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〜大鳥大社:本殿裏の祠の謎が解けました〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!歴史探訪シリーズ
突然ですが、以前ご紹介した〜大鳥大社:本殿裏の謎の祠(2014年2月15日)〜において、
大鳥大社の本殿のある神域の裏には、千種の森の中の薄暗い場所に謎の祠が有り、ここに祀られている不思議な形の石の正体をわからぬまま。謎の祠としてご紹介しました。
大鳥大社本殿裏の祠にある謎の石
に次のようなコメントをいただきました。
●[ゆうゆう] さんからのコメント
これは「ようこう石(漢字失念)」「夜泣き石」と言われていたもので、江戸時代の文献にも載っています。さがせば資料も出てきますが…
江戸時代の境内図には、社務所裏の土手(墳丘と思われます)と並んで「高天原」と表記されています。おそらく磐座として使われていたのではないかと思います。 「歯痛(はいた)の石」と言っている人もいますが、これは宮司一家のファンタジーです。 【磐座とは】
古神道における、岩に対する信仰のこと。あるいは、 信仰の対象となる岩そのもののこと。
磐座は、神のおわす世界「高天原」を象徴するものなのでしょうかね。
[ゆうゆう] さん、貴重なコメント有り難うございます。
そこでここからは、[ゆうゆう] さんからのコメントを手がかりに、大鳥大社:本殿裏の祠の謎解きを進めたいと思います。
まずは『石と信仰』で検索してみました。 【石と信仰】(Wikipediaより)
日本の神社には、通常の神とは別に石が祀られていることが多い。夜泣き石など特殊な伝説が伝わるものの他、陰陽石といわれる男女を表す石のこともあり、これとよく似た方向性にはシヴァ・リンガのような陽物崇拝がある。また、イギリスのストーンヘンジやストーンサークルなど、多くの文化において境界を表すものとして石がおかれている。
石は古く人間の一生(人生)というタイムスケールの中では、意図的に壊そうとでもしない限り、大きな変化の起こらない、より長い時間を存在する(ともすれば永久不変の)存在だと考えられてきた。このため石は永遠性の象徴として崇められ、民俗学上ではこういった思想が世代を超えて受け継がれる原始宗教と結びついていったとも考えられている。
この方向性には、不老不死に憧れを抱いた者の中に鉱物を永久不変の元として捉え、それら鉱物から「不老不死のエッセンス」を抽出すればいわゆる「不老不死の薬」が作れると考えた者もいた。こういった者の中には不老不死の妙薬として、鉱物から抽出される水銀を服用して中毒死した者も記録に残されており、また錬金術において不老不死研究の過程でも、少なからず鉱物に永遠性の象徴を求めていったケースが見られる(→水銀)。
なお石を信仰する過程で、石仏など石を信仰するための形に加工することも行われたが、流石に石といえども風化は免れず、古くから信仰を集めた石が長年にわたる浸蝕で文化財としての価値を減じている場合もあれば、置かれている環境の変化にもよって風化が急速に進行したケースもあり、文化財保護の上で大きな課題ともなっている。
続いては『夜泣き石』・『陽物崇拝』・【陰陽石:いんようせき】についてです。
●【夜泣き石】(Wikipediaより)
夜泣き石(よなきいし)は、石にまつわる日本の伝説の一つ。各地にさまざまな夜泣き石が存在する。
大別すると、泣き声がする、子どもの夜泣きが収まるとの伝説に分かれる。中でも静岡県の小夜の中山夜泣き石がよく知られているが、日本各地に存在する夜泣き石の中には、小夜の中山のように殺された者の霊が乗り移って泣き声をあげるといわれるほか、石自体が怪音を出すといわれるものも多い。
●【陽物崇拝】(Wikipediaより)
陽物崇拝のページには、転送ページとして、ファルス (性)が示されていて、そこには、
ファルス (phallus) とは、勃起した陰茎、あるいは陰茎のような形をしたオブジェを指す言葉。
と記されています。つまり、男性の道祖神ですね。
●
【陰陽石:いんようせき】(Wikipediaより)
男女生殖器の形の石で,道祖神,サエノカミとしてまつられたり,あるいは奉納される場合が多い。陰は女性,陽は男性であるが,人工的に刻む場合と,自然石にそのような形を認め,これをまつる場合とがある。陽石のみがまつられる例が多いが,陰陽が組になったものは中部・関東地方に分布している。陽石一つの周りに丸石が複数まつられる例や陰陽2石が併祀される例がある。陰陽石は村境にまつられることが多く,邪気や外敵の侵入を防ぐものとされるが,これは男女の生殖器が潜在的に強力な呪力をもつという信仰によるものと考えられる。
そしていよいよ大鳥大社:本殿裏の祠の謎の隔心と思われる『ようこう石』ですが、
[ゆうゆう] さんの言われる『ようこう石』のまま検索にかけると、神谷神社磐座(影向石/ようこうせき)というページがヒットします。
「社伝(神谷神社の)によれば北側に流れる神谷川より忽然と徳の高い自然居士が現れ
岩上で天神地祗を祭祀したとある。」という記述がありました。
ですが、『ようこう石』で検索すると、一番にヒットするのは、【影向石:ようごういし】です。
【影向石:ようごういし】とは、神が降臨する際に御座(みくら)とするといわれている石のことで、
もしも、[ゆうゆう] さんの言われるようこう石(漢字失念)が、この【影向石:ようごういし】ならば、過去に私は〜初詣:影向石は開口神社主祭神の痕跡〜で開口神社の主祭神が、人の姿で現れた時に腰掛けた石としてご紹介しました。
となると、【影向石:ようごういし】は現人神(あらひとがみ:人の姿に身を変えた神)が腰を掛けるだけのものではなくて、様々な形態があるということなのでしょう。
そこで、今度は、『大鳥大社の影向石』で検索してみたところ、ついに謎の答えに辿りつきました。
それが、大鳥 - 本地垂迹資料便覧というページに記された以下の記述です。
【大鳥 - 本地垂迹資料便覧の記述】(謎の石は影向石)
「明神影向石 本社の北にあり。此神石回禄の後叢に圧れありしを石河土佐守穿ち起て持帰り庭前に置けり。時に其夜霊夢ありて神祟たゞならねば大に驚き元の地へ帰し送らる。なを神怒を宥めんか為石の鳥居杉千本を植させて和歌二首を奉らる。 」
この古典的な記述の意味が私にはよくわかりませんが、
推測するに、「明神影向石が、大鳥大社本社の北にあって、この神石が火事の後の草むらに残っていたのを、あろうことか石河土佐守という人がこれを掘り起こして持ち帰り、庭前に置いきました。するとその夜、霊夢を見て、神の祟り(たたり)に触れたと恐れおののき、元の場所に返しました。その際、神の怒りを宥(なだ)めるために、石の鳥居と杉千本を(家臣に?)植えさせ、加えて和歌二首も奉納しました。」
という意味かな?
そしてその和歌が、これ
玉籬に岩きり多く動なき国をまつりの大鳥の神
(これは多分天の岩戸にこもった大鳥大社の祭神:天照大神を歌っているのでしょうね。)
いつみなるちくさの杜に跡たれてちかひつきせし万代まてに
(和泉の国の千種の森の社に大衆を救うために仮に神の姿になって現れたご祭神に対し、
永遠の誓いは尽きません。かな?)
詠み人:利政
神社の社殿や境内の周囲にめぐらす垣。瑞垣とも。玉や瑞は美称。古くはタマカキ。二重に設けたときは内を瑞垣、外を玉垣または荒垣という。木製で朱塗りもあるが石造もある。 【叢(そう)の意味】
1. 草が群がり生える。くさむら 2. 群がり集まる。多くのものの集まり。
【回禄(かいろく)の意味】
1.中国の日の神の名。 2.火災。または火災にあうこと。
【石河土佐守とは】
いしこというページには、以下のような記述。
石河政朝 (いしこまさとも)
【生没】 1686(貞享3)−1765(明和2) 【実父】 石河章長 【兄弟】 竹腰正武 【別称】 石河土佐守 【略伝】 旗本石河政郷の女婿となってその家督を継承する。 幕府に出仕し、目付や江戸北町奉行などを務め、この間、公事方御定書の編纂に関与する。1744(延享元)年には大目付に転じ、1761(宝暦11)年に隠居した。 とあります。 それにしても、この大鳥大社の影向石(ようごういし)には、手水鉢のような穴が上部にあって、全国にある他の影向石(ようごういし)は無細工の天然石とは違いますよね。
どう見ても人の細工が施されていますね。いや、神の御業なのでしょうか?
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奥が深いですね〜〜(@O@)
此処もブログ仲間は良く花撮りに行ってるけど私はまだ行った事ないです。今度行ってみようかな♪
本当に、どこかですれ違ってるかもしれないですね♪
2014/3/25(火) 午前 0:21
ピンキーさん
神社探検は奧が深いです。ほんと。
そんでもって、信仰心は何でもありですね。
「鰯の頭も信心から」と言うぐらいですからね。
2014/3/25(火) 午後 7:53 [ 上から目線 ]