門が半開きですね。これはちょっと・・・。
旧米田家住宅 1
2013年8月28撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28
人目線
旧米田家住宅 2
2013年8月28撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28
高さ 4mの位置から撮影
旧米田家住宅 3
2013年8月28撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28
高さ 6mの位置から撮影 旧米田家住宅 4
2013年8月28撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28
高さ 7mの位置から撮影
旧米田家住宅 5
2013年8月28撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28
高さ 8mの位置から撮影
旧米田家住宅 6
2013年8月28撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28
高さ 9mの位置から撮影
次回は、河合家住宅をご紹介します。私的には、とってもカッコイイ古民家で、お気に入です。
さて、その思いがこもった画像が撮影できているかが問題です。 |
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