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〜初詣:開口神社の薬師社 願うは現世での安らぎ〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!行く年来る年
開口神社には薬師社という末社があり、そのご神体は、薬師如来像です。
薬師如来というと、仏様ですので、神社ではなく、お寺のご本尊というのが普通です。
薬師如来をお祀りした神社である薬師社は、全国的にも数は少ないようですが、こうした場合はやはり仏としてではなく、祭神として祀られ、『薬師如来』ではなく、『薬師さま』と呼ぶことが多いようです。
ではなぜ薬師如来が神社のご神体として祀られているのでしょうか?
〜初詣:開口神社の歴史は堺の歴史なんですね(堺市2014年1月3日)〜 で開口神社の歴史をご紹介しましたが、その中で、「奈良時代中期に仏教が盛んになると、当時ご在位していた聖武天皇が行基上人に勅して、この地(三村大明神)に道場を建立し、蜜乗山大念仏寺(俗呼んで大寺)と号したそうです。」
とご紹介しました。
この大念仏寺は、元々、自然そのものを神と崇めていた日本が、奈良時代中期に仏教が盛んになると、神仏習合思想により神と仏を共に祀るようになった結果、神社の中に出来たお寺、つまり神宮寺です。
大念仏寺はその後廃寺となり、純然たる神社になりますが、戦前までは廃仏毀釈の影響で薬師如来を外部にも出せぬまま、現在も薬師社に祀られているのだそうです。
その薬師如来像は欅材と思われる材で彫られ、像高56.2センチ 平安後期の作で、指定文化財では在りませんが堺では古い時代に属します。
【薬師如来と阿弥陀如来の違い】
薬師如来の正式名は、 薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)といい、薬師は文字通り、病気を治す仏です。
この仏は菩薩であったころ、十二の大願を立てたとされ、その七番目の願いに「病のものも私の名前を聞けば患いが除かれる」とあって、これが薬師信仰の根拠とされています。
阿弥陀如来も菩薩時代の大願(四十八請願)により人々を救うという点はのとも同様ですが、 東方浄瑠璃世界(とうほうじょうるりせかい)の薬師如来は、病を治すことによって現世での安らぎを叶える仏なので、西方極楽浄土(来世)での幸せを約束する阿弥陀如来とでは役割が大きく異なります。
また一説には、東方浄瑠璃世界の 瑠璃は、金、銀、 玻璃 (はり:水晶)、 車渠 (しゃこ:貝の一種)、 珊瑚 (さんご ) 、 瑪瑙 (めのう) とともに七宝のひとつとされ、いわゆるエメラルド、アクアマリンといった緑色、青緑色の宝石などをいい、瑠璃光とは、その宝石のような美しい青色、緑色の輝きを意味しています。 古代インドの人々は、西の地平線に沈みゆく夕日の美しさ、安らぎの中に阿弥陀如来の浄土を夢見たのと同様に、夜明け前の東の空の澄み切った青さ(浄瑠璃)に清らかな仏の国を思い描き、東より昇る来光と風のなかに、心身を回復させる力を感じとったことから発生した信仰と考えるむきもありあます。 【私の感想】
普通に考えれば、阿弥陀如来にすがり、来世という死後の世界で幸せになるよりも、薬師如来にすがって現世の安らぎを得る方が良いように私などは思うのですが、なぜか阿弥陀如来の方が強力に信仰されています。なぜでしょう。
現世に夢も希望も無くした人にとっては、もう現世での安らぎなど叶うべくもないという思いに支配されてしまいます。
それならば、せめて来世での幸せを願うというのが人の性(さが)なのでしょうか?・・・・たぶんねっ。
そしてそれは、末法思想が漂う時代により顕著になるというのが、歴史的事実です。
現代もそんな時代なのでしょうか?
年金支給は何処まで下がる?
介護保険や消費税はどこまで上がる?
政治家・官僚の天国は何処まで続く?
や・め・て・お・ね・が・い。
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