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〜高野山:金剛三昧院の多宝塔(2014年5月4日)〜
サブタイトル:オヤジブログは自由だ!高野山編
【高野山を紹介した過去のページ】
高野山から熊野へと至る古道、小辺路(こへち)の入口にたたずむ金剛三昧院は、鎌倉時代の建暦元年(1211年)に北条政子(ほうじょうまさこ)によって創建された禅定院(ぜんじょういん)をその起源とします。
禅定院は夫の源頼朝(みなもとのよりとも)を弔う為の寺院であったが、承久元年(1219年)に息子である鎌倉幕府三代将軍の源実朝(みなもとのさねとも)が暗殺されると、改装して金剛三昧院としました。
その後貞応(じょうおう)2年(1223年)に多宝塔が、頼朝と実朝の供養塔として建立されました。
現在は桧皮葺(ひわだぶき)ですが、当初は厚板を用いた栩葺(とちぶき)で、その葺材の一部が小屋内に残っているそうです。
この多宝塔は、国宝に指定されています。
創建時の金剛三昧院は真言宗ではなく禅宗の寺院であったが、時代を経るにつれ真言密教などとの兼学道場となり、その後は禅宗要素を他寺に移して真言宗の寺院に改められ、金剛峯寺の子院に組み込まれたと、閑古鳥旅行社 − 金剛三昧院多宝塔。には紹介されています。
私が訪れた5月4日には、多宝塔の周りにある花のうち、シャクナゲはまだつぼみで、枝垂れ桜と椿は花盛りをややすぎていました。
塀の外から見た多宝塔(縦撮影)
左の椿はいい感じのようですが、花盛りはやや過ぎていました。
塀の外から見た多宝塔(横撮影)
更に左に見える枝垂桜は塀の外にあるのですが、これもやや花盛りを過ぎていました。
西側からみた多宝塔
シャクナゲの花はまだツボミです。 |
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