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〜高野山:別格本山 波切不動尊別当 南院(2014年5月4日)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!高野山編
【高野山を紹介した過去のページ】
別格本山 南院は、東大寺の南院の住職だった子島真興僧都が建立しました。
高野山・・浪切不動尊 - nbn成東城址ー総武本線の旅3 - syuの日記・気まま旅によると、本尊浪切不動明王(国指定重要文化財)は、弘法大師の御自作であり御守本尊で、弘法大師が唐からの帰国途中、船が難破しかかったとき、師の恵果和尚から授かった霊木に大師自ら一刀三礼されて刻まれた「不動明王」に祈念申し上げると、その不動尊は、大火炎を発し、右手に持つ「利剣」で波を切り裂いて船を安全に導いたといわれています。その伝説の浪切不動明王は、全国に多くまつられていますが、浪切不動明王の元祖は初め伽藍山王院に安置されていましたが、南院住職維範大徳の時(平安時代)に当院に移され、おまつりされています。
将門の乱、元寇の役など国難のたびに霊威を示され、今尚、現世の「祈り」に徹する者には、絶大な御霊験を与えてくださいます。 御本尊は山外不出の秘仏で、6月28日のみ御開帳します。
宿坊でもある南院の「浪切不動尊別当の本堂拝殿の天井には、鳴竜が描かれていることで知られる南院。この竜の目の下で柏手をうつと、天井と床が共鳴して鈴のなくような音が聞こえるといい(耳で楽しませてくれ)ます。
境内6000坪、高野日光といわれる「東照宮」(徳川家霊台のこと)を仰ぐ2000坪の客殿は純和風建築。どのお部屋からも庭が眺められます。敷地内に中庭を含む3つの庭があり、裏庭には樹齢約300年の朴(ほう)の樹があり、開花や落葉の季節には、多くの俳句に詠まれており、訪れる方の目でも楽しませてくれます。大浴場は樹齢約500年の高野槇(こうやまき)でつくられ、心身ともに安らぎます。 」と紹介されています。
また、南院の西側には仏舎利塔があり、「昭和63年に南院本堂の西隣に、スリランカのジャワルダナヤ大統領から贈られた仏舎利を奉納する仏舎利塔が建立されました。これは、スリランカ出身のシロガマ・ヴィマーラ大僧正が南院で修行をしたご縁によるものです。
仏舎利塔の二階内部は、弥勒菩薩を中心に諸菩薩、不動、飛天が描かれ、弥勒曼陀羅を立体化したものです。 一階にはお大師様と各家の五輪塔が奉られています。 弥勒菩薩はお釈迦様の御舎利を抱いて都卒天に上生され、またお大師様も御入定されて都卒天に上られ、私たちを見守って下さっています。このように南院の仏舎利塔には、お釈迦様と弥勒菩薩とお大師様をお祀りしています。」と紹介されています。 【子島真興僧都=真興(しんぎょう)について】
真興(しんぎょう)は、平安時代中期の真言宗の僧で、子島僧都・子島先徳とも称される。
興福寺仲算(ちゅうざん)に法相教学を学び、のち吉野の仁賀(にんが)から密教の法を受けた。初め壺坂寺に、その後子嶋寺に住して寺内に観覚寺を創建し、東密子島流を開いた。興福寺維摩会の講師をつとめ、この功により権律師に任じられたが真興はこれを辞退している。この間、一条天皇の病気平癒を祈願し、子島寺両界曼荼羅図を賜ったという。寛弘元年(1004年)に御斎会の講師を務めて権少僧都に補されたが、同年5月23日に71歳で入滅した。
鳴き竜
こ竜の彫り物も見事です。
スリランカのジャワルダナヤ大統領から贈られた仏舎利を奉納しています。
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