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〜トンボ目線で見る桜井神社 その4:神門と神社建築の特徴について
(2013年7月28日)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!歴史探訪シリーズ
桜井神社の起源は水神?→桜井という井戸
桜井神社の真実はどれ?→謎解きは面白い
鳥居でなくなぜ神門?→神社建築の特徴とは
いみことば:名子氏→神道は仏を語らず容認
桜井神社の歴史→神社と神宮寺と織田信長
古来より残る神社の割拝殿→堺唯一の国宝 〜トンボ目線で見る桜井神社 その1:堺唯一の国宝 (2013年7月28日)〜でもご紹介したように、桜井神社には神社らしからぬ特徴が複数存在します。
では神社建築の特徴とは何でしょう?
この疑問に答えてくれるページ(3.神社の建物構成と名称 | 神社拾遺 - 良酒市場さけぞう)を新たに見つけました。
とっても興味深い内容なので、要点をここにご紹介します。
【神社建築(本殿)の特徴】
①屋根には妻がある
神社建築の屋根は入母屋造もありますが、ほとんどが切妻造です。時に仏教建築の様式の入母屋造も見られますがはではりますが、妻のない寄棟造や宝形造は採用されていません。
伊勢神宮正殿において妻の部分の金具が特別視され、式年遷宮の際に妻を装着する儀礼が秘伝とされたことや、流造の社殿を横にいくつも連結した社殿では、ひとつの社殿ごとに正面に千鳥破風(妻)が設けられて、ひとつひとつの社殿が区別されているなど、妻に仏教建築とは異なる意味をにもたせたようです。
②床を高く張っている
仏教伝来から間もない奈良時代の仏堂や禅宗様の建物は中国の建築と同様に床を張っていませんでしたが、次第に神社では床を高く張り、本来、土間を基本とする寺院建築と対照的になっていきました。③瓦を用いない
神社の屋根は基本的に(檜皮葺や杮葺などの)植物材で葺いていましたが、近世になると銅板葺も用いられるようになりました。
明らかに瓦葺きの仏教建築との差異を意識し、もしくは仏教建築を忌避したことがうかがえます。
③土壁を用いず、装飾は質素
神は太古の昔からの存在ですから、弥生時代以前の質素な日本建築こそが神の座にふさわしいと建築様式として固定化していったようです。
以下は神社建築の発展を紹介しています。
【本殿の起源】
神は社殿にいるのではなく、山や森などにいるとされ、特定の一箇所に鎮座するものとも考えられていなかったていたのですから、古くは神社には社殿がありませんでした。
神は特殊な形をした特定の岩や木=依り代:よりしろに来臨すると考えられ、神への祭祀は、そうしたもののある野外で行なわれました。こうした祭場は磐境(いわさか)・磐座(いわくら)などと呼ばれ、現在でも各地に残っています(磐境や磐座も、常に神がおわすではなく、あくまでも祭祀を行なうときにのみ、神をその場に招く)。
しかしながら、やがて、祭場にはいわゆる「神籬」(ひもろぎ)などのように仮設の祭壇が設けられるようになり、神籬は祭壇の上に設置されて祭祀が行なわれた。
更に時代の経過とともに神籬が発展して本格的な建築物をなすようになり、社殿になったと考えられています。
平安時代には神社内に寺院(神宮寺)が建てられるようになり、社寺が隣接するためにかえって神社建築と寺院建築の差異を求めるようになり、神社建築が確立されていきました。
【拝殿の起源】
。現在でも伊勢神宮・春日大社・宇佐神宮・松尾大社など拝殿を持たない古社は多いことから、拝殿の成立は本殿よりも後であることが分かります。拝殿は祭神の祭祀のための施設ですが、本来、神社の祭祀は本殿の正面の露天の祭場で行なわれていましたが、本殿は、その起源祭壇から発展した祭祀の対象ですから、祭祀を行なう場ではありません。従って室内で祭祀を行うようになると、中心の祭場が幣殿となり、神職着座の場が回廊となり、回廊の入口には楼門が建てられました。
しかし小規模な神社は、やがてその機能を圧縮した社殿を設けます。これが拝殿です。
【幣殿 (へいでん)】
大きな神社の多くには、本殿の前に幣殿と拝殿があります。
『幣殿』というのは『幣帛(へいはく,麻や絹などの織物の意味)』という神への供物をお供えするための建物のことで、大抵は拝殿と一体になっているのですが、独立していることもありますし、幣殿がない神社もあります。
【神門について】
鳥居 - Wikipediaには、鳥居について詳しく紹介されています。
それによると、鳥居は神社などにおいて神域と人間が住む俗界を区画するもの(結界)であり、神域への入口を示す一種の門であり、鳥居を立てる風習は、神社がつくられるようになる前から存在し、古来日本では、屋根のない門という意味でした。
従って神門は鳥居よりもずっと後に建てられるようになったもので、神仏融合の象徴的な存在です。
仏教建築では山門と呼ばれるものが、神社では神門と呼ばれるわけですが、神仏融合以後に神社の中に神宮寺が建てられるようになったものの、明治時代の神仏分離によって神宮寺を廃した神社には、そのなごりを残す神門を持つ神社が多く現れたのです。
桜井神社には、神門はありますが、鳥居はありません。(末社の稲荷神社前には赤い鳥居はありますが。)これだけで桜井神社の歴史のおおよそが想像できますね。
現在の桜井神社の神門は、神宮寺のあった頃(国宝の割拝殿が建てられた頃)の神門ではく、江戸時代の元禄に再建されたもので、昭和52年に補修されていることが、最後の画像でわかります。
国道を隔ては場所より桜井神社を撮影
桜井神社 神門と塀
人目線
桜井神社 神門と塀
高さ7mから撮影
桜井神社 神門の神域側に掛けられた札 |
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