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〜富田林市寺内町をトンボ目線で:旧杉山家住宅 (2013年8月29日) 〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!歴史探訪シリーズ/富田林市寺内町編
信長軍との戦いを避けた→富田林市寺内町
明治の時代にかなわぬ恋を絶唱→石上露子
旧杉山家の美屋根→東側の上空から見れば 富田林寺内町(とんだばやしじないちょう、とんだばやしじないまち)は、東西約400m・南北約350mに広がる一向宗(現在の浄土真宗)の寺内町で、600軒の町家のうち250軒が、江戸時代から昭和初期の町並みが残っています。
中でも、旧杉山家は、国の重要文化財に指定されていて、江戸時代に造り酒屋として繁栄したこの旧家は、明星派の近代歌人、石上露子(いそかみつゆこ)の生家でもあります。
富田林寺内町の歴史は、戦国時代末期の(1560年)、西本願寺派興正寺第14世 門跡((もんせき、もんぜき:皇族・貴族が住職を務める特定の寺院の住職)証秀上人が、石川西側の河岸段丘の荒芝地を百貫文で購入し、周辺4ヶ村(中野・新堂・毛人谷(えびたに)・山中田)の「八人衆」の協力で、芝地の開発、御堂(興正寺別院)の建立、畑・屋敷・町割等を行い、富田林と改めたことに始まるそうです。
以前ご紹介した橿原市今井町も一向宗(現在の浄土真宗)の寺内町でしたが、織田信長と石山本願寺による石山合戦(1570年10月〜1580年9月:本願寺法主の顕如が石山本願寺に篭って織田信長軍と戦った)の時には、一向宗の寺内町として信長軍と戦いました。
しかし、今回ご紹介する富田林寺内町は、本願寺・御坊側につかなかったことから、信長から「寺内之儀、不可有別条(じないのぎ、べつじょうあるべからず)」との書状を得ることにより、織田軍との戦いを避けました。
皆さんは橿原市今井町と富田林寺内町の正反対の判断についてどう思われ、どちらの生き様が好きですか?
旧杉山家住宅
2013年8月29日撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28+VCL-ECF1
人目線
旧杉山家住宅
2013年8月29日撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28+VCL-ECF1
高さ4メートルから撮影
旧杉山家住宅 の玄関
2013年8月29日撮影
カメラ:αNEX-5 レンズ:E16mm F2.8 SEL16F28
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