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〜高野山:庭園と絵が自慢の本覚院(2014年5月4日)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!高野山編
【高野山を紹介した過去のページ】
高野山には沢山の宿坊があり、全てを見て回ることはまず出来ません。
私も、各宿坊の前を通った時に、何か私にアピールするものがあった宿坊だけに立ち寄ってみました。
今回ご紹介する本覚院は、山門が国道からかなり奧ばっていて、山門前には一枚目の画像に写っているような庭園風に仕上げられた見事な植え込みがあり、これに興味を引かれて立ち寄りました。
植え込みを半周するように回り込んで山門を見ると、その門には隅切角に三の字の家紋があります。
以下に紹介している画像に写る表札や提灯には、西生院の文字もありますが、これは本覚院の境内別院だそうです。
このページを記すにあたって本覚院を調べて見ると、案の定 庭園自慢の宿坊のようです。
更には狩野派の絵も残されていてもう一つの自慢だということがわかりました。
【本覚寺の家紋について】
神に供え物を捧げるために、昔は柏のような大きなものを用いて木の葉を折り敷いたのですが、これを折敷と言いました。ところが、後にはこれらの葉のかわりに木の皮(片木)をはいだ三方に変わりました。これには台がついていますが、これを上から見ると八角形にみえるため、隅切り角といいいます。この形が家紋になったのは、神事に関係のある人が用いたからです。(折敷に三文字)
本覚院は、本来弘法大師みずから地蔵菩薩を安置された場所で、平安時代の建久年間(1190年)に有名な歌人である待宵小侍従(まつよいのこじじゅう)の願によって登山した行空上人が開いたとされています。待宵小侍従以来、文人との関わりも多く、江戸初期に狩野派絵師の巨匠である狩野探幽(かのうたんゆう)が滞在し名画を残しています。
本堂には智証大師作の不動明王像をご本尊として安置しています。
本堂天井絵には、江戸時代のものが色彩豊かに残る貴重な天井絵。一枚一枚すべて趣向を凝らした絵のはめ込み板が、本覚院の本堂を特徴づけています。
本覚院の5つの庭園のなかでも、池泉庭は作庭の形式美が各所に息づき四季折々の風情が堪能できます。静寂のなかに流れる水の音、鳥や虫の声に心が癒されます。
また、苔の石庭は、昭和初期の作庭家・重森三玲によるものです。この庭を見下ろすように佇む、離れの茶室があります。
江戸時代に滞在していた、狩野派の絵師による貴重な襖絵を拝観することができます。重厚な歴史物語が刻まれた広間は、仏前挙式のあとの宴席に使用されることもあるそうです。※茶室は予約して利用することができます。
詳しくは以下のリンクをクリックして下さい。
更に七福神めぐり(大阪・奈良・和歌山・兵庫) - WAKWAKでは、高野七福神(和歌山県高野町)巡りの中で紹介されています。
巡るのは①恵光院(毘沙門天)→②③熊谷寺/持宝院(恵比寿神、布袋尊)→④⑤宝善院/奥之寺(寿老人、福禄寿)→⑥⑦本覚院/西生院(弁財天/大黒天)ですが、「この七福神は、高野山々内東側の4ヶ寺で構成されている。(持宝院は熊谷寺に改寺、奥之寺は他所から宝善院に移動、西生院は本覚院の境内別院)比較的狭い範囲にまとまっているうえ、4ヵ所しかないので、1時間ほどもあれば回れてしまう。 恵光寺の毘沙門堂は境外にあり、また他の3寺には2神ずつ安置なので、結局声掛けが3回で済みかなり楽である。
参拝対応は通年可で、七福神すべてを拝観することができた。 ご朱印以外の授与品はないようだ。」と紹介されています。 |
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