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〜優しすぎた浅田真央さん(2014年2月20日)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!Sochi 2014 オリンピックシリーズ
小平奈緒さん→悲しい顔は似合わないですよ
高梨沙羅ちゃん→女子ジャンプ陣の翼は・・・
男子ハーフパイプ→スゴイね平岡・岡田選手
上村愛子が負けたのは→ターンの接雪時間
スロープの角野→バックサイドコーク1441
いよいよソチ五輪→頑張るベテラン日本陣
東京五輪の効果と悪影響→今後の未来は
東京五輪決定に思う→私の追憶1960年代
二度目の東京五輪決定に思う→その光と影
そんな真央ちゃんだから→世界が感動した
出し切って涙した→共に泣き、笑い、苦しむ
真央唖然のショート→フリーは自分のために
女子フィギュアスケートの浅田真央さん 、私の不安は的中してしまいました。
残念な出だしでしたが、私に落胆はありませんでした。
アスリートとしては優しすぎる真央さん、まだ競技はおわっていません。
フリーでは、私たちのためにではなく、自分のために、のびのびと演技してほしいです。
引退を決意しているとの報道のある彼女、そうであるならばソチ以後は、上村愛子さんのように、良き理解者であるパートナーを得て、精神的支柱を持った強い女性となって、再度の可能性を探ってほしい気がします。
こんな時こそいて欲しい母はもういません。私が、周囲が何と言おうと、彼女は誰も知らない頃の彼女にはもうもどれないのです。
ならば私たちは、「頑張れ 頑張れ」の応援が凶器となることもあることを、知っていなければならないのではないでしょうか。
思えば、彼女にとってフィギュアスケートは、楽しいだけの、だからこそ夢中で幼いころから始めたことだったはずです。
それが、気がつけばいつの間にか日本の誰しもが応援せずにはいられない存在となり、そんな周囲に驚き、戸惑っていた自分を、練習の中で懸命にごまかそうとした日々。
「頑張ってね、真央ちゃん!」そんな多くのファンの言葉が積み重なって、
楽しいだけのスケートが、「頑張らなきゃいけないんだ、頑張るんだ。」と辛く苦しいだけの道になっていったのでしょう。
思えば、マラソンの有森裕子さんは、2回目のオリンピックで銅メダルをとった時、「初めて自分で自分をほめてあげたい。」と鳴きながら語ったのは何故でしょう。
はたして有森裕子さんは、彼女自身のために銅メダルをとったのでしょうか?いいえ そうではなく、周囲の期待に応えようとしただけだったのでは?だからあんな言葉がつい・・・・。
水泳の岩崎 恭子さんは、バルセロナオリンピックの前、「決勝に残れればいい方だと思います。」と語っています。そして、誰もが想像しなかった金メダル、しかも競泳では史上最年少(14歳6日)の快挙でした。
レース直後にインタビューで「今まで生きてきた中で、一番幸せです。」と語り、一躍時の人となりました。
私たち凡人は、「いったい何年生きてきたの?」と言ったものです。
ですが、彼女にしてみれば長く辛い練習の日々は、一日千秋の思いだったはずです。
その後一躍時の人となった自身の立場に気づき、その重さに耐えかねて唐突すぎる引退(私たちにしてみれば)。それは今思うと最良の選択だった気がします。
ともわれ今夜は浅田真央さんがフリーの演技を、「ただ ただ楽しく滑って欲しい。」そう祈るばかりです。
彼女がお姉さんの姿を見てスケートを始めた、あの頃のように。
小学6年の浅田真央ちゃん
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未来
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