カメラとビデオを棒にくっつけて

堀野 満夫(ポール写真家)My name is Mitsuo Horino. I 'm pole-photographer.

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〜大鳥大社:本殿裏の謎の祠(2014年2月15日)〜
  サブタイトル:オヤジブログは自由だ!歴史探訪シリーズ         
日本武尊の妃(きさき)→多治速比売
大鳥大社の祭神→天照から日本武尊
日本武尊1→英雄?父に嫌われた子
日本武尊2長い戦いに→傷つき病に 
日本武尊物語3→病に倒れ大鳥伝説
清盛が戦勝祈願→新馬と和歌を奉納
与謝野晶子の歌碑が→産土神だから
謎の祠のままご紹介→石が祀られて
祓堂?と記しましたが→絵馬堂でした
大社内の保存樹→天の岩戸にも関係
美波比神社と神鳳寺他社伝の記録
大鳥大社にはこんな1面→美化に力を
大鳥大社裏の祠にある石は→影向石
大鳥大社が上からよく見える大鳥造り
 
後日のページ〜大鳥大社:本殿裏の祠の謎が解けました〜にて
ゆうゆう] さんのコメントからヒントを得て、このページの謎についての解答得ましたので、
ご紹介しています。
 
大鳥大社の本殿のある神域の裏には、千種の森の中の薄暗い場所に謎の祠が有りますが、この場所を紹介するブログはあっても、その正体を紹介する記述はどこにもみあたりません。
祠の中には石柱がたっているのですが、その頭頂部はすり鉢状に凹んでいて、小さな手水鉢のようにも見えますが、白鳥伝説にまつわる神社だけに、
 
私的には、鳥の水飲み場ではないかと思ったりもします。
ところで、祠の前の石段の右横には、ごく最近に作られた陶器の福禄寿(七福神の1人)の置物が置いてあり、その様子を4枚目の画像にご紹介しています。何の意味があるのでしょうかね。
おそらく、何の関係性もなく、誰かがただ何となく供えたのでしょうけど・・・・・。
 
以下には、祠に迫って行く経路の光景を順を追って画像で紹介しています。
 
イメージ 1
 
イメージ 2
 
イメージ 3
 
イメージ 4
 福禄寿の置物が何故こんな所に?
 
イメージ 5

閉じる コメント(2)

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これは「ようこう石(漢字失念)」「夜泣き石」と言われていたもので、江戸時代の文献にも載っています。さがせば資料も出てきますが…
江戸時代の境内図には、社務所裏の土手(墳丘と思われます)と並んで「高天原」と表記されています。おそらく磐座として使われていたのではないかと思います。

「歯痛(はいた)の石」と言っている人もいますが、これは宮司一家のファンタジーです。

2014/3/23(日) 午後 10:51 [ カテーテル祐子 ]

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貴重なコメントありがとうございます。
早速、今日この件についてブログを更新しました。

2014/3/24(月) 午後 10:56 [ 上から目線 ]


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