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織田信長軍と戦った→一向宗とは
今井町のパンフレット→今井町概論
今井町古民家群の顔→今西家住宅
今西家住宅南面→悪魔のような鬼顔
今回は、河合家住宅を斜めから撮影した画像を紹介しておきます。
加えて橿原市の紹介する画像・記述をその後に紹介しておきました。
2013年8月28撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28
人目線
河合家住宅(斜めから)
2013年8月28撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28+VCL-ECF1
高さ 4mの位置から撮影
画面左に移る庭の前の門が、民家としての玄関への入口なのでしょうか。
2013年8月28撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28+VCL-ECF1
高さ 6mの位置から撮影
カメラの位置が電線の高さ間近になり、コイル状に巻かれた線の様子が面白いです。
河合家住宅(斜めから)
2013年8月28撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28+VCL-ECF1
高さ 8mの位置から撮影
カメラの位置が画面右側に写る電線の高さを超え、路面上に線が這っているようにも見えます。
河合家住宅(正面から)
2013年8月28撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28
高さ 3mの位置から撮影
【橿原市/河合家住宅 】の記述より
当家は、橿原市上品寺町の上田家より分家して移住したと伝えられています。その時期には、順明寺が17世紀初期頃今井に移った時、初代が同行し、「上品寺屋」の屋号で古くから酒造業を営み、現在に至ります、建物は中尊坊通りの西寄りにあり、東方には高木家があります。主屋の建築年代は18世紀後半頃とみられ、主屋東北隅に接続の納屋は、杜氏の宿泊所・休憩所・風呂・便所に供した建物で、19世紀初期頃改築されたと考えられます。外観の二階は白漆喰塗籠(しろしっくいぬりご)めとし、丸窓を開け、優れた意匠を示しています。大型の6間取りの平面をもち、東側に土間があります。今井町では比較的早い時期の2階建てで、1階の根太(ねだ)天井を低くして、2階を座敷に整え、竿縁(さおぶち)天井とし、座敷飾りを付加している点が特徴的です。
【間取りについて】河合家 - 飛鳥三昧の記述より 一階東側が広い土間となっていて、西側に6間取りの居住部分があります。特徴として、2階が高く、天井が貼られていて、ツシニ階ではなく本二階となっています。当初から主なザシキを二階においていたものと考えられています。 ![]() 橿原市/河合家住宅に紹介されている画像
![]() 橿原市/河合家住宅に紹介されている画像
次回は高木家住宅をご紹介します。 |
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