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〜トンボ目線で見る桜井神社 その3:狛犬の台石、「中子氏」は人名?
(2013年7月28日)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!歴史探訪シリーズ
桜井神社の起源は水神?→桜井という井戸
桜井神社の真実はどれ?→謎解きは面白い
鳥居でなくなぜ神門?→神社建築の特徴とは
いみことば:名子氏→神道は仏を語らず容認
桜井神社の歴史→神社と神宮寺と織田信長
古来より残る神社の割拝殿→堺唯一の国宝
gxk**541さんからの「中子氏じゃなくて氏子中ですよ。右から読んで下さい。」とのご忠告から、
以下の記述は、私のとんでもない赤面ものの勘違いから始まったものでした。
単純な話、氏子中(うじこじゅう)は「同じ氏神② をまつる人々。氏子の仲間。氏子一同 。」と言う意味で、狛犬は、氏子一同が寄贈したものという意味のようです。
いやーつ、お恥ずかしい限りです。
ここまで述べてきたように、桜井神社は神社でありながら仏教の影響を強く受け、寺院建築に見られる様式が随所にあります。
飛鳥時代に仏教が伝来し、その後仏教が各地に広まったことで、日本独自の神道と仏教が融合してゆきました。
「えっ、今回のお題は、興味津々、狛犬の台石に人名?なのに、そんな難しい歴史のお話と何の関係があるのか?」ですって。
それが大いに関係があるのです。
私は桜井神社にある狛犬の中で、本殿の前に鎮座する狛犬は、特に古い物ではないかと思いつつその姿を撮影しました。
そしての台座には、「中子氏」という文字があるのを見て、当初はその昔にこの辺りに住んでいた氏族かな?と思い、検索にかけてみました。
ところが、、「中子氏」は人の名ではなかったのです。
そしてこれこそが、桜井神社の歴史を物語る神仏融合の証しだったのです。
「中子氏」という文字を検索したことでまず引っかかったのが、常夜燈の形式というページでした。
このページ内では、常夜灯の台石には「全安中村」「中子氏」等の文字があることを紹介していました。
そこで更にこれらの文字が持つ意味を知るべく個別に検索してみると、「全安中村」は、村中安全(むらじゅうあんぜん)の意味があることが分かりました。
一方、肝心の「中子氏」ですが、中子 とは - コトバンク - Kotobankには、8番目の意味に、 《堂の中央に安置することから》斎宮の忌み詞(いみことば)で、仏。「釈迦の―金銅(かね)の像」とありましたが、私にはこの意味がよくわりませんでした。
更に【東海道53次−土山宿(甲賀郡)】 - niftyというページの、【垂水の頓宮】という項目の中で、「神様の敵となる「仏」は「中子」と言う」.と記された箇所があったのですが、これまた私には俯(ふ)に落ちません。
最終的に納得のいく説明を見つけたのは、斎宮歴史博物館:斎宮千話一話 - 三重の文化の中の記述でした。ご紹介します。
【斎宮歴史博物館:斎宮千話一話 - 三重の文化の中の記述】
「斎宮の暮らしは、都での皇族や貴族の姫君の暮らしと、それほど変わらなかったものと見られています。しかしもちろん、斎く、つまり神に仕え、清澄な状態を保つのが大事な仕事ですので、色々な制約があります。その代表的なものが忌詞(いみことば)といえるでしょう。 忌詞は、仏教に関する単語と、ケガレに関する単語を、別の言葉で言い換えるための特殊な言葉です。斎宮の忌詞については、平成22年度の『斎宮歴史博物館研究紀要二十』掲載の筒井正明「斎宮の忌詞に関する雑録」がまとめていますので、それに基づいてご紹介していきましょう。 斎宮の忌詞は、九世紀初頭の『皇太神宮儀式帳』に見られる神宮の忌詞に影響されて成立したようです。その仏教に関する部分の内容は、仏を中子(なかご)、経を染紙(そめがみ)、塔を阿良良岐(あららぎ)、寺を瓦葺(かわらぶき)、僧を髪長(かみなが)、尼を女髪長(おんなかみなが)、斎(とき=僧の食事)を片膳(かたしき)、と言い換えるというものです【神宮の忌詞には尼がなくて、優婆塞(うばそく)を角波須(つのはず)と言うとしています。女性に関係の深い斎宮らしい書き換えといえるでしょう】。・・・・・・ ・・・・・つまり平安時代後期から鎌倉時代にかけて、伊勢神宮と仏教を結びつける説が色々と出され、天皇や貴族たちもそれを知っていたということがよくわかります。神宮の神は、神の姿をしているが実は仏だという本地垂迹説が定着してくるのです。
鎌倉時代には、こうした天照大神の解釈は、外宮神官の唱えた伊勢神道なども関係して、さらに多様化・複雑化していきます。たとえば、鎌倉時代後期の僧・無住道暁【1226生‐1312没】の書いた仏教説話集『沙石集(しゃせきしゅう)』には、 「天照大神が仏敵の第六天魔王を退けるため、『私は三宝【仏・法・僧】の名も言わない、身にも近づけない』と約束したので、外向きには仏法を憂(う)きこととして、内向きには深く守っている。だから、忌詞を使っていても、我が国の仏法は大神宮によって守られているのだ」 という意味のことが書かれています。この本は説話集ですから、これまでの貴族や高位の僧たちが唱えていたものとは違い、民衆に語ることを意識して書かれています。つまり、鎌倉時代には、神宮は仏を避けているが嫌っているわけではないという考え方が貴族以外にも説かれており、神宮と仏教は深く結びついているのが社会の常識になっていたようなのです。・・・・・・・ ・・・・・・・どうやら伊勢神宮と仏教が色々な新しい理論に基づいて関係を深めようとしている時期に、古式に則り仏教排除を続ける斎宮は、不穏な噂が立てられても文句の言えない立場になっていたようです。斎宮の衰退も、政治的動向の変化に加え、斎宮を必要としない新しい天照大神の解釈に押し流されていった結果とも思えるのです。・・・・・・・・・」
以上、ネット上の検索によって知り得た情報から私なりに解釈すると、
神社においては、仏法は憂(う)きこと、つまり心をなやますこと。つらいことで、これを神域で用いることははばかられ、形の上では仏を神に対立するものとしながら、。仏教が大きな影響力を持つようになった平安時代以後には仏を神社においては忌詞(いみことば)の「中子氏」を用いて神道と仏道の和合を図ったということではないでしょうか。
以上のように狛犬の台石に刻まれた文字、「中子氏」の意味を知ることだけで、それが人名ではなく、日本が仏をも神と同等化した八百万の神々を祀る独特の信仰を育んだ摩訶不思議な世界観に至る歴史の一端にたどりついてしましました。
興味深い結果となりましたが、それでも私には、神と仏(悟りし人)が同格の世界観はいかがなものかと思ってしまいます。
桜井神社 本殿前の狛犬 阿(あ)像
桜井神社 本殿前の狛犬 吽(うん)像
桜井神社の説明板
桜井神社 稲荷社とその前の狛犬
台石に「中子氏」の文字はありません。
桜井神社 神門前の狛犬 吽(うん)像
ごくごく最近のものです。これまた台石に「中子氏」の文字はありません。
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「中子氏」じゃなくて「氏子中」ですよ。右から読んで下さい。
2014/6/6(金) 午後 4:28 [ gxk**541 ]
gxk**541さん
ご忠告ありがとうございます。
おバカですみません。
2014/6/6(金) 午後 7:09 [ 上から目線 ]
いえいえ、実は私も数年前まで「中子氏」と読んでおりました。
友人から指摘されてようやく気付いた次第で。
文中の「全安中村」も同じく「村中安全」ですね。
西洋式の左から読む横書きが入る前の日本の場合、「右から読む横書き」という意識ではなく、一文字ずつ改行した縦書きという意識だったのでしょうね。
2014/6/8(日) 午後 1:13 [ gxk**541 ]
gxk**541 さん
お優しいホローありがとうございます。
2014/6/8(日) 午後 1:19 [ 上から目線 ]