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〜初詣:荒ぶる神 素戔嗚(スサノオ)と神社〜
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〜開口神社の主祭神:神塩土老翁神(しおつちのおきなしん)とは?〜と〜初詣:開口神社の歴史は堺の歴史なんですね〜でご紹介したように、開口神社の主祭神は神塩土老翁神(しおつちのおきなしん)ですが、堺には開口村以外に木戸村・原村という村があり、この2つの村の祭神をもお祭りするようになり、結果原村の主祭神だった素盞嗚命(素戔嗚尊・素戔嗚神)も合わせて祀るようになりましたが、開口神社だけではなく、これまでにご紹介した神社にも素戔嗚尊(・すさのおのみこと)を祀る神社は幾つかありました。そこで今回は素戔嗚尊(すさのおのみこと)に焦点をあてましょう。
注:以下の文章のうち、オレンジ色で示した部分は、私の独り言です。
素戔嗚尊(・すさのおのみこと)は、記紀神話のうち、
記(古事記)において伊弉諾命(いざなぎのみこと)が黄泉の国(死者の国)から帰還し、日向の橘の小戸の阿波岐原で禊(みそぎ)を行った際、鼻を濯いだ時に産まれ、
紀(日本書紀)においては伊弉諾尊と伊弉冉尊(伊邪那美命・いざなみ)の間に産まれた三貴子(イザナギ自身が自らの生んだ諸神の中で最も貴いとした3神の総称)長女:天照大神(あまてらすおおみかみ)、次女:月夜見尊(月読命、つくよみのみこと)の後に生まれた末子の神、それが素戔嗚尊(すさのおのみこと)です。
三貴子の統治領域は、天照大神は高天原で確定ですが、他の二神については、月夜見尊(月読命、つくよみ)は滄海原(あおのうなばら)または夜を、素戔嗚尊には夜の食国(よるのおすくに)または海原を治めるようと言われたらしいのですが、太陽を神格化した天照大神(あまてらす)、月を神格化した月夜見尊(月読命、つくよみ)は、その役割は昼と夜の世界をそれぞれ司るのですから、地域的な分担にはそぐわないので、異論の有るところです。
三貴子の立場は置いといて、ここでは素戔嗚尊(すさのおのみこと)について考えましょう。
まずは改めてアマテラスとスサノオ(素戔嗚尊・建速須佐之男命・すさのおのみこと)の間にある神話を簡単にご紹介です。
注:{伊邪那美命(いざなみのみこと)が登場するのですから、当然日本書紀の記述ですね。}
三貴子のうち、海を治めるよう命じられたスサノオだけは、父(伊弉諾命、いざなぎのみこと)の言うこともきかず、母(伊邪那美命・いざなみ)に会いたい一心で、朝も泣き夜も泣き、あごヒゲが胸に届くほど伸びても、げしく泣き続けるばかりでしたが、結局母に会いに行く事を決意し、その前にわけを話すために姉のアマテラス合いに行こうとします。
ところが、スサノオがアマテラスのいる高天原(たかまがはら)に近づくたびに、山や川はグラグラと揺れ動き、地もゆさゆさと震(ふる)えます。たちどころにその噂はアマテラスの知るところとなります。
スサノオは「もしかしたらこの高天原を奪(うば)いにくるのではないか」と疑心をもち、髪を男髪に直し、勇者のような姿で迎えたアマテラスに対し、
「私は母イザナミに会いに行くことをお伝えするために来ました。決してこの高天原を姉上から奪おうなどとは考えてもいません」と言いましたが、
アマテラスの疑いは晴れず、「お前の心にうそがないことを確かめるには、どうしたら良いか」
とスサノオに聞きました。。 スサノオはアマテラスの疑念を晴らすために、「お互いが子を生んで、その子が男か女かで占うことにいたしましょう」と提案します。(変な提案ですね。)
こうして、二人は川を間にはさんで立つと、先にアマテラスが、スサノオの身につけていた剣を使って、女の神さま三人を生みだし、その後、スサノオが、アマテラスの頭につけていた玉飾りを使って、男の神さま五人を生み出しました。(人にあてはめると実の兄弟の間に生まれた子ですから問題ですよね。)
そしてスサノオは「私の心が清いから、私の剣から、このようにかわいらしい三人の女神が生まれたのです。嘘のないことが分かっていただけましたか」と言ったのです。(スサノオが生んだ五人の男神は、なんの証しにもならないの?)
こうして、アマテラスの疑心はひとまず晴れたのですが、
その後スサノオはおとなしくなるどころか、アマテラスの田んぼをこわしたり、御殿(ごてん)を汚したりと調子にのってますます乱暴になり、ついには、アマテラスのいるはた織(お)り小屋の屋根に穴を開け、馬の皮をはぐとそこからその皮を投げこんだのです。
これに驚いた娘の一人は、恐ろしさのあまりにやがて死んでします。
これまでスサノオをかばってきたアマテラスですが、目の前で起こったこの出来事に、とうとう天の岩屋(あまのいわや)の戸を開き、中に入ると戸をピシャリと閉めてしまいました。
高天原(たかまがはら)はあっという間にまっ暗やみになり、神々は慌てふためき、悪いことが次から次へと起こります。
と、ここまでの神話の中では素戔嗚尊(すさのおのみこと)のイメージは最悪ですよね。
なのでその後を紹介しなければなりません。
【出雲の国にまつわる神話】
ヤマタノオロチ退治の神話は、誰もが知る神話です。(もちろん古事記の)
高天原を追放されたスサノオは、出雲の肥の川(島根県斐伊川)上流の鳥上山(島根県と鳥取県の境の船通山)に降り立ったとき、一人の娘を前にして泣いている老夫婦に出会い、事情を聞いてみると、「私たちには八人の娘がいたが、恐ろしいに毎年一人ずつ食べられ、とうとうこの娘クシイナダヒメの番になってしまった。」と答えました。(ホオズキの如く赤い眼で、八つの頭と八つの尾をもち身一つに、その身には檜や杉が生え、腹はことごとく血でただれていたというヤマタノオロチが八人の娘を娘を食べようとする神話、米という漢字は八と十と八からなりまあす。{つまりそれは、自然が水田に対する厄(わざわい)を表しているのかも。} スサノオは、娘を櫛(くし)に変えて自分の髪に刺し、老夫婦に酒をつくらせ、それをオロチにを飲ませる思惑にまんまとかかって酔ったヤマタノオロチを、スサノオは十拳剣(とつかのつるぎ)を抜きはらってオロチをずたずたに斬り殺した。しかし尾を斬ったとき十拳剣の刃が欠け、尾のなかから一本の剣が出てきます。スサノオ命はこの剣をアマテラスに献上。これが天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)、後に草薙剣(くさなぎのつるぎ)として三種の神器の一つとなります。
スサノオはこのあとクシイナダヒメと結婚し、出雲の須我(島根県大東町海潮)に新居を作るときに 『八雲立つ 出雲八重垣 妻籠(つまご)みに 八重垣つくる その八重垣を』
と古事記に記載されている、日本最古の和歌と言われるこの歌を詠みました。
出雲の地に、新妻を迎えて宮を造ろう。そして雲の幾重にも立ち上りるかのような八重垣を造ろう。そんな幾重にもめぐらした垣根を
という意味の歌です。 {つまり素戔嗚尊(すさのおのみこと)は、大国主命の住む同じ出雲で子孫を育んだということになりますね。}
以上のお話によって天上界での素戔嗚尊(建速須佐之男命・すさのおのみこと)の汚名は返上され、地上界での英雄というハッピーな結論に至り、地上人の守り神となるのです。
大国主の神話(おおくにぬし)において
根の国の須佐之男命の元にやってきた葦原色許男神(あしはらしこ)は、須佐之男命の娘である須世理比売(すせりひめ)と互いに一目惚れしますが、須佐之男命は葦原色許男神に様々な試練を与える。葦原色許男神は須世理比売の助けを得ながらそれらを克服したので、須佐之男命は葦原色許男神に須世理比売を妻とすることを認め、同時に大国主(おおくにぬし)という名を葦原色許男神(あしはらしこ)に贈りました。スサノオ - Wikipediaより
天照大神が大国主命(おおくにぬし)とたいじする天孫降臨の一節は、更にこの後です。
現在では、「スサ」には「荒・清浄」の意味があり、罪・穢・災・厄など身に降りかかる悪しきこと諸々を、荒々しい程の強い力で祓い清める災厄除けの神様で、別名を牛頭天王(ごずてんのう)と言う為に通称を「お天王(てんのう)さま」といいます。 素盞雄神社より
1月4日の多治速比売神社 拝殿
多治速比売神社 拝殿の向かって左側に素戔嗚尊(・すさのおのみこと)
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